陰陽科の担任と生徒の夏祭り
2013.06.19.Wednesday
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―祭り当日の職員室。
夕刻から職員の姿は減りだし、夕日も沈みきって月が輝く頃には、芦屋以外の教師の姿は其処にはなかった。
芦屋は自分の席で、黙々と何かの術の研究を進めている。
傍らには古びた書物や、陣と複雑な文字が羅列した術紙、呪術に使う人形など、一般の人が一見すればぎょっとする様な光景が広がっていた。
ラジオやテレビ等の娯楽もない室内は、芦屋が発する音以外はしんと静まり返っている。
しかし、そんな静寂を破る音が室内に響いた。
コンコン、と職員室のドアをノックする音の直後に、失礼しますという少女の声。
何処か怖々とした様子でドアを開け現れたのは、陰陽科三年の生徒、佐藤 郁だった。
普段ならば制服なのだが、今日は祭りが催されている日である。
現在の彼女の姿は、風情ある浴衣に身を包んでいた。
しかし室内にいた芦屋は、彼女が現れたと同時にそそくさと術の片付けを始めていたので、郁の姿に気づいていない様子であった。
そんな彼の元へ、郁は期待に胸を膨らました様子で近づく。
「先生、来ましたよ!」
「…ああ」
溌剌とした郁の言葉に、芦屋はようやく彼女の方に顔を向け返事をする。
しかしただ一瞥しただけで、後は何も言わずにまた片付けの為に、手元に視線を戻してしまった。
そんな芦屋の薄すぎる反応に、郁はむくれた表情を浮かべた。
「…先生、もうちょっと気のきいた事言えないんですか。普段面倒くさがりな私が、こうして面倒な浴衣を着るという珍しい行動をしてるんですよ!?」
「…“馬子にも衣装”」
「……!!」
言った芦屋は「さすがに言い過ぎたか」と内心では少々反省していた。
というのも、言われた方は愕然とした様にショックを受けた様子であったからである。
その証拠に、途端に郁は肩を落として深く落ち込んだようにぶつぶつと文句をたれる。
「折角着付けとか教わって頑張ったのに…その仕打ちがこれとか…マジありえん…」
「冗談だ、似合っている」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「………」
郁は芦屋の言葉に顔を上げるが、じとっとした目付きで彼を見据えていた。
しかしぱっと表情が明るくなり、満面の笑みを見せた。
「よかった!着てきた甲斐があります!」
「そうか、それなら良かった」
にこにこと笑う郁を見て、芦屋も安堵した様子でまた片付けの手を動かし始めた。
ふと郁は、彼の片付けるその道具やら本やらを見て何気なく訊ねる。
「そういえば先生、また何かの術の研究をしてたんですか?」
その言葉に、一瞬芦屋の手がぴくりと反応した。
しかしまた何事もなかったかのように、黙々と作業を進めながら返事をする。
「…まあな。だが授業では使わないものだ」
「じゃあ、自分の術として習得するためですか?」
「まあ、そんなところだ…」
「へー…やっぱり先生ってすごいですね!」
その言葉に、芦屋は目を丸くして彼女を見遣る。
「…何故、そう思う?」
彼はやや驚いた様子で訊ねるが、郁は平然とした様子でその理由をつらつらと話した。
「だって先生、いっつも遅くまで残って研究しているでしょ?そんなに熱心に術とかを研究する人って、中々陰陽科でも見ませんから」
まあ、一体何の術の研究かはさっぱり分からないですが、と苦笑いして言葉を付け足した郁だったが、芦屋は何処か憂いを帯びた表情で外方を向いてしまった。
「…別に私は、褒められたことをしている訳ではない」
「え?…またまた、そんな謙遜して。きっと、皆の役に立つ術でしょう?習得したら、見せてくださいね!」
「……ああ」
無邪気に話す郁とは対照的に、芦屋は視線を落としながら力なく笑った。
不意に芦屋は、時計の方を見た。
時刻は夜に指しかかり、窓から見る外は既に真っ暗闇である。
「…そろそろ花火が始まる時間だな。屋上に移動するか」
「あ、片付け終わったんですか?」
「ああ。丁度いい頃合いに済んだ」
言いながら、芦屋は郁の横を通り抜けて、様々な鍵が掛かっている壁から職員室と屋上のドアのものを取る。
「…さっさと出ないと閉め出すぞ」
「え!?」
鍵はドア近くにあった為、芦屋は既に廊下に出ていた。
未だ職員室内にいた郁は、わたわたと慌ててその室内から出ようとする。
が、着慣れない浴衣のためなのか、走りにくそうにしながらも机の間を縫って走っていた。
「…3、2、1」
「わー!先生ちょっと待って待って待ったー!!」
電気を消してカウントを始めるという、あからさまな意地悪をする芦屋に、郁は更に焦った様子で出入り口目指して突進する。
そうしながらも、無事ドアから廊下に脱出する郁。
「もー!先生ひどい!」
「冗談だ、冗談」
そんな会話をしつつガラガラと職員室のドアは閉められ、カチャンと施錠の音が鳴る。
時折、郁の笑い声が上がる談笑をしながら、二つの足音はその場から遠ざかって行った。
*END*
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