一足遅かった

2013.06.18.Tuesday


* * * * * * *



薄暗い廊下に似たその空間を歩み、四手に分かれた十字路に差し掛かった途端、突如大勢の黒い悪夢達が襲い掛かってきた。

壱鬼と狐乃衛の先程の妙な呼びかけのおかげかは定かではないが、ともかく準備万端だった三人組はすぐさまその悪夢達に応戦した。





「っしゃー!これで20体目ぇ!」

「くそ、壱鬼その武器捨てろ!卑怯だぞ!」

「あぁ?だったらオメーも何か持てばいいだろが、狐乃衛ちゃんよぉ」

「うっわ腹立つー…」

「狐乃衛、体力馬鹿の壱鬼と張り合う方が無理ある…」



意気揚々と鎖の付いた金棒を振り回す壱鬼を、憎憎しげに睨む狐乃衛だったがそれを近くにいた竜彦が宥めていた。

そして先程からSAYTSUIの声がするところからして、どうやら彼も近くにいるようだった。

その証に、次々と四人の方へ吹っ飛ばされた黒い悪夢が弾丸の如く飛んでくる。



三人はそれをかわしつつ、まだまだ尽きることなく沸いてくる敵の応戦におわれていた。





そんな様子を眺めていた白沢は、一人煙草をふかしながら思考を巡らしていた。



―この十字路に入ってから、急にこれだけの敵が湧いてくるのは些か疑問に感じる。

通常ならば、等間隔で見張りを置くのが一般的だろう。

しかし今、まるで獲物を待ち受けていたかの様に、一斉にこれだけの大勢の敵が湧いて出てきた。

これではまるで、俺達から何かを遠ざけているような―



そう考えた途端、白沢ははっと思いついた様子で立ち上がった。

指の間に挟んでいた煙草はそこからするりと抜け落ち、黒い床に転がる。

それを無意識に足で踏み消すと、彼はきょろきょろと周囲を見渡す。



「まさか、この近くに桜花先生達が…?」



何か手がかりはあるだろうかと白沢は注意深く四つの路地の先を見渡すが、それらしきものは一切なく、それぞれの廊下はただ暗闇に包まれているだけだった。

…やはりそう簡単に辿り着けるはずがないか。

溜息を吐きながら少し肩を落とす白沢だったが、ふと彼の視界の端に何かが映りこんだ。





「全く…一体何処なんだ、此処は…?」



地べたに座り込み、目の前の乱闘を眺める黒髪の美青年。

彼は暢気な事にその場から立ち上がろうともせず、ただ欠伸をしたり、腕を伸ばして伸びをしていたりした。

しかしその声に聞き覚えがあった白沢は、半ば唖然としながらその美青年に尋ねる。



「…お前、まさか建…か?」

「お、先生当たり」

「驚いたな、噂で“夜は美形になる”とは聞いていたが、そんな姿だったとは」

「後はこのまま月の光さえ浴びなければ良いんだけどな…それより、此処は一体?」



言いながら、建は漸くその場から立ち上がる。



「此処は歪みで出来た空間の中だ。で、今あいつらが戦ってんのが黒い悪夢だそうだ」

「…という事は、先生の影に隠れてるそいつも?」

「ああ、コイツは別だ。俺達の道案内をさせている奴で…狐乃衛曰く“カチューシャ付き黒い悪夢”だから、カチューシャあっちゃんだそうだ」

「……某アイドルグループ?」

「断じて違う」



建の何気ない一言に、白沢はきっぱりと言い切った。

しかし白沢はふと何か思いついた様子で、再び彼の方を向いた。



「そうだ建、お前今の姿のままでも鼻は利くか?」

「え?ああ、まあ…」



その返事を聞いた途端、白沢の目が輝いた。



「だったらこの廊下の先の何処かから、女子の匂いとかしないか!?」

「いや、今暴れてるあいつらの汗ってか男臭い匂いが充満して、それどころじゃ…」

「おい今何かすっげー失礼な言葉が聞こえたのは気のせいか!?」



鼻をつまみながら話す建に、壱鬼が怒声を上げた。どうやら彼は地獄耳の持ち主らしい。

