紳士の決意

2013.06.23.Sunday




* * * * * * * *



飛行機を乗り継ぎ到着した、その生まれ故郷の土を踏みしめたのは何十年ぶりだろうか。



随分と様変わりした町並みを抜け、私は町外れにある墓地を訪れていた。

とある人の墓の前に立ち、懐から指輪を取り出す。



「…カティア、キミへの未練も漸く断ち切れそうだ」



私は指輪を見つめながら、嘗て愛したその女性との記憶を追懐していた―










‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐




私は、昔から由緒のある一貴族の家柄の、長男として生まれた。

屈指の財閥である我が家が有名なおかげで、私が青年となる頃には数多の女性が私の気を惹こうとアプローチしてきた。

私は自身の容姿、そして将来的には家督を継ぐであろう安泰性があるという恵まれた身である事を理解し、それを良いことに様々な女性との恋を楽しんだ。


一人の女性を巡って奪い奪われたり、一夜限りの恋もあれば、禁断の恋、決して叶わぬ身分差の恋など、ありとあらゆる恋を楽しんだ。



しかしいずれの恋も、私の順風満帆とした味気ない人生を彩る、ほんの些細なスパイスにしか過ぎなかった。

私にとって恋愛とは、所謂“遊び”にしか過ぎないものだったのだ。

だが、そんな私の前にある一人の女性が現れた。









ある時、貴族の一人が催したパーティによばれ、私と父上は足を運んだ。

皆きらびやかな衣服に身を包み、眩いばかりの宝石をあしらった装飾品を身に付けている。

父上は主催者と何やら話し込んでおり、私は一人シャンパングラスを片手に「今日はどの女性の相手を務めようか」などと思い耽りながら、品定めをしていた。

するといつの間にか一人の女性が私の傍に来ており、ひそひそと私に向かって小声で話し掛けてきた。


「ねぇ貴方、私と一緒にこの会場を抜け出さない?」

「…何?」


そんな事を話す女性は今まで遭遇したことがない。

些か呆気にとられた私はその女性を一瞥した、と同時に目を見張った。


彼女もまた鮮やかな衣装と装飾品を身に付けていたが、黒いドレスという些か際立った出で立ちだった。

しかし決して下品ではなく、その衣装は蠱惑的な彼女の魅力と白い肌を引き立たせていた。

赤い口紅を注した、形の良い唇はにっと弧を描く。



「本当は貴方も、こんなパーティ詰まらないのでしょう?」

「…不躾に、いきなり何を言うのだねキミは」

「だって、顔にかいてあるもの。つまらないー、って」



彼女の言う言葉は、半分ハズレで半分当たりだった。

こうして様々な女性と出会えることは楽しみでもあったし、恋の駆け引きというものは実に楽しいものであった。

しかしそれと同時に、心の何処かでつまらなく思っている自分もいた。

本当は「着飾らない、ありのままの自分を受け止めてくれる場所が欲しい、そしてそれを受け止めてくれる人と出逢いたい」という意識があったのだろう。

そしてそれを見破った彼女に、この時から既に惹かれていたのかもしれない。



「…分かった、ではキミをエスコートしよう」

「やった、決まりね!それじゃあ私、セーヌ川をボートで下りたいわ!」

「何!?」



思いがけない突然過ぎる彼女の発言に、ぎょっとした。

しかし彼女は構わず私の手をとると、先導するように引っ張って歩き出した。

二人で華やかな会場を抜け出し、夜の静寂な道をつかつかと歩く中で、私は戸惑いながら話しをする。



「待ちたまえキミ、今から急にそんな…」

「“キミ”じゃなくてカティアよ。カティア・フレイ。ところで貴方、お名前は?」

「…ルノー・アランだ」

「ルノー・アラン…て、あのアラン家のご長男?」

「ああ、そうだが」



今まで無邪気に話しながらつかつかと歩いていた彼女が、突然足を止めて唖然とした顔でこちらを振り返った。

私の顔をじっと見つめたかと思うと、次の瞬間にはこう叫んだ。



「…やだ、私アラン家の次期当主様を攫ってきちゃったわ!どうしましょう!」



私が誰なのかも知らずに、こうして行動を共にさせようとしていたのか。

今までの態度とは裏腹に慌てふためく彼女を見て、思わず笑ってしまった。



「ご、ごめんなさい!まさかアラン家のご嫡男様とは思わなくって…!」

「いや、構わないよ。それよりカティア、と言ったね」

「え、ええ…」

「生憎ボートは無いのだが、船でなら下れるが…それでは嫌かね?」

「!いいえ、是非乗ってみたいわ!」

「ふ、それでは決まりだね。私の船がある所まで案内するよ」



そう言いながらカティアの手を取ると、彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、ぱっと明るい笑顔を見せた。






