妖人科の青空教室

2013.06.18.Tuesday


* * * * * *



担任の白沢の案により、妖人科三年はやむなく屋上へ行く事になってしまっていた。

そこを目指し、その集団は廊下をひた走る。



「それにしても…さっきから何で怪人科の連中が廊下うろついてんだ?」



集団の前衛を走る壱鬼が、傍にいた狐乃衛へと訊ねた。



「さぁな…この騒ぎに乗じて、何か悪事でも働こうとしてんじゃねぇの?」



まあ親玉は全然検討もつかないけど、と、彼は走りながら言う。

すると狐乃衛の後方を走っていた天信が、何か考える様な表情を浮かべた後、疾走するこの集団から離れようとスピードを緩めた。

それに気付いた竜彦は、不思議そうに尋ねた。



「天信、どうかしたのか?」

「いや…ちょっと気になる事があっからよ、俺は後から屋上に行くぜ」

「?そうか、遅れないように気をつけろよ」

「うるせ、どう行動しようが俺の勝手だろ」

(さっきの素直さは何処へ行ったんだか…)



先ほどの教室での白沢とのやり取りを見ていた竜彦は、溜息を吐きながら集団から離れる彼を見送った。

そうして妖人科三年の集団は、屋上へと邁進した。







集団から離れた天信は、別の妖人科のクラスがある方へと向かう。

そして走りながら周囲を見回すが、廊下や教室の中の窓ガラスは割れていて、何処も荒れ果てた様子だった。

避難した生徒もいるのか、見かける生徒の数は疎らである。

天信は誰かを探すようにして残っている人達を確認していくが、中々見つからないのか次第に不安げながらも眉間に皺が寄ってっている。



(畜生…アイツ何処いやがんだ?電話くれた時はまあ無事だったみてーだけど…)



