肝試し完結編
2013.06.23.Sunday
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首の無い女生徒から無我夢中で逃げてきた三人は、廊下で膝に手をつきぜえぜえと肩で息をしていた。
「こっ…ここまでくりゃ、追ってこねぇ、だろ…」
「噂は…本当、だったな…」
「俺ら…マジで、見ちゃったよー…」
呼吸をぜえぜえと荒くし、息も絶え絶えになりながら三人はそれぞれ呟く。
全力で走ってきたからだろうか、或いは恐怖心からきているからなのだろうか。
三人は尋常ではない量の汗を顔や額に滲ませていた。
暫しその場で息を整えた後、最初に話を持ちかけたのは竜彦であった。
「で…どうするんだ?このまま退散するか?」
「そうそう、竜彦の言うとおりにしようって壱鬼!あんな得体の知れないの相手にしない方がいいって!!」
竜彦の意見に必死に同意する狐乃衛だが、壱鬼は難しい表情を浮かべた後、意を決した様子で答える。
「…いや、やっぱり捕まえるぞ!まだ攻撃が効かないと決まった訳でもねぇしな!」
「えぇぇーッ!マジで!?ちょ、壱鬼クンそれ本気で言ってるのかい!?」
「ああ、本気だ!…ただし術とかが効かなかったら、それはまたその時考えるってことで」
「つまり、成行き任せってことか…」
壱鬼の言葉に唖然とする狐乃衛、そして竜彦は呆れた様子で溜息をついていた。
「…それに、あのまま放っておいて他の生徒に被害が出ないとも限らないしな。そうなる前に俺らでどうにかしようぜ」
壱鬼のその言葉に、竜彦と狐乃衛は驚いた様な表情をした後、互いに顔を見合せた。
そしてふうっと息をつくと、苦笑を浮かべながらそれぞれ呟く。
「……ったくー、壱鬼って変な所で正義感出すよなー」
「…まあ、それが壱鬼の良いところでもあるんだろうがな」
よっしゃあやるぞー!と背を向け一人気合いを入れる壱鬼を、竜彦と狐乃衛は苦笑しながら眺めていた。
そうして三人は再び、先ほど出くわした首のない女生徒を探し始めた。
遭遇した場所の廊下へと戻ってみたが、どうやらとうの昔に移動してしまったらしく、痕跡も何も残ってはいなかった。
手がかりもないので、そのまま真っ直ぐ突き進んで行ったところ、間もなく行き当たりのT字路にたどり着いた。
左右どちらも薄暗い廊下が続き、幾つもの窓からは青白い月明かりが射し込んでいる。
「…どうする壱鬼?二手に別れるか?」
「えぇっ!?ちょ、竜彦クンその提案はあんまし…!」
「いや、このまま三人で行動だ。一人になった方が襲われた場合、不利だからな」
「あ、良かった…」
竜彦の提案を断る壱鬼の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす狐乃衛。
そんな彼に、壱鬼は唐突に声を掛ける。
「おい狐乃衛!」
「へっ!?な、何?」
「お前の耳で何か音がしないか探れ!」
「あぁ、はいはい。それじゃあ…」
ぴん、と狐耳をそばだてて眼を閉ざし、ただ音を聞くことだけに集中する狐乃衛。
暫し静寂が三人を包んでいたが、不意に狐乃衛の耳がぴくりと反応した。
「あ…今、何か聞こえたような…」
「なにっ!?どっちの方向だ!?」
「ちょっと静かに………多分、右の方…かな」
彼らがいる廊下の位置から右にあるのは、教室と用具室、そして家庭科室である。
その何処かに例の女生徒がいるのだろうと予測し、三人は恐る恐る足を踏み出した。
「…段々音がはっきりしてきてる。ヤバいよー、近いよー…!」
「狐乃衛、裾を引っ張るな…歩きづらい」
竜彦の後ろから付いて歩く狐乃衛。
しかし先頭を行く壱鬼はそんな二人には構わず、緊張した面持ちで慎重に歩みを進めていた。
「おい狐乃衛、この辺りから聞こえるのか?」
「んー…そだね。今は止んでるけど、恐らくは…」
そこまで言いかけた時、狐乃衛ははっとした様子で何かを見つけた。
「あ…あれ、ドア開いてない…?」
彼が指差したのは、家庭科室の出入口だった。
その教室の扉は2、30センチほど不自然に開かれている。
壱鬼はそちらを見ながら、怪訝そうに話す。
