戦線から離れて行動

2013.06.18.Tuesday


* * * * * *





壱鬼達三人組は、漸く無頼科を中心とした軍に合流した。

前衛では激しい攻防を繰り広げているらしく、SAYTSUIの嬉々とした笑い声や叫び声が遥か後方にいた三人組にもはっきり聞こえてきた。



「おいおい、今回随分と数多くねーか?」



前衛の攻撃を逃れた敵達が、後軍にいる者達を狙って襲い掛かってくる。

壱鬼は周囲の者達とそれの応戦をしながら、近くにいた狐乃衛と竜彦に尋ねた。



「確かに…いつもなら、SAYTSUIさん一人で片してたよな?」

「ああ。だが今回は先ほどの雷の件での連戦だ、さすがのSAYTSUIさんも疲弊しているはず…」

「の割には、さっきから元気そうな笑いや雄叫びが聞こえるけどな」

「………」



狐乃衛の最もな発言に、竜彦は沈黙した。



「けど…これはちょっと厳しいよなー」

「うおお、俺も負けてらんねぇ!オラアァァァ!!!!」

「壱鬼、これ大声大会じゃないから。SAYTSUIさんの声量と競ってどうすんだよ」



前衛の声の主に届けといわんばかりに、壱鬼も大声を上げながら奮戦する。

そんな彼に冷静にツッコミをいれていた狐乃衛だったが、ふとある案が浮かんだ。



「そうだ、出てくる大元を叩けばいいんじゃね?」

「大元?」



竜彦が渾身の一撃で敵を殴り飛ばした後、狐乃衛の方へと振り向く。



「そ。確か、次元が歪んでそこからこいつら変なのが出てくんでしょ?だったらそこ塞げばいいって話」

「そうだな…放送で言ってたが、上空にその歪みがあったはず…」



小難しい表情を浮かべながら、竜彦は少し考えこむ。

するとそこへ、敵の変なものが襲いかかろうとした。

が、それは壱鬼の放った妖術の焔で一瞬で燃え上がった。



「おい竜彦!何ぼーっとしてやがんだ!」

「…壱鬼、俺達はこの一行から少し離れるぞ」

「…はぁ!?何言い出すんだ急に!」

「この敵が出てくる大元を潰す。そのために少数で行動するんだ」

「ふーん…じゃあ、SAYTSUIさんにも報告しといた方が良くねぇか?」

「確かに…だが、SAYTSUIさんは今は最前線で戦っているぞ?そこに行くまでには大分距離が…」



竜彦がそう言うと、壱鬼はにやりと笑って彼を見る。



「なにも、傍に行って言う必要なんかねーだろ」

「は…?」

「竜彦、お前応援団団長だろ?だったら此処からSAYTSUIさんにまで、大声で叫べばいいじゃねーか」

「だが、皆の声や騒音でかき消されるのでは…」

「何なに?もしや竜彦クン、自信がないのかーい…?」



戦いながら聞き耳を立てていた狐乃衛が、にやにやと小馬鹿にした表情と口調で竜彦を煽る。

さすがの竜彦もその様子にイラついたのか、壱鬼の案に乗じることにした。



「…分かった、じゃあ一応やれるだけやってみよう」

「おう、頑張れ竜彦!!」

「TACHIちゃんもきっと聞いてるよ!」

「狐乃衛…お前も敵同様に殴り飛ばしてやろうか」

「スミマセンデシタ」



そうして竜彦は、前衛に出来る限り近づいた後、後方から最大限の声量でSAYTSUIに向けて叫んだ。



「SAYTSUIさん!!!俺達三人は、しばし離れて行動します!!!!」



その力強い大声は、最前線にいたSAYTSUIの耳に届いたらしい。

彼の方からも、これまたはっきり届く大声で返事が返ってきた。



「おう!!どこへ行くかは知らんが、おん共も十分暴れてこいYOOOOOO!!!!!」



そして遠くからでも目立つくらいの大きな鰹節を持った片腕を、一度上方に突き上げ大きく振るった。

その際、幾つかの変なもの達も吹っ飛ぶのが微かに見えた。

激励にも似たその豪快な送り出し方に、竜彦は小さくふっと笑ってから、壱鬼達の方へ戻り合流した。





「おう竜彦、SAYTSUIさんにも聞こえたみてーだな」

「ああ」

「けど、声量はやっぱSAYTSUIさんの方が勝ってたかなー」

「………」



狐乃衛の言葉に、竜彦の表情が少し暗くなった。

恐らく、応援団団長としての誇りが少々傷ついたらしい。



「ま、気にすんなって!それよりさっさと行こーぜ!」

「あ、待て壱鬼。それともう一人連れて行きたい人がいる」

「あ?」

「ちょっと探してくる…少し待っててくれないか?」

「おー…とりあえずまだ軍から離れてねーから大丈夫だけど…」

「そうか、助かる」



そうして竜彦はまた、混戦する人混みの中へと消えて行った。





「…おい狐乃衛、あいつ一体誰連れてくるつもりだ?」

「さあ…もしTACHIちゃんだったらどーする?」

「冷やかしまくる」

「じゃあ俺はそのツーショを写メって、友達全員にメールするわ」



そうして竜彦いじりを企てていた二人だったが、竜彦が連れてきたのは予想外の人物だった。







