白沢、走る

2013.06.18.Tuesday



* * * * * *



「はー…やれやれ、ほんの一瞬だったな」



屋上で鳥疑きの変なものと一戦を終えた俺は、給水塔の上で一服していた。

久々に本気で戦ってみたが、勝負はあっけなく終わってしまった。

あまり手応えは感じられなかったものの、ここしばらく忘れていた“戦い”というものの感覚を思い出し、一人物思いに耽っていた。



―この世の万物には、生きる権利がある。

それが例え、どんな悪人でも害ある物だとしても、だ。

だが、だからと言って他者が命を奪う権利があるのだろうか?

今消し去ったあの生き物達も、俺が葬って良かったのだろうか。

この俺に、そんな権限があるのだろうか。

戦うことは簡単だ。しかし、時々こうして迷ってしまう。

果たして生きるとは、命とは何なのか―







今まで生きてきた分、余計な知識が身についてしまったからだろうか。

思い切り戦ってすっきりするはずなのに、いつからなのか悶々と考え込むようになってしまっていた。



しかし、そんな俺の鬱蒼とした考えを吹き飛ばす様な電子音が、耳に届いた。

ポケットから携帯を取り出し、画面を開く。

ディスプレイに映し出されていたのは、“桜花先生”という文字。



それを見た途端、胸騒ぎがした。



(…まさか、な)



