夏のお誘い

2013.06.18.Tuesday


* * * * * *



盆を過ぎた夏の昼下がり、一人の男が学校内の建物の上を縫うように走っていた。



壁を軽々とよじ登り、非常階段の手すりをひょいと乗り越える。

その階段から上まで上り詰めると、屋上から建物と建物の間を優に飛び越えて行く。

そこから覗く高さは数十メートルはあるであろう、一般人ならばそこを跳び越えるには恐怖を覚える高さであったが、その男はそんな様子すら見せず、むしろ楽しげな表情で先を見つめて走っていた。



男は本校舎の屋上に軽々と着地すると、そこでようやく足を止め、両手を青空が広がる上方にぐっと突き上げる。

そして満面の笑みを浮かべ、溌剌とした声で一言。



「くあーっ…やっぱ一人じゃつまんねーっ!!」



彼−狒頼は、猿型の妖怪狒々の血をひく妖人であった。

どんな高い建物や障害物、壁さえも彼の前では全て遊具と化す。



そんな彼は、誰かと一緒にいるのが好きな性格であった。

今先ほど彼が行っていた建物の間を飛び越え走るスポーツ、パルクールもよく趣味でやってるのだが、この競技を共にできる人は大分限られてくる。

総合忍術科の生徒や月影リンなどの忍の心得がある者や、身軽な人物がよく付き合ってるれるのだが、いつもそうとは限らない。



今日は誰も共にしてくれる人がおらず、狒頼は結局一人でその遊びに興じていたのだが−やはり、独りというものは味気ないらしい。

「つまらんつまらん」とぶつぶつ愚痴りながら、屋上から下方を見下ろす。

現在校内は昼休みの為、校庭や中庭には数多の生徒の姿が見受けられた。


その中から、誰の所へ遊びに行こうかと狒頼が品定めしていた時だった。

彼の目には、とある生徒の姿が飛び込んだ。



渡り廊下の屋根で寝転び日向ぼっこをする、頭部が犬の生徒。



その姿を見かけた瞬間、狒頼の表情は途端に明るい笑みに切り替わった。

すると彼はそこからフェンスをよじ登り屋上の淵に来ると、傍の突き出した階段の壁と校舎の壁を利用して、器用に降りて行った。

そして、だん!と音を立てて着地すると、そのまま犬人の妖人−柴田 健のところに飛び込んで行った。



「にひひひひ健センパーイ!!遊びにきたっスー!!」

「ギャンッ!?(いってぇ!?)」



寝転がっていた健の背中に思い切り飛び込む狒頼に、健は悲鳴にも似た声を上げた。

しかし相手が狒頼だと分かるとすぐさま反撃に移る。



「ガウ、グルルルル…!!(野郎なんざお呼びじゃねぇんだよ…!昼寝の邪魔すんな!)」

「なっはははは!!こんなに天気もいいんだから、先輩も起きて遊びましょーって!」



昼寝を妨害されたためか、怒りを顕わにして狒頼にとっかかる健だったが、一方の狒頼は相変わらずへらへらと笑っているばかりであった。











そうしてしばしプロレスの技のかけあいが続いた後、疲弊した二人はそのまま渡り廊下の屋根の上に寝転んでいた。



「あー、そういえば近々夏祭りがあるみたいっスよ?健先輩は誰かと行くんスか?」

「ワウ、クゥン…(いや、まだ決まってないけどよ…)」

「じゃあ俺と一緒に行きましょーよ!」

「ワウ!?ガウ、ガルルル!!(はぁ!?何が悲しくて野郎と一緒に行かなきゃなんねーんだよ、馬鹿か!)」

「へへへ、先輩分かってないっスね…祭りといえば浴衣美人がわんさか、そして女子も、友達と行く子が以外と多いんスよ…」

「クゥン…?(お…?)」

「その浴衣美人をナンパして、今年こそは一夏のランデブーをするんスよー!!」

「ワオォォン!!(うおぉぉ!!)」