―ふわふわとした金髪、大きな瞳。

まるで外国の人形の様な、愛らしい少女だった。



竜彦の横に立つその少女を見た途端、二人は唖然とした。



「竜彦…それ、誰…?」

「魔法学科、錬金術クラスの沙羅・イングリットさんだ。不測の事態に備えて、援護を頼んでおいた」

「へー、何かすごそうだなぁ…とりあえずよろしくね、沙羅ちゃん。俺は狐乃衛」

「よろしく、沙羅でいいわよ」



言いながら、狐乃衛と軽く握手を交わす沙羅。

すると壱鬼が彼女をじろじろと見ながら呟く。



「おい、本当にこんな奴に援護頼んでおいて大丈夫なのかよ?」

「あら、少なくとも猪突猛進する単純熱血馬鹿のあなたよりは全然マシよ」

「なっ…!?こっ、このドチビ野郎…!!」

「あら、やるつもり?いいわよ、自分の馬鹿さ加減と身の程知らずだったということを思い知らせてあげるわ…」



ばちばちと火花を散らさんばかりに、壱鬼と沙羅は真っ向から睨みあう。

するとその間に狐乃衛が困り笑顔で割り込んだ。



「はいはい二人ともそこまでー!ほら壱鬼、こんな事してる間にも敵が湧いてくるからさっさと行くぜ!沙羅ちゃんごめんね、コイツ本っ当に馬鹿でさ」

「いいわよ、馬鹿は死んでも治らないって言うしね」

「おいコラ狐乃衛てめぇ!何勝手なこと言ってやがんだゴラァ!!」

「壱鬼、そこまでにしておけ。きりがない…」



まだ狐乃衛と沙羅に食ってかかる壱鬼だったが、竜彦が彼の襟首を掴んで強制的に引き摺って行った。



そうして四人といった少人数のその集団は、敵の流れてくる方向に逆らって進み、湧いて出てくるその次元の歪みを探した。













時に応戦しながら、時に身を隠しながら進み、四人は漸くその次元の歪みらしき所を発見した。

しかし彼らは現在、近くの茂みの中に身を隠している。

というのも―



「わーい、あんなところにあるやー…」

「すっげぇ上の位置じゃねぇか…」



狐乃衛、壱鬼が呆れた様な口調でそれぞれ呟く。

二人が見上げる先は、遥か上空。そこに、歪みはあった。



そして今も、絶えず変なもの達はぞろぞろと湧いて出てきている。



「おい竜彦、見つけたは良いけどどーすんだよ?あんなところじゃ何も届かねーぜ?」

「だから、沙羅を連れてきたんだ。彼女の錬金術で、階段を作ってもらう」



竜彦がそう答えると、壱鬼は目を点にしてぽかんとした表情をする。

しばし間があった後、彼はやや興奮した様子で沙羅に詰め寄った。



「すっ、すっげぇ!!お前そんな事が出来んのかよ!?」

「あら、今頃になって気付いたの?…そもそも錬金術って、何だか知ってるんでしょうね?」

「知らねぇ!!けどすっげーって事は分かった!!」

「…竜彦、この壱鬼って奴はいつもこんな感じなのかしら?」

「ああ…残念なことに」



毒舌な彼女も、さすがに呆れた様子で傍らの竜彦に尋ねたが、彼も諦めた様にそう一言だけ返した。

しかし壱鬼の耳には全く届いていないようで、彼は一人で目を輝かせていた。



すると傍らで狐乃衛が、ぽつりと呟く。



「けどさ…あれ、どうやって塞ぐの?まさかそれも沙羅ちゃんの錬金術でやるつもり?」

「それじゃ一時の時間稼ぎにしかならない、塞ぐなら完全にだ。それには狐乃衛、お前の能力次第にかかっている」

「え、俺ぇ!?」

「ああ。お前、特殊能力科の陣内先生に変化できるか?」

「んー…前に一回、特殊能力がどんなもんか試しに変化してみたけど」

「それで、一応能力は使えたと言っていたよな?」

「まあね。けど、陣内先生本人は遠距離でも能力が使えるみたいだけど…俺はやっぱり真似だからなのか、近距離でしかその能力使えなかったんだよね…って、まさか」

「ああ、そのまさかだ」



ぎくりとした表情を浮かべる狐乃衛とは対照的に、竜彦は珍しく口元に不敵な笑みを浮かべた。

しかし二人の会話についていけない人物がそこに一人いた。



「なあ…お前らがさっきから言ってる、陣内って誰だ?」



眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべる壱鬼。

彼は今まで陣内 陣内と会った事がなかった。

廊下ですれ違ったことはあったかもしれないが、まともに対面したこともなければ会話もない。

そんな相手を覚えていろと言う方が、彼にとっては至難の技だった。

そして壱鬼に、竜彦が溜息交じりに説明してやる。



「壱鬼…陣内先生というのは特殊能力科の先生で、重力を操る能力があるんだ」

「へー…で、何でそれで、あれが塞げんだよ?」

「まあ…これは俺の予想だが、あの歪みは恐らくブラックホールのようなものだろうと思っている。そもそもブラックホールは、強力な重力により歪みが生じてできるものなんだ。ならばあの歪みも、反する重力で直せば、塞げると思うんだが…」

