ヒゲ、すね毛は処理しましょう
2013.06.18.Tuesday
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芦屋道孝の術で、空間の歪みの中で何が起きているのかは大体把握出来た。
しかし、その中にいざ自分も入ろうとした白沢だったが、その歪みは彼が近付くと途端に閉ざしてしまうのであった。
「畜生…連中め、野郎は受け付けてないってか…」
肩で息をしながら、遠く前方に映る空間の歪みである黒い穴を睨みつけながら、白沢は一人愚痴た。
先ほどから、その歪みを見つけては全力疾走でそこに飛び込もうとするのだが、どうやら全て失敗に終わってしまっているらしい。
額に滲んだ汗をぐい、とぬぐいながら、彼は再びその歪みに目掛けて疾走しようとした時だった。
「うらぁぁぁ!!!!」
先に誰かが、その穴目掛けて走って行く。
白沢の横を忙しなく駆けて行くが、そこに辿り着く前にその空間の歪みは消えてしまった。
「チクショォォォ!!また閉じられたー!!」
「だから壱鬼、そう何度も同じ手じゃ駄目だってー…」
「少しは学習しろ…」
廊下で悔しげに叫ぶのは、先ほどまで白沢をからかっていた壱鬼だった。
後から呆れた口調で呟きながらてくてくと歩いてきたのは、同じく狐乃衛、竜彦のいつもの面子である。
白沢は三人の様子から、彼らも自分と同様に歪んだ空間の中へと行こうとしていることを察したらしい。
「…お前らも同じ目的か」
「おーよ!けどさっきから行きたくても行けねーんだよ!」
「センセ、もしかしてセンセも格好つけて一人で助けに行こうとしてたー?」
「うるせぇぞ狐乃衛」
にやにやとした表情で訊ねる狐乃衛に、白沢は一睨みする。
しかしまた落胆した様子で、ふうっと溜息をついた。
「ま、どちらにせよ俺らは同じ状況だなこりゃ…」
やれやれ、といった様子で煙草を取り出し一服しようかとした白沢に、竜彦があまり乗り気ではない様子で口を開いた。
「…あの、もしかしたら一つだけ入り込める手段があるかもしれません…」
「…何?」
「ちょ、竜彦そんな情報隠し持ってたのかよ!?」
目を丸くする白沢だが、彼が返事をする前に壱鬼が声を荒げた。
竜彦は彼を見て、口篭りながらも説明をする。
「いや、別に隠してた訳じゃないんだが…桜花先生とソレイユが言っていた情報に、『まりももその中にいた』と言っていたよな?」
「あー、そういえばそんな事言ってたね」
竜彦の言葉に、うんうんと頷く狐乃衛。
しかし彼の場合、それだけの情報で竜彦が何を考えているのかが分かったらしい。
瞬間、ぴたりとフリーズした。
だが壱鬼の方はまだ分かっていないらしく、彼にその先の説明を要求する。
「で、それがどーしたんだ?」
「まりもは男だが、彼はいつもスカート…つまり、女子の格好をしている…」
そこで白沢も気付いたらしく、愕然とした表情で彼に尋ねた。
「…おい、竜彦…お前、まさか…」
「…そのまさかです」
追い詰められたような表情をする三人だったが、壱鬼だけが把握できずに眉間に皺を寄せたまま、彼らを見つめていた。
−それからしばし経った頃、四人は妄想科の教室へ移動していた。
「…や、やっぱり止めないか…?」
竜彦が、今にも首でも吊りそうな声で訊ねたが、狐乃衛の楽しげな声でそれは却下された。
「何言ってんの竜彦クン!今さらもう戻れないよっ!」
「そーだぜ竜彦!ここまで着たら、もう行くしかねーだろ!」
「しかし…こんな格好で大丈夫なのか?」
ぽつりと呟いた白沢の言葉に、竜彦が即答した。
「大丈夫じゃないです、問題です。色々と」
こっからちょっと台本形式で。
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狐「てか先生、パッド見えてます」
白「見えてんじゃねぇ、見せてんだよ」
鬼「見ろ狐乃衛!俺だとパッドなんか目じゃねぇぜ!」
狐「ちょwww胸の所だけパッツンパッツンwww」
鬼「バレーボール入れたらマジ爆乳過ぎて腹出たw」
狐「そんな割れたgtmtの腹とかマジ誰得wうはwwまるで萌えないし可愛くないwww」
鬼「失礼ね!貧乳のアンタに言われたくないわよ!!」
狐「なりきりktkrwwwてか貧乳はステータスなのよ!?」
白「だーもう!うるさいわよお前らァァ!!」
竜「早く!早く用件済ませましょう!!この空間がカオスに陥る前に!!!」
竜彦の涙目と悲嘆混じりの声で、四人はようやく行動を開始することにした。
− − − − − −
“どうやら空間の中へ引きずり込む手は、容姿だけで判断しているのかもしれない”
女子の中にまりもがいたという話からその疑惑が浮上し、四人は妄想科の衣装を拝借して女装といった手段でその中へと潜り込む算段らしい。
衣装はロッカー奥のシェルターにあり、丁度人がはけていた時だったらしい。
四人はこっそりと自分に合ったサイズの衣装とヘアピースやウィッグを拝借してきたのであった。
そして現在、廊下を練り歩いてその歪みが自分達を襲ってくるのを待っていた。
「誰にも見られませんように…誰にも見られませんように…」
「大丈夫だってー竜彦!『これは趣味です』って言えば納得してくれるから!」
「自ら首を絞めていってどうする!!」
「けどよ、俺らのサイズもこうしてあったわけだから、世の中にはそういう趣味の奴が身近にいてもおかしくねーって事だよな」
「だから俺を見て言うな!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人を尻目に、白沢は呆れながらもぽつりと呟く。
「しっかし…こんなんで引っかかってくれるもんなのか…?」
「センセ!ほら、昔話の英雄のヤマトタケルだって女装で敵を倒したって言うじゃん!」
「俺達の場合は英雄じゃなくてただのオカマ集団にしか見えないがな…」
「何言ってんのよ竜彦!一番大事なのはハートよ!!」
「オネエ言葉はよせ壱鬼…」
そうして奇妙な集団は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら廊下を歩く。
するとついに、廊下の教室側を三人からやや離れて歩いていた竜彦が、壁の傍に現れた歪みの手に引っ張られた。
「うわっ!?」
「竜彦!?」
「キター!!!!」
「うおぉぉ待ってたぜぇぇ!!」
湧き上った低めのボイスの歓声達に、歪みの中の手は思わず躊躇したらしい。
竜彦を引っ張る力を緩めた。
しかしこの瞬間を待ち望んでいた四人は、この機会を逃すまいと必死に突撃する。
「うおぉぉ行くぜー!!竜彦に続けー!!」
「押し込め!竜彦をそのまま押し込んで行け!!」
「なっ…三人とも、ちょっと待っ…!?」
「ちょっとちょっと、俺達も可愛いでしょ!?だからさっさと中に入れなさいよこのスケベ共ォォ!!」
怒涛の如くなだれ込んでくる集団に、歪みの中にいた手達も力負けしたらしい。
そのまま四人を、穴の中へと引き摺り込んだ。
*Next…?*
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ただの視覚の暴力
22:09|comment(0)