先生も行動を起こす
2013.06.18.Tuesday
※前回の話の続きです。
* * * * * *
壱鬼達を見送ってから、俺はまた中庭を徘徊していた。
被害状況を見回りながら歩いていると、何やら上方から歌声と引き金を引く音が聞こえてきた。
「何だ…?」
ふと顔を上げると、妄想科の教室の割れた窓から、ランチャーで次々と弾丸をぶっ放す人影が見えた。
「………」
恐らく変なものの討伐の援助を、そこから放っているのであろう事は、予測がついた。
しかしやけに興味が湧いてしまった俺は、見回りを兼ねてついその科がある教室の方へと、無意識に足が動いていた。
そうして少しばかり遠回りをしながらも、妄想科教室の近くへと来た。
煙草をふかしながら歩いていたので、ぼちぼち消そうかと携帯灰皿を取りだそうとした時だった。
「「白沢先生の事が?」」
「大好きだああああああああ!!!ラブユー!!!!ハッ、思わず言ってしまった」
「!?ぐっ…!!」
生徒の掛け声と桜花先生のその言葉を聞いた瞬間、むせた。が、我慢した。
咳が込み上げてくるが、此処でしてしまえば俺が聞いたことがばれてしまう。
それを回避すべく、俺は踵を返すと足早にその場を去った。
そして妄想科の教室から遠く離れた階段まで来ると、俺は盛大にむせ込んだ。
我慢していた為なのか、しばらく咳は止まなかったが、しばらくそうしている内に次第に落ち着いてくる。
ようやく息も整った頃に、俺は先ほどの台詞を思い返す。
あれは間違いなく桜花先生の声だった。しかも大好きって…
「…桜花先生も、意外と大胆なんだな…」
大声で大好きという言葉を発するとは、中々のつわものである。
しかし、これで迷っていた事にもようやく決心がついた。
俺は意志を固めた心地で、職員室へと向かった。
職員室を訪れたが、先生の数は疎らだった。
どうやら皆、次々と起こる騒動に駆け回っているらしい。
そんな中で、俺だけは自分の席に着き机の引き出しを開けた。
そこには、ごちゃごちゃと文房具やら書類やらが入っていて、その上に一つの封筒が乗っていた。
俺はその封筒だけを取り出すと、それを机の上に置いた。
(そういやこれくれてから、もう数日は経ってるよなぁ…)
また煙草に火を付け、後ろの背もたれに寄りかかる。
煙をふかしながら、俺はその数日前の出来事をぼんやりと思い返していた。
―雷事件が起きる、数日前。
職員室にいた俺は、突然一つの封筒を差し出された。
その差し出した人物というのは、自称科教師の神代 理人先生。
そして、何故か傍らには桃子先生。
二人ともなにやら意味深な笑みを浮かべていた。
「え…これは…」
「どうぞ、白沢先生!受け取ってください!」
「ちょ…俺、そっちの趣味は一切ないんですけど」
「やあねぇ、ラブレターとかじゃないわよ、先生?」
一瞬嫌な汗が流れたが、桃子先生の言葉にほっと安堵する。
そんな俺の様子を見て、神代先生も苦笑いをして答えた。
「はは、私だってその気はないよ」
「そうだよな、何せ神代先生には可愛い奥さんがいるしな」
「い、いやぁ…まあ、私が言うものなんですが、確かに沢山可愛い所ありますけどね…」
「はいはい既婚者乙!」
「あらぁ、白沢先生そんなに荒れなくってもいいじゃない…」
でれでれと照れながらのろける神代先生に、俺が強制的に話題を切ると桃子先生がそれを宥めた。
しかし今回ばかりは、独身男性の俺の前ででれる方が悪い。
「…で、この中身は一体何なんだ?」
「ふふ、開けてみてご覧なさい?」
桃子先生に言われるがまま、俺はその封筒を開けて、中身を確認する。
その中から出てきたのは、水族館のチケット二枚だった。
俺はわけが分からず、二人に目線を向ける。
「私たちからの、お中元ってことで!」
「桜花先生を誘って、デートに行ってきたらどうかしらん?」
「へ!?な…何でまた急に?」
俺が少し動揺しつつも尋ねると、桃子先生が相変わらずの色っぽい口調で説明をしてくれた。
「前に、先生の恋人役で桜花先生が実家に行くって話してたでしょう?それなのに、お互いの事あまり知らないまま行くのは良くないと思うわぁ…だから、休日にでもゆっくり話す機会があってもいいんじゃない…?」
「それでささやかながらも、私達も協力したってことです」
それがこのチケットって事か。
確かに俺は、桜花先生のことについてはあまり詳しくはない。それは向こうもきっと同じだろう。
そんな状態で実家に行けば、何かしらボロが出てもおかしくない。
そう考えた俺は、二人の贈り物を素直に受け取った。
―それが、数日前の出来事。
それから数日経ってしまっていたのは、俺がグダグダと考えあぐねていたからだ。
週末だから、きっと桜花先生も何か予定があるのでは。
それにもし誘っても予定があったのなら、断るのにまた迷惑をかけてしまうのでは。
そんな「逃げ」に似た考えで、今まで誘いを延期していた。
だが、さっきの桜花先生の言葉で何かが吹っ切れた。
「…よし」
決めた、週末誘おう。
そう決心した俺は煙草の火を消し、その封筒を手に妄想科の教室へ向かおうとした。
が、ぴたりと足が止まった。
―そうだ、今妄想科には生徒達もいたはず。
そんな中に行けばまた冷やかされたりネタにされたり、またいい様に扱われてしまう。
(どーすっかな…)
このまま特攻するか否か考えていた時、ふと良い案が浮かんだ。
そうだ、内密にするならば良い方法があるではないか。
俺は携帯を取り出すと、メール画面を起動させた。
『件名:お疲れ様です。
――――――――――
今この状況で言うのも何ですが…水族館のチケットが手に入ったので、今度の週末一緒に行きませんか?
返事待ってます。』
何故か敬語になってしまう、素っ気無い文面。
やっぱり俺は、メールというものがどうも苦手だ。
しかし決意が固まった俺は、もはやそれも気にせずにそのまま送信ボタンを押した。
そうしてそのお誘いメールは、桜花先生の携帯へと飛んで行った。
…もしダメだったら、チケットをくれた二人になんて弁明しようか。
そんな事を考えながら、俺は自然と口角が上がってくるのが分かった。
おいおい、まだ返事着来てねぇのににやけてんじゃねえよ、俺。
*END*
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