「ふーん…」

「…今の説明で分かったか?」

「さっぱり」



きっぱりと答えた壱鬼に、竜彦はがくりと肩を落とした。

そんな彼の両脇にいた沙羅と狐乃衛は、慰める様に彼の肩にぽんと手を置いていた。





「とにかく!狐乃衛がその陣内って先生に化けりゃ、あれは塞げんだな!?」

「ああ…もうその解釈で良い」

「随分と間の段階を飛ばしてるわね…」

「あれが壱鬼なんだ、仕方ないさ…」



壱鬼だけが意気込む中、他の三人は諦めた様子でその彼を傍観するような眼差しで見つめていた。











「…さて。狐乃衛の変化出来る時間はごく僅かだそうだ。沙羅も、あそこまでの高さの階段を錬金するには、少し物質が足りないかもしれないらしい」

「って事は、チャンスは一回ってことか」



壱鬼の言葉に、竜彦が頷いた。



「ぶっつけ本番かぁ…大丈夫かなー」

「私の方は、錬金術は良いけど…問題は、周りの物質でそれだけを作れる量が足りるかってとこね」



各々不安を抱えながらも、歪みから出てくる敵達が途切れる間の瞬間を待つ。

そうしてじっと茂みに身を隠していたが、とうとうその瞬間は来た。



歪みから湧く敵の数が、ぐっと減った。

そしてSAYTSUI達が戦う音がする方へと、迷わず向かって行く。



「今だ、壱鬼!」

「っしゃあ!!行くぜぇぇ!!」



まずは壱鬼が囮になるべく、真っ先に茂みを飛び出して行った。

それに気付いた周囲の敵達は、彼を目掛けて突進して行く。



それとすれ違う様に、今度は沙羅と彼女の安全を確保すべく竜彦が、共に茂みを飛び出した。

まだ歪みの下の方で蠢いていた変なもの数体は二人にも襲い掛かろうとるするが、錬金術を使うべく地面に術式を書き始めた沙羅を庇う様に、竜彦がそれらと応戦した。



「沙羅、任せたぞ!」

「もう、急かさないでよね…!」



そういいながらも、沙羅は難解で複雑な術式をすらすらと書き連ねてゆく。

竜彦と壱鬼が激戦を繰り広げる中、彼女は短時間で一度も間違うことなく、階段を構成するその術を完成させた。



「出来た!二人とも、少し離れてなさい!」



言われたまま二人がそこから少しはなれた途端、バキバキと音を立てながら周囲の木や土を巻き込んだ階段が出来上がる。

その階段は順調にせり上がっていったが、途中でその錬成が途絶えた。

すると沙羅が、苛立った様に呟く。



「やっぱり足りなかった…」

「構わない、狐乃衛!行ける所まで行け!!」

「わ、分かったけど…!どーすんの、あとちょっとの所で途切れてるよ!?」



最後に茂みから飛び出した狐乃衛が竜彦に走りながら訊ねたが、突如壱鬼が彼の援護をするように共に駆け出した。



「あれぐらいなら飛べ!」

「は!?」

「行ける行ける!お前ならやれるって!」

「ちょ、修造みたいな事言うんじゃねぇよ!…ああもう、分かった!とりあえずやれるだけやってみる!!」



そうして、土と木を媒体にして出来た階段を、狐乃衛は駆け上って行った。

だが、歪みからはまだ新たに何かが出てこようとしていた。

しかし途中で詰まっているのか、そこで蠢くばかりで中々出てこれない様子だった。



「ラッキー!あいつら集団で出て行きやがるから詰まってんだ!」

「いや…ちょっと待て、何か様子が変じゃね…?」



壱鬼が嬉々とした声を上げたが、狐乃衛が階段を登りながら怪訝そうに言う。

その瞬間だった。



一際大きい変なものの影が、その歪みからずるりと出てきた。



「…っ!?!?」



その迫力と不気味さに、狐乃衛が思わず足を止めそうになった。

が、その影は地面にどすんと落下すると、素早い動きで森の中へと消えていってしまった。