きっと、妄想科は大丈夫だといった報告の電話だろうと思い、俺は平常心を保って電話に出た。





「…はい、もしもし?」

「もしもし白沢?桜花がヤバい事になってるわ!!助けに来てちょうだい!!!!」



耳に痛いくらい響く、桃子先生の声。

何故桜花先生の電話に彼女が、などと思っている暇はなかった。

桃子先生の言葉を聞いた瞬間に、頭が真っ白になった。

と同時に、足は既に無意識に動いていた。





屋上からフェンスに向かって走り、そのままそれを跳び越えて行く。

ふわりと浮遊感に包まれ、落下する俺の身体全身からは大量の靄が湧き上った。



そして俺は、“白澤”本来の姿に変化した。



妖人人間相対理論には、「人間社会には未だ妖人に対する差別意識が残っており、むやみに本来の姿を曝け出すのは好ましくない」とあるが、今はもうそんな事どうだっていい。

ここから飛び降りて教室に向かった方が早い、そう考えた俺は空中歩行可能な白澤本来の姿になると、空を蹴り目的の教室まで走った。







そうして間もなく、妄想科の教室窓に辿り着いた。

そこから躊躇なく飛び込む。

ガシャン!と大きい音を立てながら俺が飛びこむと、既に中にいた人物達から悲鳴が上がった。



「何!?今度は何ー!?」

「ま、また見たこともない生き物が!!」



どうやらその声の主達は妄想科の生徒、たきとソレイユのものらしい。

俺は二人の恐怖心を払拭するため、人間の姿に戻る。



「落ち着け二人とも、俺だ!」

「し、白沢先生!?」

「え、じゃあ今の姿は…」

「ふぅん…先生って本当はあんな姿してたのねぇ…」



電話をくれた主、桃子先生は関心した様子で俺を眺めていた。

どうやらたき達ほどには混乱も驚きもしていない様子だ。

さすがは年の功といったところだろうか。…こんな事、口が裂けても絶対言えないが。



しかし今は、それどころではない。

倒すべき敵と、桜花先生は―



俺が目の前の三人がいる方から目を逸らし、教室の後方へと向けた時だった。

出来れば避けたかった光景が、そこに広がっていた。





壊れた教室の壁と、無い頭部が間もなく再生するところの鳥疑きの生き物、そして

その生き物の鈎爪が付いた足で捕まれたままの、桜花先生の姿だった。



それを見た瞬間、俺の身体からまた靄状となった“気”が湧き上る感覚がした。

殺気混じりのその気を携えたままそいつにとっかかって行こうとしたが、傍にいた三人の内の誰かの声で我に返った。



「先生ッ!?武器もなしに戦うつもりですか!?」

「ッ……!」



踏み出そうとしていた足が、ぴたりと止まる。



俺に武器はいらない、この全てを無にする“気”だけで十分だ。

だが今このままの状態で向かっていけば、靄状となった気が足元の桜花先生や、生徒達の方へ流れていってしまう可能性もある。

物理的にもダメージを与えるようになっている現在では、リスクが多すぎる。

…ここは一旦落ち着くのが優先だ。



俺は深呼吸を一度大きくすると、体中から湧き上っていた靄状の気を消した。

そうしてまたその“気”を、手だけに集中させ放出させると、前方にいる敵を見据えた。



頭部が完全に復活したその変な生き物は、威嚇する様に一声を放つ。

だがそんなものに怯むことも無く、俺は足元に転がる椅子やら机やらを跳び越えてその敵の方へ駆けた。



「おらァッ!!」



走って勢いついたまま、振り上げた拳をその生き物の片羽付け根辺りに打ち込む。

瞬間、灰と化した其処から崩れ始め、片羽はぼとりと地面に落ちた。

鳥疑きは奇声を上げながらも、嘴で反撃してくる。

どうやら俺の頭部を狙ったらしいが、動きが大きく隙も多かったのでそれを難なく避けた。

そしてかわしつつ相手の懐に飛び込むと、そのまま手から出る靄状の気の量を増やし―



「消えろ」



鳥疑きの首元に最後の一撃を打ち込んだ。

見る見る内に灰となってゆくその生き物は、廊下から吹き込んでくる風に運ばれて、割れた教室の窓からその身を散らしていった。

足も灰になり消え去った時、俺は倒れ込んでいる桜花先生を抱き起こそうとした。

本当はすぐ抱き起こそうとしたのだが、彼女の胸元にいる奇妙な生き物を見た瞬間、手が止まった。



「…小さい…俺?」



大きさこそ違うものの、姿形はまんま俺そのものだった。

まさか桃子先生が変な実験で作り出したのだろうか、と彼女をきっと睨みつけたが、先生はきょとんとした表情で俺を見つめ返す。

あの様子からして、どうやら潔白らしい。



(…まあ、今はとりあえず桜花先生の状態を診るのが先か)



小さい俺についての疑問は後回しにすることにして、俺はそのちっこい自分の襟首を摘まんで傍に置くと、桜花先生を抱き起こした。



「桜花先生!俺だ、聞こえるか!?」

「桜花ー!しっかりしてー!」

「無茶しすぎだって馬鹿ー!!」



彼女を心配したたきとソレイユが傍まで駆けてくると、彼女を起こそうと額を叩いたり頬をつねったりする。

起こし方がちょっとひどくないか、とも思ったが、それでも桜花先生が目を覚ます気配はなかった。

腕を見ると、何か熱のあるものから咄嗟に覆った為なのか、赤く軽い火傷をしていた様子だった。

負傷しているならば、まずは手当てした方が良いだろう。

そう考えた俺は、そのまま桜花先生を抱き上げると、保健室へと運ぼうとした。





「桃子先生!保健室連れて行くが、ベッドは空いてるか!?」

「あら、気を失っているっていうのに先生大胆ね」

「心、今のネタメモね」

「おk、把握した」

「違う!!火傷の手当てするだけだッ!!」



後で亡女姉弟達のメモも消し去ってやらんとな、と思いつつ、桃子先生の返事に耳を傾けた。



「私の姉妹達が働いているから、怪我人も今なら少ないはずよん?でも、妄想科なら何でもチート包帯があるとか…」

「…チート包帯?」

「これです」



横でソレイユの声がしたのでそちらを見ると、彼女の手には幾つもの包帯があった。

しかし見たところ、極々普通の包帯である。



「………」

「あ、なんですかその目は!?疑っているんでしょう!」

「…ああ、正直」

「妄想科舐めんな!」

「はいはい。じゃあ二人ともその包帯持って、俺についてきてくれるか」

「うっわ、期待してない感満載の棒読みだー!!」

「あと、桃子先生も一緒に来てください。他の生徒は、シェルターに案内する他の先生が一階の玄関近くの廊下いるはずだから、速やかに避難するように」



そう各々に指示して、俺は保健室へ向かおうとした。

が、たきの言葉に足が止まった。



「あの…このちっさい先生はどうするんですか?」

「……。俺はそんなもの見なかった。俺はそんなもの見なかった!」

「大事なことなので二回言ったんですね、分かります」

「…桜花先生の火傷がひどくなる前にさっさと行くぞ!」



そうして小さい俺が落ちている方に振り返ることも無く、そのまま教室を後にした。









―今日はとんでもない一日である。

だが、少しだけ良かったことが一つ。



誰かの命を守った時、自分の“生きる”という意味が分かりそうな気がした。



*END*



* * * * * *

先生白澤になっちまったよ(´・ω・)

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