超音波な会話

2013.06.23.Sunday


* * * * * * * *



休み時間、俺はいつもの様にヘッドフォンで音楽を聞く。

再生ボタンを押すと、アコースティックギターの爽やかな音調が流れ始めた。



この学校に転校してきてから、今だ親しい友人は出来ていない。というよりも、作る努力をしていなかった。

何かと話しかけてきてくれる人達は多少はいるものの、そこまで親しい間柄という雰囲気でもないので、またすぐに去って行く。

おかげで今では、休み時間はこうして音楽を聴きながら、教室の窓から外を眺めて過ごすのが日常となっていた。





俺の席は窓際の後方で、幸い外を眺める分には障害となるものがない。

頬杖を付きながらぼんやりと空を眺めていたが、不意にとある人物の様子が気になった。

俺は姿勢はそのままで、目線だけを動かしてその人物の居場所を探る。

サングラスを掛けているので、周囲には俺が何処を見ているのかがバレていない。

それを良いことに、こうして時々教室内の人々を観察していた。



赤く長い髪を揺らし一人の男子生徒と談笑する、手袋をつけた女生徒の姿が視界の端に映りこんだ。

同じクラスの雨宮 灯だ。



実は俺は密かに、彼女に恋心を寄せていた。

切っ掛けは些細なもので、転校してきたばかりのとき、この広い校内で迷っていた俺に優しく声を掛けて案内してくれたのが始まりである。

向こうにしてみれば、困っている人がいれば当然親切に接して手助けするのが当たり前なのだろうが、俺からしてみれば、知り合いがいない中でそうして声を掛けて親切にしてくれることは、何よりも嬉しく心休まる事だった。



そうして密かに彼女に興味を抱き始めたのだが、どうやら彼女には既に想い人がいたらしい。

そして彼女が想いを寄せていた人である空野 行水も同じ気持ちだったらしく、二人は何時しか恋人同士となっていた。

優しい彼女とやや不器用な彼は、傍から見ても似合いのカップルである。

互いが互いを尊重し思い合っているのだろう、という雰囲気はひしひしと伝わってきた。

今でも談笑する二人の表情は、幸せに満ち溢れている。



そんな光景を見て“彼女が幸せそうでよかった”と思うと同時に、自身の心の奥がちくりと痛むのもまた事実であった。

彼女を幸せにするのが、隣に立つのが俺ではなかった。ただそれだけのことである。

頭ではそう理解しているものの、しかし失恋の痛みというものは中々消えてくれないものであった。



未だちくちくと胸を刺す痛みを感じつつ、視線を二人から逸らしてまた窓の外へと向けた。

果たしていつこの痛みは癒えてくれるのだろうかと思いながら、ぼんやりと景色を見つめていた時だった。

校内の森の中から何か黒い物体が、此方に向かって飛んでくるのが見えた。



(何だあれ…)



烏にしては些か小さく、飛び方も少々異なる。

新種生物だとしたら捕まえて、新聞社に売り込みに行こう。そしたらちょっとした有名人になれるだろうか。

そんな現実逃避じみた妄想をしていると、その物体はどうやら俺の方に向かってきている様子だった。

そうして窓ガラスにぶつかるかと思われたとき、それは窓の出っ張った縁に見事着地した。

その縁にへばりついた物体を一目みて、俺は確信した。



こいつ森さんだ、と。



ちなみに森さんというのは、学園敷地内にある森の中で出会った蝙蝠の名前である。

森で会ったから、森さん。何とも単純なネーミングではるが、森さん自身はそれなりに気に入っているようではあった。





森さんとの出会いについては、偶々俺が森の入り口付近を散策していた際に彼を見つけたのが切っ掛けだった。

その時の俺は、ふと思った。

―俺の特殊能力は、超音波を扱うものだ。蝙蝠も超音波を出して飛び回ると聞いたことがある。

それじゃあ俺が音波を飛ばして、蝙蝠と会話することは可能なのだろうか、と―



そうして実験をした所、それは見事に成功した。

俺が言葉を心で唱えながら指先から音波を送ると、木に止まってぶら下がっていた蝙蝠はぴくりと反応して、なんと俺に返事をしてきたのであった。

こうして俺と森さんは、音波を通じて会話するような間柄になった。







俺は音楽を止め、ヘッドフォンを外して人差し指を窓ガラスに押し当てる。

そしていつものように、心で言葉を紡ぎながら蝙蝠の音域の超音波を飛ばす。



“森さん、こんな昼間っから何してんの?”



すると俺の音波が届いたのか森さんは、もぞもぞと動いて俺を見た。と同時に、俺に返事の音波を飛ばしてくる。



“いやなに、ちょっと腹が空いてのう。餌が無いかと探しに出た所じゃ”



森さんはこう、年寄りくさい話し方をする。話を聞けば、どうやら俺よりも年上らしい。

それだけ長生きしてればその内妖怪化するんじゃないの、と言えば、森さんは“それは楽しみじゃのう”と返された。

どうやら向こうは冗談として受け取ったみたいだが、段々と本格的じみてきている気がするのは気のせいであってほしい。



とまあ、この話はおいといて。

俺はまた森さんに言葉を乗せた音波を送る。



“あと一時間授業終わったら昼休みだから、その時にご飯の虫探すの手伝ってあげようか”

“本当か!それは助かるのう、恩にきるぞ音の坊”

“いえいえ”



こうして今日の昼休みは、予定が一つ入った。それだけで俺は楽しみが増えたと感じる。

ああ、虫嫌いじゃなくて良かったなーと改めて思っていると、森さんは俺をまじまじ眺めながら話す。



“…それにしても音の坊。お主、何やら冴えない顔しとるのう”

“え。サングラスしてるのに分かっちゃうの?森さんスゲーッ”

“ワシを舐めるでないぞ、この青二才め!…で、何かあったのか”



俺はちょっと躊躇いつつも、また返事する。



“まあ、ちょっと色々ね。恋愛絡みで”



超音波で会話しているので、周囲の人にこの会話が聞こえなくてよかったと心から思う。

こんな特殊な方法で相談できるのは、森さんくらいなものだ。

すると森さんは“ほう…”と呟いた後、続けて音波を飛ばしてきた。



“失恋か”

“……蝙蝠だけあって、ず ばっと 言うねぇ”

“つまらん”

“へいへい、そうですかー”

“ま、若いうちは色々経験しておいた方がいいぞい。時間が経てばそれもまた良い思い出になるじゃろうて”

“…森さん、渋いねー。ってか何かじじくさい”

“えぇい、黙れ若造が!年寄りの話は有り難く聞いておけい!”

“はーい”



するとその時、丁度チャイムが鳴った。授業開始の方である。

俺は最後に森さんに、また音波を送った。



“もう授業始まるから、また後でねー”

“おう、勉学に励めよ若造”



そうして森さんは、再び羽を広げて森の方へと飛び去って行った。

それを見送った後、俺は黒板の方へと顔を向ける。

未だ先生は現れず、皆席についているものの会話はまだがやがやと続いている教室内。

そのざわめきの中で俺は、ふと思う。



俺がさっきまで蝙蝠と「皆には聞こえない会話をしている」というのは、きっと誰も知らないだろう。

俺と森さんだけの、秘密の会話がこの教室内で行われていたという俺だけが知ってる事実。

そう思うと、何だかちょっとだけ可笑しくて不思議に思えた。





*END*



* * * * * * * *



蝙蝠が友達とかどうなの音哉ェ…

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