お祭り前日の先生事情

2013.06.19.Wednesday


* * * * * * *





よく甘ったるい歌や小説なんかでは「恋の神様」とかいう、ロマンチックなワードがわんさか出てくる。

しかし借りに、その恋愛の神様とやらがいたとしよう。



そいつは恐らく、俺の事を嫌っている。

俺がいい歳してまだ独身だから?婚活しないから?お袋からの見合いをことごとく断ってるから?
とにかく理由は分からないが、その神様に嫌われてるには違いない。

そうじゃなけりゃ、こんな仕打ちはしないだろう―











俺は今、大いに悩んで頭を抱えていた。

職員室にある自分の席には、未だ採点が終わっていない小テストが山のように積み重なっているが、悩んでいるのはそんな事じゃない。

その傍らに置いてある、開かれたままの携帯画面の文面が原因だった。


俺は煙草を一本取り出して火を点けると、それを燻らせながら携帯の文面を再度読み返した。




『件名:先程は失礼しました
―――――――――――
いきなり抱き着いてしまってすみませんでした…あの実は、今度開催されるお祭りに是非一緒に行きたいなぁと思いまして…あと久しぶりにミニマム桜花と会いたいなぁ…なんて。
ミニマム白沢先生も一緒に連れて行くつもりなんですけど…
良かったらどうですか?
お返事待ってます』




そのメールの送り主は、妄想科担任の桜花先生だった。



先程俺の背中に抱き付いてきた件は、きっと何かにつまづいてしまって転倒しそうになったからだろう。

世の中には“ドジっ娘”という言葉があるそうだが、しかし桜花先生の場合は怪我をしないように祈るばかりである。


そしてそんな場面を、偶々訪れていた壱鬼達がからかうものだから、桜花先生も慌てて職員室を後にしたのだろう。

…よし、あいつらのこの小テストの点、少し引いといてやる。




だが、俺が頭を悩ませているのはそちらの件ではない、後半に書かれてある夏祭りの方だった。


と言うのも、実は今年の“祭り会場のパトロール”の役割が、俺に当たってしまっていた。

このようなイベントで、必ず本校の生徒ではめをはずす奴が出てくる。

それを未然に防ぐ為、こうして毎年職員が数名見回り役を任されるのだが―



「よりによって今年かよ…」



携帯片手に一人愚痴りながら、もう片方の空いた手で頭をぼりぼりと掻いた。

しかし今文句を垂れた所で、この状況が変わるわけでもパトロールの役割が外れるわけでもなく、俺は仕方ないと踏ん切りをつけた心地で返事を打った。





『件名:お誘いありがとうございます。

―――――――――――

抱きついたことなら気にしてませんよ、俺がクッション代わりになったので怪我がなくて何よりです。


お祭りの件ですが、実は今年会場のパトロールを任されてしまいました…。

手伝ってくれたら大変嬉しいのですが、ボランティア活動なので付き合わせるのも申し訳ないので、どうぞお祭りを楽しんできて下さい。

ちなみにミニマム桜花先生は一緒に見回りを手伝ってくれるそうですが、正直申し訳ない気持ちで一杯だったりします。』





その文面を打ち終えると、そのまま送信する。

送信完了の画面に移り、俺は携帯を閉じて煙草を深く吸い込んだ。



「はぁー…さすがに時間外労働を手伝ってくれなんて言いづらいよな…」



給料が発生するわけでもなし、そんな奉仕活動に誰かを巻き込むのが申し訳なく感じた。

そんなことを考えながら、空中に白い煙が漂って行くのをぼんやり眺めていると、不意に机のロッカーからノックの音が聞こえた。



その音がした箇所を開けると、中からミニマム桜花先生がこちらを見上げていた。

改造されたロッカーの中の部屋は、プライバシー保護の為に蓋がしてあり、一部分だけその蓋がされていない箇所がある。

その場所から姿を見せる小さい彼女に、俺は不思議そうに俺に声をかける。



「ちび桜花先生、どうかしたのか?」

「いえ、外の空気が吸いたくなりまして…」

「ああ、それじゃ…はいよ」

「失礼します」



手を差し入れ、その手の平の上にちっこい桜花先生がよじ登る。

そうして落ちないように気をつけながら、彼女を机の上に乗せた。



「…白沢先生、何だか疲れてません?」



机に来るや否や、ちび桜花先生は俺の顔色を伺いながら話しかけた。



「顔に出てるか?」

「ええ、何かいつもよりやつれてますよ」

「はは…心労かな…」






顔色に出るくらいだとは、どれだけ落ち込んでるんだ俺。

そんな自分が情けないやらみっともないやらで、俺はただ力なく苦笑いするしかなかった。


しかしそんな俺を見かねたのか、ちび桜花先生は背負っていたリュックから何かをごそごそと取り出す。

そして、それをこちらに差し出しながら話す。



「あの…よかったらどうぞ」

「…?何だこれ?」

「チョコレートです。本当は紅茶と一緒につまもうと思ってたのですが、疲れているみたいですので…」

「いや、せっかく持ってきたのに、俺に気遣わなくても…」

「大丈夫ですよ、部屋に戻ればまだまだありますし」

「…それじゃ、有り難く」


言いながら、俺はそのチョコを受けとる。


貰ったそれは、一つ一つ紙で個装されパック詰めで売られているような物だった。

ちっこい桜花先生ならばそれを両手で持つ程大きいが、普通の大きさの人ならば一口サイズのものだ。

有り難く思いつつ、俺はそれを口に放り込んだ。



チョコレートの味は、ビターだったらしい。

俺の現在の心情を表すかの様に、ほろ苦い味がした。



*END*



* * * * * * *

白沢は運に見放されているようです

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