妖人達が情報を得たようです
2013.06.18.Tuesday
* * * * * *
“学園内のあちこちに空間の歪みが生じ、女生徒がその中へと引き摺りこまれる”
そんな事件が発生する最中、一人の男だけはその騒動にまるで関心が無い様に廊下を歩いていた。
左の目には黒い革製の眼帯を着け、同色の長い髪は束ねもせずにそのまま背に流している。
そして服装も黒のシャツに黒のスーツズボンといったいでたちで、全身がその色で統一されていた。
そんな漆黒に包まれた男は、真直ぐに伸びる廊下を淡々と歩んでいた。
その足取りは確かなもので、まるで何か目的があって動いているようにも思えた。
しかしそんな男の歩みを遮る声達が、彼の前方から響いてきた。
「おい白沢ー!桜花先生の彼女気取って好き勝手やってんじゃねぇよー!」
「…さすがに、ちいさい自分を使ってパンツ覗きは良くないと思います」
「どーせこれからちっこい桜花センセ、回収しに行くんでしょ?うわー妬けるねー」
「お前ら…何勝手な事いってんだゴラァ!!」
保健室近くで騒いでいたのは妖人科の生徒の、壱鬼、狐乃衛、竜彦、そして担任の白沢だった。
どうやら桜花先生と白沢の関係について、三人がからかっている様子だった。
そんな、廊下で騒ぐ四人を前方遠くに見つけたその黒ずくめの男は、訝しげに眉をひそめて歩みをやや遅めた。
どうやらあの騒いでいる連中の横を通り過ぎるのがためらわれたらしい。
しかしその道が一番の最短ルートらしく、そのままつかつかと歩き四人の方へと近付いて行く。
一方で話を続けるその集団は、近付いて来るその男にまだ気付いている様子はなく、白沢が思い出したように言葉を続けた。
「いや、それよりも聞きたいことがあるんだが…お前ら、その桜花先生を見なかったか?今保健室をちょっとと覗いてみたんだが、いないらしくてな…」
「あー…そういや何か、ちっこい桜花先生が騒いでたな」
「そうそう、確かソレイユちゃんと一緒にどっか行ったとか?」
「違う狐乃衛、引き込まれていなくなったと言ってたはずだ」
「は…?い、いなくなったって…何処へだ?」
三人の発言に、唖然とする白沢。
そんな四人のもとへ近付いてきていた黒ずくめの男は、その会話が聞こえていたらしい。
生徒三人が立つ背後まで来ると、歩みを止めてぽつりと呟くように話す。
「…“次元の歪みに引き込まれる”といった事件が起きているそうだ」
「「「!!」」」
その発言を受け、妖人生徒達は慌てて振り返る。
目を丸くさせる三人に代わって最初に言葉を発したのは、白沢だった。
「あ、芦屋…!お前帰ってきてたのか…」
「…それがどうした」
何処か苛立ちすら含んだ白沢の発言に、芦屋と呼ばれたその男は淡々とした口調で返す。
そんな二人の間に入ったのは、傍らにいた生徒の一人の壱鬼だった。
「おい白沢、知り合いか?」
「まあ、ちょっとな…」
「…陰陽科三年の副担任となる、芦屋 道孝(アシヤ ミチタカ)だ」
「げっ、陰陽科!?」
陰陽科と聞いて、狐乃衛がぎくりとした様子で声を上げた。
というのも、“陰陽師と妖怪”といった昔からの因縁だからだろうか、妖人科と陰陽科は学園切っての不仲の関係であったからである。
思わず狐の耳を伏せる狐乃衛だが、芦屋は彼らを気に留める様子もなく話を続ける。
「既に生徒も何人か引き込まれたらしい。目撃者が続々出てきている」
「何!?」
「…貴様、何も知らないのだな」
口調は変わらないが、芦屋の眼差しは明らかに呆れの色があった。
そんな視線を受けつつも、白沢はぐっと堪えた様子で黙り込む。
憤りが混じりながらも、冷静な口調で彼に尋ねる。
「…芦屋。桜花先生の今の様子は分かるか」
「珍しいな、貴様の方から訊ねてくるとは」
「いいから教えろ。桜花先生は、無事なのかどうか」
「…ならば、本人に直接聞けば良いだろう」
「何?」
「その相手の一部となるものを持ってこい。そうすれば分かる」