− − − − − − − −



それから彼女と共にした日々は、それは輝かしい時間だった。

好奇心旺盛な彼女は楽しそうなことがあれば興味を示し、私の手を取ってそこに向かう。

また自身を美しく着飾ることも好きらしく、度々私に高価過ぎて手を出せない衣服やドレス、装飾品をねだることもあったが、彼女が美しくなることは私も嬉しいことであった。

彼女が満足そうに笑ったり、満面の笑みを見せてくれることがいつしか私の幸せとなっていた。



―私は愛らしく我が侭で自由奔放な彼女、カティア・フレイを心から愛してしまっていた。









そうして月日は過ぎて、何度目かの彼女の誕生日の日が訪れた。

私は薔薇の花束と婚約指輪を持って、彼女の家へと向かっていた。



今日、正式に彼女に結婚を申し込もう。私が心から愛した人と人生を共に出来るならば、どれだけ幸せだろうか。

そんな期待を胸に、指輪の入ったケースをポケットにしまい込んだ。

そして彼女の家のベルを押し、愛しい人物が私を出迎える。



「いらっしゃいルノー、待ちわびたわ!」

「誕生日おめでとう、カティア」



頬に軽くキスをし、彼女に花束を渡す。

すると彼女は顔を綻ばせながら、それを受け取った。



「まあ、ありがとう!綺麗な薔薇ね。…勿論、他にもプレゼントがあるんでしょ?」

「ああ、当然さ。きっと驚くよ」

「ふふ、楽しみにしてるわ」



談笑を交わしつつ、彼女と共に家の中へと入っていった。

そうして食事をしながら、ポケットにある指輪をいつ取り出そうかとタイミングを見計らっていた。



一通り食事も終え幾許か時間も過ぎた頃、話に区切りがついた頃に私は意を決して指輪の入ったケースを取り出した。



「カティア、これが誕生日プレゼントだ」

「…これって…」

「私と一緒になって欲しい。…受け取ってくれるかね?」



ケースを開けて、彼女に差し出す。

しかし彼女の瞳は喜びの色はなく、むしろ戸惑いの色が見えた。

そうしてカティアの口から出た言葉は、私の予想とは異なるものだった。



「…ごめんなさい、ルノー。受け取れないわ」

「!な……何故、だね…?」

「貴方には私なんかよりも、もっと相応しい人がいると思うの。だから受け取れない」

「そんな事はない!私にはキミしかいないのだ、そして私はキミを幸せにしてあげたいのだよ!!」

「………」



カティアは溜息を吐き、椅子から立ち上がった。

そしてくるりと背を見せて歩き出し、壁際のチェストの引き出しを開けた。



「カティア…キミはとても美しく愛嬌がある。キミこそが私に相応しい女性なのだ…」

「そんな事…」



― 十分解かってるわよ。



そう言って振り返った瞬間、彼女の手には拳銃が握られていた。

そしてそれを、躊躇なく発砲した。



「ぐっ…!?」



銃弾は私の大腿を掠めた。

しかし私はその行動の意味が分からず、ただ冷たい彼女の眼差しを受けながら固まっていた。



「……か、カティア?い…一体何、を…」

「ハァ…貴方も鈍い男ね、私は結婚が嫌だって言ってるの。これだけはっきり言えば分かるかしら?」

「っ、何故だ!?何故婚姻を拒む!?」



そう感情的に怒鳴ると、彼女はくすりと笑みを洩らしながら話す。



「一人に縛られたくないのよね、私。沢山の男性から沢山愛されて、色々なものを貰いたいの。今まで貴方以外にも、結婚を申し込んでくる男は沢山いたわ」

「…なんだと」

「そうなると男って途端にウザったくなるのよね。で、余りにもしつこくて相手にするのが面倒だから…」



つい殺しちゃったわ、とカティアは悪びれた様子もなく、そう簡単に口にした。

長い時間を共にしてきた彼女の本質が分かり、私はただ呆然とするしかなかった。



私は今までこんな女性に振り回されていたのか。こんな女に貢いでいたのか。こんな屑を愛していたのか。



そう思うと今までの愛しさは一切簡単に消え失せて、ただただ憎しみしか湧かなかった。

いつも持ち歩いていた護身用のナイフを取り出し、私は彼女に向かって斬り付けようと振り被る。

しかし相手は拳銃である。ナイフが届く範囲に入る前に、その持っている腕を拳銃で撃たれた。