「…本当だ、中途半端な開き具合だな」
「幅からして、人一人が入れるくらいか…」
竜彦が最後にそう呟いた時、三人の会話は途絶えた。
代わりに、各々神妙な面持ちで目配せをする。
―首の無い女生徒は、あの中にいる。
彼らの予測は一致していた。
そしてそれを確認すべく、三人は意を決して家庭科室の出入口へと近付いた。
先頭をゆく壱鬼が、音を立てないようそっとドアを開く。
そして頭だけ覗かせて中を確認する。
しかし教室内はがらんとしており、窓から入る月光が薄暗く照らすばかりであった。
目的の女生徒の姿は見当たらない。
それを確認した壱鬼は、ひそひそと竜彦達と話す。
「…いねーみたいだぞ?」
「もう出ていった後なのかな…?」
「いや、教室奥の曲がり角に家庭科準備室もあるが…一応見てみるか?」
「おう…」
“念には念を”という諺があるように、三人は一応家庭科準備室も確認することにした。
家庭科室に足を踏み入れ、恐る恐る準備室の方へと向かった。
するとそこに近付くにつれ、不審な物音が各々の耳についた。
―ぐちゃ、くちゃ。
獣が何かを貪り喰うような音。
それを聞いた三人は、顔を青ざめさせながら一斉に足を止めた。
そして互いに目配せをする。
“間違いない、何かいる”
言葉を交わさずとも、皆の意見は一致していた。
恐怖心で暫し凍りついたように三人は其処に固まっていたが、ずっとその場に立ち止まっているわけにもいかない。
壱鬼は意を決した顔付きになると、狐乃衛と竜彦の顔を見た。
狐乃衛は青ざめながらぶんぶんと顔を横に振っていたが、竜彦は壱鬼の決意を汲み取ったように小さく頷いた。
一人でも協力者が得られた壱鬼は、とうとう腹をくくったらしい。
掌をぐっと握り締め、家庭科準備室へと飛び込んだ。
「誰だっ!出て来やがれぇぇー!!」
「!!」
叫びながら現れた壱鬼に驚いたのだろうか、開かれた冷蔵庫の扉に何かがゴツンとぶつかる音がした。
するとその衝撃で、扉はキィィー…と静かな音を立てて更に開かれる。
そして冷蔵庫内部の仄明かりに照らされながら現れたのは
―口元を赤い液体塗れにさせた、女の生首だった。
「「「ッ…ぎゃぁぁぁぁぁー!!!!!」」」
「あ゛あ゛ぁぁぁあぁーッ!?!?!?」
三人の絶叫に釣られ、生首もおぞましい叫び声を上げた。
その声を聞き、三人は益々パニックに陥る。
「うわ、ぎゃ、うわあぁぁぁーっ!?!?!?」
「あ゛あぁぁ!!!ひゃぁぁあ がふっ!?!?」
壱鬼は何を思ったのか、火の妖術も使わずに無我夢中で、気付けば握り拳で生首を殴り飛ばしていた。
壁に向かって吹っ飛ぶ生首。
ゴン!と壁にぶつかる音がした直後、そのまま床にごろごろと転がる。
「おい竜彦!今のうちに捕まえろ、縄でがんじがらめにしちまえーっ!!」
「ま…待って待って!待ってくださいぃぃー!!!」
「!?」
生首の突然の言い分に驚きながら、ぴたりと止まる三人。
その言葉を切っ掛けに、各々は一気に冷静さを取り戻したのであった。
− − − − − − − − −
「…で。何でこんなとこいたんだよオメーは」
仏頂面の壱鬼、未だ驚いたままの竜彦、苦笑いする狐乃衛。
様々な顔をする三人の前にいるのは、先程の生首の少女であった。
言葉が話せると分かり、真っ先に冷静さを取り戻した竜彦が介入し、ひとまずはその場を鎮めた。
そうして現在、双方落ち着きいた頃合を見計らって、その生首の少女から話を聞きだしている真っ最中であった。
生首―もとい、少女の名前は美轆(ミロク)といい、最近この学校の妖人科二年に転入してきた、妖怪“轆轤首”の生徒らしい。
そして三人が廊下で見かけた首の無い女生徒の体も、彼女のものだそうだ。
「しっかし、轆轤首って首の部分が伸びるんじゃないんだねー」
「はっ、はい…私は首が外れるタイプの方でして…す、すみません…」
狐乃衛の言葉に何故か謝る美轆。
そんな彼女を見た彼は、やはり苦笑しながらいいよいいよと返事をしていた。
「つーか、家庭科部の作ったデザート勝手に食ってんじゃねぇよオメーは!ジャムが血にしか見えなかったぞコラ!」
「ひぃぃっ!!すみませんすみません!ででででも私、甘いものには目がなくてついっ…!」