「…ってことで、どっスか?」

「………」



狒頼の提案にテンションが上がった健だったが、やはり男二人で祭りに繰り出すというのが今一つ気に食わないらしい。



「…ワン、ワォン(ま、ぼちぼち考えとくわ…)」

「前向きに検討よろしくっスよー?健先輩、夜の姿はカッコいいからきっとモテるんスからねー」



また寝転ぶ健に、狒頼は念を押す様にその言葉を投げかけた。

すると彼の視界の端に、下で誰かが通り過ぎようとするのが見えたらしい。

ひょいと身を覗かせながら、下の渡り廊下を歩いていた人物を確認した。



「お。笈ー!」

「え?…あれ?」



突然名前を呼ばれ、渡り廊下を歩いていた笈はきょろきょろと周囲を見渡す。

しかし周囲に誰も人影はなく、彼はきょとんとした表情を浮かべた。



「こっちこっち、上!」

「…あ!そこでしたか!」

「よっす!」





渡り廊下からとことこと出てきた笈は、その廊下の屋根の上にいた二人を見上げた。

しかし名前を忘れてしまったらしく、彼は眉を顰めながら言葉をにごらせる。



「あー…えっと、お、お久しぶり…です…?」

「なはは、もしかして忘れちゃった?じゃあ改めて自己紹介をしよう!俺がモテカワやんちゃ系ボーイ、狒頼!」

「バウッ(ほざけっ)」

「で、こっちが魅惑のモフモフ癒し系ボーイ、柴田 健先輩っス!」

「グルルル…!(変な前置きつけんな…!)」

「はい!何かうざったい前置きがありましたが、ありがとうございます!」

「ちょ、笈君ってば感謝の言葉の中にさりげなく毒気も練りこんじゃってるよ!?」

「ワン、ワウッ(自業自得だ)」



そんなやり取りがありながらも、狒頼は本題を思い出しそれを笈に訊ねた。



「あ、そういえば笈!今度夏祭り一緒に行かねー?」

「ギャンッ!?ワン、ワォォン!?(は!?おい待て狒頼、まだ野郎を増やすつもりか!)」

「まあまあ先輩、俺らみたいに肉食系…じゃなくて、ワイルド系の中にもああいう純粋系キャラも入れることで、バランスが取れてナンパ率も上がるってもんなんスよ…!」

「ワウゥ…(そ、そんなもんなのか…?)」

「そうっス!ってことで、笈!一緒に行くぞー!」

(何か今、不穏なワードが出たような…)



ナンパや肉食系などの不審な言葉がかすかに聞こえ、笈はその誘いが躊躇われた。

というのも、先程相棒である唐笠から様々な注意を受けたばかりだったからである。



笈少し考えるような表情を浮かべた後、再び彼らを見上げながら言う。



「まだ誰と行くかは未定ですが…分かりました!ではOKだったらメールしますね!」

「よろしく頼むよー!笈が俺らのランデブー成功の鍵を握ってんだからー!」

「ら、らんでぶー…?」



言葉の意味が分からず、首を傾げる笈。

しかしまた気を取り直すと、二人に手を振って去って元気に行った。



「さーて!ちょっと休んだし、また遊ぶかな!」

「ワン(俺パス。寝る)」

「ちぇー…健先輩つれないっスねー」



口を尖らせる狒頼だったが、健は彼に背中を見せて横になると、送り出す様にひらひらと手を振った。



「…ま、後日目一杯遊ぶからいっか!」



狒頼は明るい笑みを浮かべると、そのまま渡り廊下の屋根を軽快な音を立てて跳ぶ。

そしてそのまま別の棟へと飛び移ると、颯爽と建物の間を駆けて行った。



そうしてその場には再び日差しが降り注ぐ、静かな空間へと戻っていた。



*END*



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