ナイフを落とし、足も怪我していた私はバランスを崩して地面へと倒れこむ。



「つっ…!!」

「知ってるわよ、貴方は護身用にナイフしか持ち歩かないってこと。…それにしても男って、本当に馬鹿。女が皆自分の思い通りになると思って、簡単に付け上がって。所詮、女は愛玩動物程度にしか思ってないんでしょう?」

「………」



言いながら、カティアは私が持っていたナイフを拾い上げる。

そして―

睨み上げる私の右目に、素早くそれを突き立てた。



「!うあぁぁっ…!!」

「何でそんな目で私を見るの?…気に食わないわ、もう片方の目も潰してあげる」



そうしてナイフを引き抜こうと、再度私に近付き身を屈めた瞬間。

私は最近新調した“奥の手”を懐から取り出した。

そしてそれを素早く構えて彼女の胸に狙いを定めると、迷わず引き金をひいた。



鳴り響く銃声、上がる血飛沫。立ち込める火薬の匂い。



「…ぁ、え…?」



心臓を撃たれた彼女は、目を見開き胸に手を当てる。

そうしてその箇所を抑えたまま、どさりと斃れ込んで動かなくなった。

ひたひたと赤い液体が、彼女の身体から染み出してきている。



「…奥の手とは、誰にも見せないものだのだよ」



気力を振り絞り立ち上がりながら、私はただそれだけ呟いた。

床に斃れている彼女の亡骸を暫し、空虚な心地でじっと見下ろしていた。







− − − − − − − − −





その後、私は家も家督も一切を投げ出して国を出た。

カティアについては、家や品から富豪のみを狙った連続殺人犯としての証拠が上がり、殺されたのも逆恨みした者からの報復だろうと予想されたらしい。

そして彼女と交際関係にあった男達は実に10を越え、皆からアリバイを取れなかったり等と犯人の足取りを掴めずにいた。

結局、私が海外を点々としている間に時効となり、彼女の死の真相については闇の中へと消え去った、というのが現状らしい。



しかし、それでも私は故郷へと戻ろうとはしなかった。

家族に些か未練はあるものの、彼女と共にした思い出が蘇る方が辛いというのがあった。

そんな想いを抱えたまま各国を流れるうちに私はいつしか、誰かを愛する事を止めた。

このまま独りで生き、生涯を終えるのも悪くないと思ったのだ。

そしてそう思うと、不思議と心が軽くなった気がした。



やがて、私は日本という小さな島国を訪れた。

其処で偶々清水殿と出会い、回廊という組織の存在を知り、ただ「面白そうだ」という軽い理由でその一味へと仲間入りした。

そうしてまた組織内でも色々あり、現在へと至る―









「…歳も重ね、昔程美男子ではなくなってしまったが…もう一度、誰かを心から愛してみようと思うよ」



そうして、あのとき無意識にあの場から持ち去っていた彼女への結婚指輪を、そっと墓前に置いた。



「Adieu, ma cherie.」



そう言い残すと、彼女の墓の前から背を向け歩き出した。





さよなら、愛した人



* * * * * * * * *



金持ち御曹司が一人の女性に振り回されて転落人生を歩んだけど、また希望を持てたよ!という話でした(ぇ)

すげぇ、この長ったらしい駄文が一行に収まったぞ…!笑



まあ、ジェントルは悪女を好きになっちゃって痛い目みたので、結婚とか恋愛とかもういいや…となった過去話でふ。

しかしなんだこの火サスばりの展開(^p^)

色々突っ込み所はありますが、まあフィクションという事でスルーしてやって下さい…orz



んで、これでジェントルも思いが吹っ切れて心機一転できたと思います。

ウン十年も引き摺るとは未練たらしい男だぜ…(自分で言うなし)




あと、ジェントルの右目はこの件のせいで失ってるので代わりに義眼が入ってます。

傷跡もあるけど眼帯とかだと目立つので、紳士らしく片眼鏡をしているという。変な所にこだわってます笑



とまあ、ジェントルの波乱万丈な半生でしたまる←

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