彼女が言うには、空腹になりすぎたり意識が朦朧としてくると首が外れやすくなるらしいそうだ。
今日も今日で、空腹状態にあった彼女は廊下に漂う甘い香りにつられてしまい、「胴体から離れない」という意識が緩んだそうだ。
そうして微かな甘い匂いに釣られた頭部は簡単に身体から取れて、嗅覚を頼りにふわふわと舞い家庭科室へ。
一方頭部が消失しコントロールを失った身体は、首を捜してそのまま校内を徘徊するようになった、という経緯である。
するとその話を聞いていた竜彦は、不思議そうに口を開いた。
「しかし…何故こんな時間になるまで残っていたんだ?」
「あ…えと、それはー…その…」
「…言いづらいことか?」
「………」
竜彦の言葉に、無言で頷く美轆。…の、頭部。
それを見た壱鬼はつい声を荒げる。
「何だよ、さっさと言えってのまどろっこしい!!」
「ひいぃっ!」
「落ち着け壱鬼、彼女も何か事情があるのだろう…美轆、と言ったな。無理に聞き出しはしないが、気が向いたら教えてくれないか?相談相手くらいにはなるぞ」
「……はい。あ、ありがとう、ございます…」
竜彦の言葉に益々俯く美轆。前髪で隠れがちになった彼女の眼には、薄ら涙が浮かんでいた。
それに真っ先に気付いた狐乃衛は、KYな壱鬼がこれ以上問い詰めないよう話題を逸らす。
「ま、何はともあれ事件は解決したね!最後に壱鬼クン、ちゃんと美轆ちゃんに謝っておけよー?」
「は!?な、何でっ…」
「だって、女の子殴り飛ばしたじゃん」
「う…け、けどあん時は、その、無我夢中で…」
「おやぁ、この期に及んで言い訳ー?やだー、壱鬼クンてば男らしくなーい」
「くっ、この…!けどまあ、確かに狐乃衛の言うとおりだな…すまんかった、美轆!」
ばっと勢いよく頭を下げる壱鬼に、美轆は焦った表情で慌てふためく。
「い、いえ!その、私こそ色々驚かせてしまったようでっ…!で、ですから頭を上げて下さい壱鬼先輩っ…!!」
「いいよ美轆ちゃん、むしろ唾吐いちゃって!」
「え、えぇっ!?」
「…おい狐乃衛!テメェ美轆に便乗して好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」
「えー?だって俺はいつでも女の子の見方だしー?」
「うっせぇこのエロ狐!」
「お、何?やるつもり?受けて立つよ?」
「お前達…簀巻きにしてトイレに置き去りにしてってやろうか?」
「「すみませんでした」」
二人の口論から始まり、竜彦の脅しで終了する三人の会話を見て、美轆もようやくくすりと笑みを零した。
「ま…これ以上は学校にいても意味ねーし、そろそろ帰っか!」
「だねー。いっそこのまま、白沢のとこ襲撃しちゃう?」
「お、いいなそれ!よし乗った!」
「「イエェェーイ!!」」
先程までの険悪な雰囲気は何処へ、狐乃衛と壱鬼はなにやら意気投合してハイタッチまでしていた。
そんな二人の後方にいた竜彦と美轆だが、彼女は隣の彼に、小さく小声で尋ねる。
「あ、あの、竜彦先輩…あの二人って、いつもあんな感じなんですか…?」
「ああ、まあな…おかげで俺の苦労も尽きないが」
「お、お疲れ様です…」
「いや、もう慣れたさ。…それよりも、美轆の身体は捜さなくていいのか?」
「あぁっ!す、すっかり忘れてました…!」
「はは、だと思った。よしそれじゃ、皆で探しに行こうか」
「重ね重ねすみません…」
「いやなに、気にするな」
そうして竜彦は前を歩く二人に声をかけ、美轆の身体探しをする事にした。
教室の電気を消し、わいわいと賑やかな雰囲気で出てゆく四人。
しかしその四人の後ろ姿を写す室内の全身鏡に、包丁を持ったまま俯く少女の姿が映りこんでいたことには、誰一人気付かなかった。
*END*
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以上、お化けの正体は轆轤首でしたというオチでした。
最後の〆の鏡に映ったのは…皆様方のご想像にお任せします(ちょ)
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