「相手の一部…髪や皮膚とかか?」
「ああ、一番望ましいのは血なのだがな…」
「急にそんなもの要求されても…、!そうだ、あれで良いのかは分からないが…!」
何か閃いた様子で、白沢は保健室の中へと飛び込んでいく。
すると間もなくして、何かを手に乗せて出てきた。
「分身みたいなものだが、これで大丈夫か!?」
「…血肉の材質は一緒か?」
「…多分」
「ちょっ、血肉とか材質とか何の話題ですかー!?ハッ、生け贄!?生け贄にするつもりですか!?」
白沢の手に乗っていたのは、小さい方の桜花先生だった。
会話についていけず、ミニマム桜花は彼の手の平の上でおろおろするばかりであった。
どうやら高さの位置の関係上で、逃げることもままならないらしい。
すると白沢がやや焦りながらも弁解する。
「いやっ、生け贄とかそんなんじゃないから大丈夫だ!ただ、髪の毛をちょっと貰いたいんだが…」
「へ?髪の毛…?それなら別にいいですけど…」
いいながら、ミニマム桜花は自分の髪の毛を一本引き抜く。
そしてそれを、白沢に手渡した。
「これでいいか?」
「ああ。それをこの紙の上に乗せろ」
芦屋は懐から一枚の術が描かれた紙を取り出すと、ミニマム桜花の髪の毛をそこに乗せた。
そしてそれごと包んで折りたたみ、手の平に収まるくらいの大きさにした。
それを指の間に挟み、呟く様に呪詛を唱え始めた。
途端、その紙から発火し、青白い炎が上がる。
「おわっ、すげぇ!芦屋って先生も発火の術使えんのか!?」
「壱鬼、あれは違うと思うぞ…」
「あれって陰陽師の術の一つだよねー…あー怖い…」
傍らで見学していた妖人生徒三人は、それぞれに感想などを口にした。
しかし芦屋は彼らに見向きもせず、その術を淡々と続ける。
左の手の平の上で燃える青白い炎を、右手の人差し指と中指で触れさせると、その炎はそちらの指に燃え移る。
そして炎を灯した指で、目の前の空に五星陣を描いた。
するとその描いた通りに炎のラインが引かれ、芦屋の目の前にはその陣が形成された。
「さて…他の物も出てこないと良いんだが」
そう呟いた後にまた呪詛を唱え、その陣の真ん中に手を差し入れた。
すると、通常ならば陣の反対側に手が出るはずだが、芦屋の手は入れた部分のみが消えていた。
そのまま奥まで腕を入れ、何かを探るように動かす。
「…掴まえた」
言うや否や、思い切りその腕を引き戻した。
「「ぎゃぁぁぁーッ!?!?」」
そこから出てきたのは、芦屋の手に掴まれた桜花先生と、桜花の足を掴んでいたソレイユだった。
勢いよく飛び出してきた二人は、そのまま芦屋の方へと飛んできた。
しかし桜花の方は手をつかまれていたおかげで、そのまま彼の傍らへとなだれ込む。
ソレイユの方は途中で手を離してしまったらしく、宙を吹っ飛んでくる。
芦屋はそれを抱き止めると、抱えたままそっと下ろしてやった。
「あーびっくりしたぁ…」
「あれ、ここって…学校?もしかして戻ってこれた!?」
「…余計な追っ手はついてきてないみたいだな」
陣を見つめながら、芦屋はそう呟いた。
すると傍らで見ていた妖人科の生徒達と先生の声が上がった。
「うおー!!すげぇ、人が出てきたー!!あれか、マジックか!」
「落ち着け壱鬼、マジックじゃなく術の一つだ…」
「ソレイユちゃーん!無事だったー!?」
「桜花先生…!だ、大丈夫かっ!?」
すると、突然こちらの世界に戻ってきて唖然としていた二人も、その声に答える。
「え、まあ…何とか無事です…」
「あれ、もしかしてさっきの手って…もしかして、この人の手だったんですか?」
ソレイユが、半信半疑ながらも芦屋の方をチラリと一瞥する。
芦屋はその視線を見返す様に彼女を見たが、何も言わずに黙っていた。
代わりに狐乃衛が彼女の問いに答える。
「ん、そうみたいだけど…何かあった?」
「うーん、実は…」
ソレイユの話を要約すると、こうだった。