もしやそこらをうろついている怪人科の連中にでも連れ去られたんじゃないだろうか、と嫌な予感に心が翳りを帯びた時だった。



廊下に立つ、一人の少女の姿が彼の目に飛び込んできた。



「っ…優宇!?」

「あ。天信さん」



廊下で携帯を弄っていた彼女は、声がした方へと顔を上げた。

幸いどこも怪我をした様子もなく、天信は内心胸を撫で下ろした。



「よかった、丁度三年の教室の方へ行こうかと思ってたんですよ」

「そっ…そうかよ…けど、今教室には白沢しかいねーぞ」

「え?…一体何があったんですか?」



そうして天信は優宇に、今までのいきさつを話した。

それを聞いた彼女は、関心と呆れが半々といった様子で話す。



「そうでしたか…それにしても、白沢先生も無茶な事を言いますね…」

「今に始まった訳じゃねぇし、問題ねぇよ」



壱鬼達で振り回されたりするのに慣れてしまっている天信は、別段落ち込む様子もなくしれっと述べた。

ふと優宇は、彼の額の怪我に目線を遣った。



「そういえば、その怪我…大丈夫ですか?」

「!?べ、別に心配される程じゃねーし!つーかもう血は止まってっから平気だ!!」

「そうですか?」

「そうだ!!」

「はぁ……でも、大きな怪我じゃなくて良かったです、安心しました」

「…っ!」



安堵した様に微笑んで話す彼女の姿を見て、天信は頬ならず耳まで赤くした。

しかし優宇はその様子に気付かない様子で、はっと思い出した様に話を続けた。



「そうだ、まりもが保健室にいるみたいなんです!それに怪我をした人達も多いみたいですし、私も援助に向かうので、この辺で失礼させていただきますね」

「……」



じゃあ、と踵を返して保健室の方へと向かおうとする優宇。

しかし今現在、廊下や至る所で怪人科の連中はうろついているし、雷もまだ止む気配もない。

そう思った天信は、「待て」と言い彼女の歩みを止めさせた。



「…俺も行く」

「え?でも三年は屋上に集まらなければならないのでは…?」

「…そ、その保健室の様子をちょっと覗いてくるだけだ!別に付き添いとかそんなんじゃねーからな!」



そう言って優宇の横を足早に通り過ぎる。

彼女は少し呆気にとられた様子で天信を眺めていたが、すぐに彼の後を追った。



歩く天信の歩幅は、心なしか小柄な彼女のそれに合わせていた様子だった。















――所変わって、屋上。



そこでは全く予想外の光景が広がっていた。

次々と溢れ出る怪人科の連中と、それと乱闘する無頼科の生徒達。

特にSAYTSUIの、怪人達をボール代わりにホームランを打つ姿が一際目立っている。



「すげーっ。何か祭りみてーだな」

「そんな事言ってる場合か、壱鬼」



目の前の光景に目を輝かせる壱鬼に、竜彦が呆れ気味に言う。

しかし無頼科の働きも凄まじく、怪人達がこちらに来るよりも先に蹴散らしてしまう。



「まだ加勢は必要なさそうだな…ん?あれは…」



状況を眺めながら呟く狐乃衛だが、彼は何かを見つけた様子でそれを注視する。

そしてそれを確認した途端、声を荒げた。



「だーっ!又吉ぃ!!」

「…ん?」



本日授業をサボっていたはずの又吉が、無頼科の生徒達に紛れて加勢していたのであった。

狐乃衛が大きく手招きすると、乱戦をかいくぐって素直に彼の方へと来る。



「どうしタ?」

「どうしたじゃねーよ!お前授業サボったろ!」

「…色々あっテ、こうなッタ」

「色々って…はぁ、まあいい。これから此処の中心部で授業すっから、お前も今から出とけよ」

「えーっ…」

「えーじゃない。受けないと、先生が夏休み返上で勉強するってよ」

「むー…わかッタ。でも、教科書とかナイ」

「じゃあ俺の見してやっから…それとルーズリーフとシャープペンもほら、これ使え」



不満げな表情を浮かべる又吉に、狐乃衛が胸のポケットにあったシャープペンを差し出そうとした時だった。



「先輩…浮気、ですか…?」

「どぅおォォォッ!?!?」



突然背後から聞こえた恨めしげな声に、狐乃衛は思わず叫びながら飛びずさり身構えた。

そこにいたのは、マフラーがトレードマークな無頼科生徒の一人、すばるだった。

彼女の手には勿論ナイフが握られている。



「…浮気「浮気じゃねぇって、ただ教科書見せてやるだけだって!とりあえずナイフ収めようかすばるちゃん!!」



冷や汗を流しながら弁明をする狐乃衛だが、それを見ていた竜彦が一言。



「…教科書を見せてから仲良くなるパターンって多いよな」

「ほらやっぱり浮気じゃないですかぁぁぁ!!!!先輩の裏切り者ぉぉぉ!!!!」

「だから違ぇっての!!つーか竜彦余計な事言うんじゃねぇこの野郎ッ!!!!」



益々ヒートアップするその様子を、又吉だけは何処か楽しそうに眺めていた。

するとそこへ、一人の声が飛び込んできた。



「狐乃衛、無事だったか!?」

「って、狼…?お前もサボりだったの?」

「…浮「だからそれはもういいってば!」



ぼそりと呟こうとしたすばるの声を、狐乃衛は無理矢理遮った。

狐乃衛の元まで来た狼は、彼の無事な様子を見た後に少しだけ、緊迫していた表情を緩ませた。



「私は生徒会で呼ばれていたんだ。それにしても…先生も随分と無茶な事をするものだ」

「らよふぁ、ひははふぁっへあふぉらふぉふぁ」

「…壱鬼が言うには、“だよな、白沢って阿呆だよな”…だそうだ」

「竜彦通訳乙。そして壱鬼、何で弁当なんか食ってんだよ!?」

「あふぉほにあっふぁ」



もごもごと言いながら壱鬼が箸で示した先には、確かに何故か弁当が屋上の端の方で山積みにされていた。



(…この騒動ってもしやドッキリ?)



何でもありな状況に、狐乃衛が次第に現実逃避めいた方向へと考え始めていた時、不意に狼から「あ」と声がした。



「ん、どーした狼?」

「いや…急いでて、教科書を忘れてしまった…」

「んー…じゃあ又吉と一緒に三人で見るか」

「先輩、二股じゃ飽き足らずに三股ですか!?!?」

「だから違うっての!あーもういい、すばるも一緒に教科書みしてやる!ほら、このペンもあげるから!」



狐乃衛が差し出したのは赤ペンだったが、それでもすばるの黒々とした目は確かに輝いた。



「い、いいんですか!?貰っても!」

「ああ、やる!だから時に落ち着け!」

「先輩から貰ったペン…えへへ、大事にします!」



そうして狐乃衛は四人で教科書を見るはめとなった訳だが、それに気付いた時ぼそりと一言呟いた。





「…どうしてこうなった」



狐乃衛が少ししょげているところへ、弁当を食べ終えた壱鬼がすばるに何気なく声をかける。



「おいすばる、何なら俺の教科書見してや「黙れしね悪人面野郎」

「えっ」

「えっ」



「ちょ…何だこの落差…!?」

「それがヤンデレというものだ、壱鬼…」



唖然とする壱鬼だが、竜彦が慰めるように彼の肩を叩いていた。



「くそ…こうなったら俺も無頼科の奴らに混じって乱闘を…っぐぉ!?」



壱鬼が憂さ晴らしに乱闘に紛れこもうとした時、突然彼の背後から何かがぶつかってきた。

それはしっかりと彼を掴み、腹部をぎゅうぎゅうと締め上げてくる。



「なっ…ま、瞬輝か!?」

「先輩の匂いがしたので、追ってきました…」

「ちょっおま、離せ!今食ったのが出るぅぅ…!」

「あぁ、良い匂い…」



少しばかり赤い液体を口角から垂らしながら、恍惚とした表情で壱鬼に抱きつき匂いをかぐ。

どうやら現在の彼女には、彼の声も耳に届いていないらしい。





そうして友人らが女の子達に翻弄をされている様を、竜彦は呆れ気味に眺めていた。

そして目線を無頼科の方に向ける。

乱闘する中には、彼が密かに想いを寄せるTACHIの姿もあった。

今は戦闘に集中していて、こちらの様子には気付いていない様子だった。

奮戦する彼らをざっと眺めた後、上空へと視点を変える。



青空の中に小さく浮かんで見える、三台の装置と人影の姿。



「誰も近付けないのか。……確か、こういう時…」





“ヒーローというものは、遅れてやってくる”というの通常だったな。



小さい頃、家で娯楽は禁止されテレビなど見させてくれなかったが、一度だけ機会があって戦隊物の番組を観た。

その時の“最後にヒーローが登場して、敵を倒す”といった演出に甚く感動したのは、今でも微かに覚えている。



―果たして、そんな事などあるものなのだろうか。



今となってはその感動も薄れてしまっているが、心のどこかでは期待をしている自分がいた。



また何処かで、雷が一つ落ちる音がした。



*END*



* * * * * *

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