しかし黒い悪夢の対応に追われ、怒りの矛先はすぐさま建から彼らに向けられていた。



「という冗談はさておき…さっきから三人の匂いに混じって、何処かから女性の匂いはするのは確かなんだよな…」

「ほ、本当か!どの方向からだ?」

「ちょっと待って…」



吹き飛ばされた黒い悪夢を避けながら、建はそれぞれの廊下の先の方からする匂いをかいで行く。



「…あの廊下の先からは二人、反対側の廊下からは一人の匂い…さて、どうする?」

「二手か…此処はひとまず一人の方を救出した方が良いかもな…」



二人でいるならば、まだ人質あるいは捕虜となっていると考えた方が妥当だろう。

しかし一人でいるとなると、大勢の中から選ばれ何かしらの犠牲となっているとも考えられる。

そう判断し、白沢は一人がいる方へと進むことを選択した。



しかしいざ進もうにも、相変わらず敵は群れをなしており、その廊下の先の方へとすんなりと通してくれそうにもない。

それを振り切って進んだところで、追ってくるという事実もまた目にみえていた。



「やれやれ…三人に混じって参戦するしかないかな…」

「俺も参加した方がいいですかね」



ようやく頭がさえてきたのか、建は軽く腕をストレッチしながら、一方で白沢は面倒くさそうに言いながら、三人が奮闘する方を見据えた。

しかしそんな二人の背後から、可愛らしい声がした。



「…あの三人は相変わらずね」

「!確か、お前さんは…」

「沙羅・イングリッドよ。で、こっちのが…」

「正しくは主・藍羽雅の命により喚ばれた分身…ですが、まあニムロットとでも呼んでくださいっ」



白沢と建が振り返った先にいたのは、腕を組みながら話す沙羅と、ぴっと手を挙げ悪戯な笑みを浮かべるニムロットの姿であった。



「これは、二人とも可愛らしいお嬢さん方だ」



二人を確認した瞬間すかさず目を光らせた建だったが、月光を浴びていないおかげで今は理性を十分に保てているらしい。

彼はあくまで紳士的な態度で、それぞれの手を取りキスをする様な素振りをして挨拶をした。



「あら、随分と紳士的ね」

「ですがこの人、月の光を浴びると…」

「おっと、それ以上は禁句だ」



ニムロットの言葉を制する建。どうやら沙羅の方は、彼が月光を浴びた時や昼間の姿を知らないらしい。

そんな自己紹介がありながらも、白沢はひとまずの現状とこれからどう動こうとしているのかを二人に説明をした。



すると沙羅は、なんだといった様子で別段焦る様子も気合いを入れる様子もなく、平然と言い放つ。



「つまりは、あいつらをどうにか抑えさえすればいいのね?」

「ああ。…何か手はあるのか?」

「簡単よ」



いいながら、沙羅はポケットからチョークを取り出す。

すると黒い廊下の床に、何やら術式を書き始めた。



「…これは錬金術か」

「ええ、今日の昼間に変なもの達討伐にも使ったわ。でも今使うのは規模が小さいからすぐ書き終るわ…」



その言葉通り、間もなくしてその術式は書き上がろうとしていた。

しかし完成する直前、沙羅は顔を上げて三人の方に向かって叫ぶ。



「三人とも!すぐそこを離れなさい、じゃないと巻き込んじゃうわよ!!」

「…沙羅!?」

「あっれー、何で沙羅ちゃんが此処に?」

「うおぉぉぉ!!」



竜彦と狐乃衛は彼女の呼びかけにすぐさま反応したが、壱鬼だけは戦いに夢中になっているのか耳に入っていない様子だった。



「…警告はしたわよ、バカ鬼」



未だ奮戦を続ける壱鬼を白い眼で見ながら、沙羅はその術式の最後の文字を書き入れた。

刹那、その術式から稲妻が走ったかと思うと、その閃光は大勢の黒い悪夢がひしめくそこを狙ったかの様に、一直線に十字路の中心のフロアへと向かって行く。



