祭と陰陽科の主従
2013.06.19.Wednesday
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寮の自室で、陰陽科の生徒の 碓井 光は大いに頭を悩ませ、一人其処で奮闘していた。
眉間に皺を寄せ、困惑すらした様子で固まっている光は、ぽつりと呟く。
「うーん……困った」
―これくらいならば、私一人でも何とかなると思ったのだけれど。
それに今回ばかりは、木綿衛門に頼る訳にはいかなかった。と言うより、出来ることならそうしたくなかった。
だがしかし、最早そんなこと言ってられない時点にまできてしまっている。
潔く「これ以上は自力では無理だ」と判断した光は、諦観の様子で召喚の陣が描かれた紙を鞄から取り出した。
四つ折りにされていたそれを広げて机に置くと、数珠を構えて契約の呪詛を唱えた―
刹那、陣に描かれていた五芒星が薄紫の閃光を放つ。
同時に煙幕も上がり、其処から彼女が従える麻布 木綿衛門が姿を現した。
「助けてくれ木綿衛門…」
「!? 如何なされた、殿ッ!!」
木綿衛門は、光に頼まれていた買い出しの帰宅途中だったらしい。
レジ袋片手に主の安否と現状を確認するが、目の前の光の姿を見た途端、緊迫した雰囲気が一気に萎えた様子だった。
木綿衛門の目に映る光の姿は、浴衣をまとっているものの、前を緩く合わせただけで裾は無遠慮にはだけ、帯は引き摺り床で遊んでいる状態である。
明らかに、着付けに失敗した様子であった。
木綿衛門は、それを薄々悟りながらもじとっとした目付きで彼女に一応訊ねる。
「…殿、そのはしたない格好は如何なされた」
「いや、木綿衛門がお使いに行ってる間に浴衣をささっと着て、驚かせようと思ったんだけどな…!」
あたふたとしながら話す、光の言い分はこうだった。
今日は夏祭りがあり、光は最初から浴衣を着てそれに赴くつもりだったらしい。
しかし共にする木綿衛門に、その浴衣姿を見られるならばサプライズでそれを御披露目しようと考え、その従属の者が出掛けている間に着替えようとした。
のだが、予想以上に一人での着付けは難しかったらしい。
「おはしょりって何!?」
「衿、左右逆だ!これじゃあ死人じゃないか!!」
…等々、着ては直しの繰り返しだったらしい。
一応頑張ったであろう証に、召喚した紙の横や机下の床には着付けの本が散乱し、パソコンのディスプレイは着付け講座のページが開かれている。
「…とりあえず、買ってきた物を冷蔵庫に閉まって宜しいか?」
「いや時間がない、着付けを先にっ…」
「しかし、折角の買ってきたアイスが溶けますぞ!」
「何!それは駄目だ、アイスの保管を優先だ!急げっ!」
「承知した!」
そうして二人がかりで、ばたばたと忙しなく買ってきた物を冷蔵庫に放り込む、という作業を優先していた。
その後、ようやく木綿衛門が手伝って光の着付けが始まった。
木綿衛門は慣れた手つきで、てきぱきと手早く主に浴衣を着せて行く。
「…しかし、今時作り帯ではないとは珍しいですな」
光の背後で帯を結びながら、木綿衛門はそう独り言のように呟いた。
「ああ、うん。これ母さんのお下がりだから…だから色合いとか柄も地味なんだよなぁ…」
光は木綿衛門の言葉に答えるが、浴衣の品質に些か不満があるらしい。
貰った当時は気にしなかったのだが、時の流れが彼女の性格や感性までも変えてしまったのだろうか。
それを身に纏う彼女は不満そうに一人愚痴た。
「小生は、そうは思いませぬが」
「いや、やっぱ地味だ…もっと華やかなものならば、私の地味さも少しはマシになっただろうに…」
ぶつぶつと不満を洩らす光に木綿衛門が「出来ましたぞ」と言うと、彼女は礼を言って他の準備に取り掛かる。
さすがに和服と眼鏡の組み合わせを考慮したのか、眼鏡を外してコンタクトを入れた。
「あー、コンタクトなんか久々だから慣れないや…木綿衛門、私がこけたらよろしく」
「承知し…いや、殿。こける前に足元に気をつけてくだされ…」
眼を瞬かせる光に、木綿衛門は呆れたようにそう注意を促した。
ふとその従属は、卓上に置かれたままのある物に気が付いた。
それを手にすると、ふわりと浮かんで主人の前に移動する。
「どうかした?」
「一つ忘れております故、失礼」
言いながら、木綿衛門は光の髪に造花の髪飾りを付けてやる。
耳の横にピンを挿し、ついでに前髪も整えてやった。
短い彼女の髪に留まったそれを見て、木綿衛門は改めて主の姿を見て一言だけ話す。
「先程、殿は地味と申されましたが…」
「ん?うん」
「そんな事はありませぬぞ。よく似合っておられます、殿」
「……ん。ぁ、ありがと」
木綿と髪の影の奥で表情を和らげる木綿衛門だが、光はぽっと頬を染めて、そのまま照れ臭そうに俯いてしまった。
しかし困惑したように頬を掻く彼女の表情は、それは締まりのないくらい緩んだ笑みが浮かんでいた。
*END*
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麻布さんにお世辞でも嘘でもいいから「似合ってる」って言われ隊!
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