芦屋、誘われる

2013.06.18.Tuesday


* * * * * * *



「…祭り?」


自身のクラスの生徒である、佐藤 郁の言葉に芦屋 道孝は顔を上げた。



二人は今職員室におり、芦屋の机は陽の当たらない職員室の隅の方にある。
更に放課後という事もあってか、室内に職員や生徒の姿は疎らだった。

おかげで二人のその会話を聞くどころか、近くで耳を傾ける者すらいない。




そんな密やかな会話が行われる中、郁はにこにこと明るい笑みで、椅子に座る芦屋の傍に立っている。

副担任である芦屋に秘かに想いを寄せている彼女は、普段の面倒臭がりな性格が(今だけ)一転した上、恥じらいや照れを偲んでこうして祭りの誘いを口にしたのであった。


返事がかえってくる前から、胸中には少なからずとも淡い期待を抱いてしまう、というのが恋する乙女心というものだろう。

しかし生憎彼女が想いを寄せるその相手は、そんな乙女心を微塵も理解しない様な、実に淡白かつ冷酷な男であった。

その冷血男は、相変わらずの淡々とした口調で彼女に返事する。



「…悪いが、人混みは苦手でな。私は遠慮させてもらう」

「!!」


その言葉を聞いた瞬間、郁はそれこそ「がぁん」といった効果音でも付きそうな、強いショックを受けた表情を浮かべた。


「そ…そうですよね、確かに先生がお祭りではっちゃけてる姿なんて想像つきませんしね…」


ははは、と渇いた心無い笑いを浮かべる彼女は、誰が見ても明らかに傷心した様子である。

此処に担任である安倍 晴幸がいてくれれば、芦屋に対し「せっかくの女性からの誘いをないがしろにするとは、何という無粋な男なんだ」と、叱咤してくれていただろう。

しかしその担任は現在、有名仏閣からの依頼事を受け出張中である。

その為フォローもなく、郁がただ一人肩を落として立ち尽くす中、一方で芦屋は再び机の方に向き直ると、また仕事を進める手を動かし始めた。実に酷い男である。



しかしそんな彼の心うちにも、僅かな優しさが残っていたのだろうか。

未だショックを隠せない様子の郁を、芦屋はちらと一瞥した後、呟く様に話す。



「…この学校の屋上から、祭りの花火が見えるそうだ。そこからそれくらいは楽しもうとは考えている」

「!…ご、ご一緒しても良いですか!」

「学校は私の所有物ではない。好きにすると良い」

「はいっ!」


今までの落ち込みようは何処へ、郁は途端に晴れやかな表情へと切り替わった。
そして生き生きした明るい声で「失礼します!」と告げると、軽やかな足取りで職員室を後にした。

残った芦屋は、相変わらず黙々と仕事の手を進める。
しかしふと小さく息を吐くと、誰に向けた訳でもなくただ、自身でも不思議そうに呟いた。


「…私も、柄にもないことを言ったものだ」


―今まで人との馴れ合いは極力避けてきたというのに、何故あの様な言葉を口にしたのか。

自身でも分からぬ心情を抱えながらも、芦屋は再び執務に取り組むのであった。


夏祭りまで後数日。
足早に過ぎ去って行く夏を惜しむかの様に、外の森の方からは蝉の声が絶え間なく響いていた。



*END*


* * * * * * *

芦屋も芦屋で色々難が多い件…まあ毒男だから仕方なうわ何をすry

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