−突然、桜花の背後に五星陣が現れたかと思うと、その陣の中心から手が伸びてきたそうだ。
そしてそのまま桜花の手首をつかむと、その陣の中へと引き摺りもこうとしたらしい。
「ぎゃぁぁぁまた違う手がー!?何!?今度は何処に引きずりこまれるのォォ!?」
「お、桜花!!待った、一人だけ逃がしてなるものかァァァ!!!」
そうしてソレイユが桜花の足に飛びつき、そのまま二人一緒に引きずり出されたらしい。
「あちこち連れまわされて大変だね、二人とも…」
「マジ怖かった…」
「手だけとかマジ勘弁…まあ不意打ち自体が勘弁だけども…」
労う狐乃衛に、二人はげんなりとした様子でそれぞれ愚痴ていた。
すると白沢が心配した様子で二人に尋ねる。
「一体何があったんだ?次元の歪みの向こうでは何が起きているのか…」
「あ、それなら今から説明します。実は…」
そして妖人科の生徒と先生、そして芦屋は桜花達の説明に耳を傾けた。
一通り聞き終えると、芦屋が最初に口を開いた。
「…分かった、何があったかは把握した」
「ええ、それでこれから私達は、ひとまずシェルターの方に行って…」
「いや、その必要はない」
「え?」
「既に迎えが来ている」
「迎えってまさか…」
桜花とソレイユが振り向くとそこには−
また歪みから、無数の腕が獲物を探すかの様に伸びていた。
「「うわぁぁぁぁー!?!?」」
思わず悲鳴を上げる二人だが、芦屋は冷静な口調で話しを続ける。
「そういう訳で、二人とも」
「「え」」
「戻ってよし」
言い切る前に、芦屋は二人をその黒い腕が伸びる方へと突き飛ばしていた。
「「ぎゃぁぁぁぁーッ!!!!」」
「ちょ、芦屋先生助けといてまたつき返すってどんだけ鬼畜なんですかー!?」
「分からない!芦屋先生が一体何をしたいのか全く分からない!!」
口々に芦屋に対する文句をぶつけながらも、二人はまたその空間の中へと戻って行った。
それを冷静に見届けた芦屋だったが、突然彼の胸倉を、白沢が掴んだ。
「芦屋!!てめぇ、一体何のつもりだ!?助けたんじゃねぇのか!!」
「…無様だな、妖人とは」
「あぁ!?」
「妖怪の姿に戻りかけているぞ」
「っ……」
眉一つ動かさないまま放った芦屋の言葉に、白沢ははっと我に返った表情を浮かべた。
すると落ち着きを取り戻した様子で、芦屋のシャツから手をゆっくりと離す。
それを眺めながら、芦屋は襟をただしながら言葉を続けた。
「…連れ戻せば、また連中は取り戻しにくる。それならば一旦向こうに返し、敵の大元を叩いた方が効率が良いだろう」
つまり、味方を守りながら敵と対峙するよりも一度向こうにわざと囚わせてしまった方が、取り戻すと同時に敵も潰せる、と芦屋は補足した。
しかし白沢は未だ納得がいかない様子で、ぎり、と歯軋りした。
すると彼に背を向け、その場から立ち去ろうとする。
「どうするつもりだ」
「…どうしようと俺の勝手だろうが。ほっとけ」
振り返らずにそういい残し、白沢は歩いて行った。
芦屋は暫しその姿を眺めていたが、また自分も目的を思い出した様に、白沢が行った方向とは反対側の廊下を歩いていった。
そうして二つの足音は、互いに遠ざかって行った。
*END*
* * * * * *
おまけ。
鬼「…何か俺ら、途中から蚊帳の外状態だったんじゃね?」
竜「しかし、あの二人の間に入れと言うほうが無理だったぞ…」
狐「とりあえずさ…俺らも何か行動する?」
鬼「そーだなー…んじゃあ、俺らも空間の歪みん中飛び込んでみるか!」
竜「絶対はじき出されると思うんだが」
狐「…でももし入れたらさ、女の子だらけの空間に行けるって事じゃね!?」
鬼「おお、ハーレムってやつか!」
狐「秘密の花園Foooooo!!!!!」
鬼「うおぉぉぉ燃えてきたぜー!!」
竜「……ハァ…」
* * * * * *
白沢のライバル、芦屋登場話
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