「雷鳴る中〜」の続き

2013.06.18.Tuesday


* * * * * *



窓の外で稲妻が降り注ぐ中、妖人科三年の教室では授業が続行していた。

他の科の生徒が避難をしたり、乱闘をしていたりする中、この教室だけは平常を保とうとしている。

というのも実は建前で、それは担任の独断によるものであった。



「…じゃあ次のページ開けー。で、まずは解説から目を通せ」



今一覇気のない声で話すのは、三年担任の白沢だった。

しかしそんな彼の声を掻き消すくらいの落雷が、とうとう妖人科三年のこの教室にも降り注いだ。



閃光、爆音と同時に割れるガラス。



窓際に座っていた生徒達の間から、驚いた悲鳴が上がった。

そんな光景を見ていた壱鬼が、ついにしびれを切らした様子で先生に抗議する。



「だぁぁー!マジで逃げた方が良いって白沢!!」

「ちょっと窓ガラスが割れただけだろ。問題ない」

「問題あり過ぎだろが!いい加減目ぇ覚ませこの野郎ォォォ!!!」

「ちょ…俺、額に破片刺さったんだけど」



壱鬼が声を荒げる中、窓際に座っていた生徒の一人である天信が、ぼそりと呟いた。

ひたひたと血を滴らせる天信だが、近くの席の竜彦がそれを見かねて彼に提案をする。



「…せめて絆創膏くらいは貰ってきた方が良くないか?」

「チッ…余計な世話だ。けど確かに、これじゃ服汚すな…」



天信は面倒くさそうに、「先生」と言って教師に一旦授業を抜けても良いかを訊ねる。



「保健室行って絆創膏貰ってきて良いっすか」

「それくらいの怪我ならじき塞がる。俺の唾つけといてやるからこっち来い」

「マジいらねぇし!!つーか何でテメェの唾なんだよ!?本気いらねぇ!!」

「こっちは授業急いでんだ、こんな時にツンデレ発動してんじゃねぇよ天信」

「発動してねーし!!今ばっかりは俺本心で話してるぜ!?天邪鬼だけど珍しく素直な俺だぜ!?」

(珍しく天信が本気で本音を語っている…)



傍らの竜彦が、冷や汗を流しながら言い訳する天信を物珍しそうに、その様子眺めていた。



結局、天信の怪我はハンカチでその箇所を押さえておく、といった無難な処置で落ち着いた。

しかし一度ざわついた教室は、中々元に戻りそうにない。

白沢が「どうやって授業を戻すかな」と頭の中で色々思考を巡らしていた時だった。



開け放たれていた教室のドアから、一つの目玉がふわりと舞い込んできた。



それに気付いた一部の生徒と白沢は、その物体に注視する。

すると、目玉に何か結ばれているのに気付いた白沢が、それに手を伸ばして添付してあったものだけを取った。

役割を果たした目玉は、また廊下へふわふわと飛んでいってしまった。



(あれは確か、召喚従属の生徒のやつか…)



膨大な生徒がいる学校だが、大方の顔や特徴を記憶している彼は、おぼろげながらもその生徒の使役する目玉であろう事を推測していた。

そしてその紙を開いて目を通す。

先生の行動に着目していた生徒達は、今や全員その紙に何が書かれているのかを気にした様子で、彼を見守っていた。



白沢はその紙に目を見つめながら、そこに書かれてあったことを読み上げる。



「えー、と…“雷は規則的に落ちる・屋上の中心は無傷・放射状に落ちてくる”…だとさ」

「それってつまり、屋上の中心部は安全って事じゃないっすか?」



真っ先に質問した狐乃衛に、白沢は「そうだろうな」と一言返事をした。

そして小さく息を吐いた後、何か決心した様子で凛とした顔を上げる。



「よし、決めた。皆、屋上の中心部に行くぞ」



その態度と言葉に、生徒皆はやっと避難する気になったか、と安堵したざわめきが起きる。

しかし、彼の言葉には続きがあった―







「教科書と筆記用具持って、皆で青空教室だ」

「「「そこまでして授業続行したいのかよ!?!?」」」



またしても、生徒全員の声と気持ちが一致した瞬間であった。

しかしその教師は、面倒くさそうに理由を述べる。



「だってよ、おめーらも夏休み入ってもまだ此処には来たくないだろ?しかも今年は猛暑でクソ暑いときたもんだ。そんなの俺だって勘弁だ」

「だからって今この非常時に無理矢理続行しなくても良いだろーが!暑さで脳ミソ蒸発したか白沢ァァァ!?!?」



壱鬼の言い分にカチンときたのか、白沢は死んだ魚の様な目から一転して、鋭い眼差しへと切り替わった。

生徒達を軽く睨みつけながら、懐からタバコを取り出す。



「…ああ、続行だ。これくらいの騒ぎで、俺の授業を潰されてたまるかよ…!」

「格好つけて言った所で、この選択は教師として間違ってるからな!?」



今や 生徒の安全<<(越えられない壁)<<授業 の重要度になってしまっている白沢に、狐乃衛が堪らず突っ込みを入れる。

しかしその教師は、慣れた手つきでタバコを一本取り出してライターに火を灯しながら言った。



「俺は今から一服する、それまでの間に全員屋上へ行け。もし間に合わなかったり、授業放棄した奴は…

夏休みを全部返上して、俺と仲良く夏期講習だ」



その言葉を聞いた瞬間、生徒全員の表情が凍りついた。



「ちょっ…マジかよ!?」

「夏休み全部って…お、お盆は!?」

「俺の実家に強制連行で、そこで勉強だ。墓参りも俺んちの所で済まさせてやる」

「何で先生ん所の先祖に墓参り行かなきゃならないんスか!!」

「先生の先祖なんか全然知らんし!っつーかどーでも良い!!」

「俺んちは代々、男が妖怪の白澤だった」

「どーでもいい情報提供乙!!」

「まさに誰得!!」



またしても生徒全員からのブーイングが飛び交う。

外の雷も共鳴するかの様に、大きな音を轟かせていた。

前回はこめかみを押さえていた竜彦も、今や頭を抱えていた。

天信に至っては、(コイツら全員阿呆だ)と呆れてさえいた。



しかしそのクラスの担任は、文句が絶えない中でもめげずに言葉を発する。



「よし、じゃあ俺は一服させてもらう。全員屋上に急いどけよ?」



言いながら、咥えたタバコの先端に火を灯した。



―こいつ、マジだ。



それを悟った生徒全員は、タバコが煙を少し燻らせ始めたと同時に、教科書と筆記用具を手に教室を飛び出していた。



「うおぉぉ夏休み返上してたまるかァァ!!!!」



壱鬼の声を筆頭に、妖人科三年の生徒達は屋上を目指して廊下を駆けて行った。





一気にがらんとした教室に白沢は一人、教卓に腰を掛けてタバコをふかす。



「…雷、ねぇ」



どこか遠い目をしながら、暢気にふうっと煙を吐き出す。

外ではまた、次の雷が落ちる気配を漂わせていた。



*END*



* * * * * *

妖人科三年は移動して、屋上で青空教室をするみたいです

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