「なっ…何今の!?何かF○かドラ○エで言うボス的な大きさと姿だったんだけどー!?!?」

「お、落ち着け狐乃衛!あれはどっか行った!多分俺らは眼中に入ってなかったはずだ!」



地上から、竜彦がやや焦りながらも宥める。

どうやら彼も、その変なものを見て少なからず動揺したらしい。

しかしすぐに落ち着きを取り戻すと、階段の上方にまで行った彼に指示を送る。



「よし狐乃衛、変化しろ!」

「りょ、了解ッ…!!」



まだ動揺しながらも、彼はぼんっと音を立てて陣内に変化した―



変化が不完全ながらも、陣内の能力を使う分には差し支えない。

狐乃衛は重力操作の能力を扱うため、手に気を集中させる。



肘から掌にかけて、じりじりと痺れるような感覚。



全速力で階段を駆け、そうしてその速度を保ったまま、彼は飛んだ。





「届けぇぇぇーッ!!!」



半ばやけの様に叫びながら、精一杯手を伸ばして重力の力をその歪みにぶつけようとする。

思い切りまっすぐに伸ばした彼の手は、その歪みに―







確かに、届いた。



刹那、その次元の歪みの部分はぐにゃりとゆがむ。

奥の方ではまだ次に出てこようとしていた敵達がいたが、空間が閉じる方が早かった。



今まで捻じ曲がっていたその場所が次第に戻って行き、やがて元の空の風景と同化した。





「や、やった…!」



狐乃衛は落下しながらも、嬉しそうにガッツポーズをとった。

しかしそのままの速度で落ちれば、間もなく彼は地面に激突する。



しかし寸前のところで、突然現れた緑の網のようなものが、彼の体を受け止めた。

それは沙羅の錬金術で作られた、草を媒体にしたネットだった。



「はぁ…後のことを考えてから行動しなさいよね」

「はは…ありがとー沙羅ちゃん…」



自分よりも年下の様な可憐な少女に説教され、狐乃衛は思わず苦笑いをしながら礼を述べた。

そこに壱鬼と狐乃衛も駆けつけて来て、竜彦が二人の無事を確認する。




「二人とも、怪我はなかったか!?」

「ええ、平気よ」

「おお、これも沙羅の錬金術ってやつで作ったのか!?すっげー!!」

「ちょ、壱鬼じゃま。そこにいたら俺降りれないんだけど」



周囲の木から繋がってできた草のネットを見て、壱鬼が楽しそうにそれを見上げるが、狐乃衛は彼が邪魔らしく文句を言っていた。









「さて、三人とも…ここで成功を祝いたいところだが…」

「?」

「どーした竜彦、まだ何かあんのか?」

「もう次元の歪みは直ったはずだけど…」



三人がそれぞれ疑問を抱くが、竜彦は至って冷静に答えた。



「逃げるぞ」

「「「は…?」」」

「まだ敵はそこらに無数にいる。そして俺達はまだ、その渦中にいる…」

「「「…!!」」」



何を言いたいかを悟ったらしく、三人の表情は凍りついた。

気付けば、周囲は変なもの達に囲まれてじりじりと距離をつめてきている。



「…うおぉぉこうなったらSAYTSUIさん達のとこまで全力で走るぞぉぉ!!」

「言われなくてもそうするしかないだろうな…」

「もう、何で貴方達は無計画で行動するのかしら!単純にも程があるわ!」

「あははー…まあそれが俺達ですから?」





壱鬼が妖術で進む方の敵を吹っ飛ばした後、四人は一丸となってSAYTSUI達が奮戦するところまでひた走った。

そうして、四人の単独行動は成功を治めて、なんとか無事にSAYTSUI軍へ帰還したという。



*END*



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