そして、ガシャン!!と大きい鉄の音を立てながら、その中心部には廊下を媒体とした黒い鉄格子が現れた。



「…っぶねーな!いきなり何しやがる!!」

「あら、ちゃんと警告したのよ?ただアンタが聞いてなかっただけよ、バカ鬼」

「ンだとコラァ!!」



間一髪のところで巻き込まれずに済んだらしく、壱鬼はその鉄格子の前でしりもちをついていた。



「まあ、運が良かったと思えばいいんじゃないか…?」

「そーそー、おかげで沙羅ちゃんがあんなに捕獲してくれたわけだし」



竜彦の言葉に続き、狐乃衛がいいながら指差した先には、黒い鉄格子に捕まった黒い悪夢の群れだった。

彼らはそこから出ようと必死にもがいているが、鉄に錬成されたそれはびくともしなかった。



「先生、これで良いかしら?」

「ああ、助かった。ありがとさん」

「で…早く向かわなくていいんですかー?」



暢気なニムロットの声に、白沢ははっとした様子で目を見開く。



「そうだ、こんな所で悠長に話してる暇はねぇ…!おいお前ら、俺は先に行く!後からSAYTSUIとかこの空間に巻き込まれた奴らも来るかもしれねぇから、この十字路に何かメッセージとか目印になるもん残しとけ!」

「書くものなら、私のこのチョークで良いわね」



白沢の言葉に、沙羅は先程錬金術を書いてみせたチョークをひらりと手の平の上で翻す。

すると壱鬼が訝しげな表情を浮かべながら呟いた。



「けど、急にそんな事言われてもよ…一体何て書けばいいんだ?」

「“こっちは女一人の匂い、こっちは女二人の匂いがした”でいいんじゃないのか」

「それはストレート過ぎないか、建…」



思ったままを口にした建に、竜彦が呆れながらツッコミを入れた。

そうして何と書き残すかに談義を始める三人組と建、そして沙羅とニムロットだったが、白沢は「付き合ってられん」といわんばかりに、先程一人がいると言われた廊下を駆け出した。













白沢の駆ける足音と荒くなってきた呼吸だけが響く中、彼は急に足を止めた。

彼の視界の先には、ただ廊下の曲がり角があるだけで、別段何か怪しいものがあるわけでもない。

それでも妖人という血が騒いだのか、或いは第六感でも働いたのだろうか。

何か予感めいたものを察知した白沢は、今までの勢いとは打って変わって恐る恐るとした動きで、覗き込む様にその廊下の曲がり角の先を見た。

するとそこから見えたのは―



倒れていた桜花の傍で膝を付き、そのまま覆いかぶさるようにして彼女の中へと融けていく黒い影の姿だった。



(何だ、今のは…!?)





今までの黒い悪夢達とは姿が異なっていた。キングナイトメアの存在を知らない白沢は、ただそれだけの情報しか得られなかった。

隠れながらも困惑している彼を余所に、倒れていた桜花の目が開かれた。

しかしその色は薄紫色をしており、浮かべた表情も今までの彼女とは様子や雰囲気が違う。



(一体どうしたんだ?桜花先生の様子が何だか…)



彼女の元まで行こうか一瞬悩んだ白沢だったが、静かな廊下は彼女の口から出た呟きも彼の元まで響かせた。



「もう邪魔はさせない…光に虐げられてきた私達の邪魔は…この女を核に私の影を作ろうではないか」



その言葉を聞いた瞬間、白沢は理解した。

先程の異なる黒い影は、彼女の身体を乗っ取ったのだ、と。







―間に合わなかった。



「畜生ッ…」



あと少し、紙一重というところで、救出が間に合わなかったのだ。

その事実を目の当たりにした白沢は、壁に背を凭れただ悔しげに唇をかみ締めた。



*Next…?*



* * * * * * *

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