七夕と三人の願い事
2013.06.18.Tuesday
* * * * * *
暑い、と愚痴りながら廊下を歩くのは、眉間に皺を寄せ不満げな顔をした壱鬼だった。
額には汗が滲み、初夏の訪れを物語っている。
放課後に自販機で飲み物を買った彼が教室へ戻ると、狐乃衛が何やら机に向かって熱心に何かを書いている。
壱鬼はそれを訝しげな表情で眺めながら近付くと、隣の席へと腰をかけた。
「狐乃衛…お前、それ何書いてんだ?」
缶のプルタブを開けながら狐乃衛に訊ねると、彼は「ああ」と今気が付いた様子で顔を上げた。
「今日は七夕だろ?校庭に笹が飾ってあるから、俺もついでに願掛けしとこーと思ってさ」
「ああ、そういえば今日は七月七日だったな」
「何ならお前も書くか?」
誰かから貰ったのだろうか、色とりどりの短冊が机の端に置いてあるのを狐乃衛が示す。
「お前そんなに願掛けするともりかよ」と壱鬼はジュースを飲みながら考えたが、おもむろにその一枚に手を伸ばすと、口角を吊り上げて言う。
「っしゃあ!それじゃ俺の願いでも叶えてもらおうじゃねぇか!おい狐乃衛、ペン貸せ!」
「書く物は持参となっておりまーす」
「はあ!?てめっ、ケチくせーこと言ってんじゃねぇよ!いいから貸せこの!」
「あ!ちょっ、ピンクのペンはハートマーク描くのに使うから止めろって!」
「お前何短冊デコろうとしてんだよ!?」
そんな些細なやりとりがありながらも、二人はそれぞれの願い事を短冊に書き始めた。
そうして各々願い事を書いていると、先に書き終えた狐乃衛が、壱鬼の短冊を覗き込もうとする。
それに気付いた人物は、少し怪訝そうな顔を彼に向けた。
「…ンだよ」
「いや、お前の願い事って何だろなーと思って」
「なんだ、そんな事気になってんのか?俺のはこれだっ!」
意気揚々と狐乃衛の前に短冊を突きつける壱鬼。
そこに書かれていたのは―
“大食いチャレンジの店を100戦連勝する!!!!”
「…お前、これ願い事じゃなくて抱負じゃん」
「うるせーな、それも立派な願い事だろーが。そういうてめぇは何書いたんだよ?」
「あっ、勝手に見んなって!」
壱鬼は、机に置かれていた狐乃衛の短冊をひょいと取り上げる。
淵や隅になにやら色々デコレーションがしてあるそれには―
“女の子にモテますよーに☆
イケメン度が上がりますよーに☆
新しいバイクが懸賞で当たりますよーに☆
彼女ができますよーに☆★☆”
「うっぜぇ!!クソうぜぇ何この短冊!!!!燃やしちまって良いか!?」
「なんだよ、俺の願い事勝手に見といて何ケチつけてんだよー!?」
「つーか、なんで一々星マークつけてんだよ!しかも一枚にびっしり書きすぎだろーが!本気うぜぇ!」
「星マークある方が可愛いだろーが!つーかてめぇ、うぜぇ連呼し過ぎなんだよコラ!」
「本当のこと言ってるだけだろーがクラァ!」
「あぁ!?やんのか!?」
「上等だ、かかってこいや!!」
そうして暑苦しい教室の中、更に暑苦しい喧嘩が勃発しかけた所で、一人の声が飛び込んできた。
「二人とも、一体何をしておるのじゃ…」
「おー、由烏!今からこのウザ狐の短冊燃やそうとしてた所だ!」
「させるかよ!由烏、この馬鹿鬼の短冊びりびりに引きちぎってやれ!」
取っ組み合いの喧嘩になりかけていた二人を見、由烏は盛大な溜息を吐いた。
「お主らは相変わらずじゃのー…それよりも、さっさと短冊吊るしに行かなくてよいのか?何でも、上の方に吊るすと願いが叶いやすいとかという噂じゃぞ?」
「何!?マジでか、だったらこんな所でこいつと喧嘩してる場合じゃねぇ!」
「それなら身軽な俺の方が優勢だな!残念だったな壱鬼!」
「まあ、わらわは羽があるから高さなど関係ないがのう」
「「なっ、せけーぞ由烏!!」」
「じゃ、先に失礼するぞ」
そう言うや否や、彼女は翼をばさりと広げて廊下の窓から校庭へと羽ばたいて行った。
「くそ、俺らも負けてらんねーぞ…いくぞ狐乃衛!」
「おう!!」
由烏に遅れをとるまいと、二人は廊下に飛び出した。
丁度その時、応援団の練習を終えた竜彦が教室の方へと戻ってきたところであった。
それに気付いた狐乃衛が、走りながら声をかける。
「お、竜彦お疲れー!お前も願い事があれば短冊に書けよ!机にあるからさ!」
「ああ、気が向いたらな」
「竜彦お疲れさん!後でお前の短冊も見るからな!うぜぇこと書いてあったら燃やーす!!」
「は…?」
壱鬼の言葉に疑問を感じつつも、恐らく狐乃衛関連で何かがあったのだろうとは推測が出来た。
そうして壱鬼と狐乃衛を見送った後、竜彦は一人教室へ入る。
そして狐乃衛の席に近付き、机にあった短冊に手を伸ばす。
(そうか、今日は七夕か…)
大人になるにつれ、季節のイベント事にあまり関心が無くなってきていた彼は、内心懐かしさを感じていた。
七夕の日に、短冊に願い事を書くという事も、ここ最近した記憶がない。
少しだけ童心に返った様な心地で短冊とペンを手にとり、何を書こうかと頭を悩ませる。
そうして竜彦が書いたのは―
“皆で卒業できますように”
他にも色々願い事はあったが、最初に頭に浮かんだのはそれだった。
誰一人欠ける事なく、皆で笑って最後まで学生生活を楽しめる、それが一番の願いだ。
竜彦はペンを置き、ふうっと小さく息を吐く。
そんな彼の口元には、微かな笑みをたたえていた。
そうして彼もまた、教室を後にした。
*END*
* * * * * *
上の方に吊るせばいいとか、思いっきり捏造話です(貴様)
20:31|comment(0)