眠る死神と紳士
2013.06.21.Friday
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スパイダーによる被害を受けた生徒達は、幸いにも軽傷や大した怪我は負っていなかったらしい。
先程まで人で溢れていた保健室は、今は生徒数人がいるくらいに落ち着いていた。
だが、学園で賑わう喧騒が遠く廊下の向こうから微かに聞こえてくる中、カーテンで仕切られた一ヶ所のベッドだけは重苦しい空気が流れていた。
「あの…この人、助かるんでしょうか…?」
ベッドサイドに立つソレイユは、まだ潤む目眼差しとくぐもった声で、反対に側に立つ栃尾錦護医師に訊ねた。
しかしその老医は、複雑な表情のまま重々しく口を開く。
「むぅ…こんなケースは見た事がないわい。意識は恐らくあるとは思うのぢゃが…」
言いながら、栃尾医師はベッドに横たわる人物の顔をまじまじと見つめる。
寝台に仰向けになっている男―ジェントルは、桜花先生から渡された包帯により傷はすっかり完治していた。
目も開いていて瞬きもするところから、意識はあるのだろうが―
不思議なことに、呼び掛け等には一切答えず、ただ虚ろげな眼で虚空を見つめているばかりであった。
その瞳に生気は無く、輝きも見られない。
そんな、生きた屍の様な人物を目の前に、今まで様々な患者を診てきた老医もただ戸惑うばかりであった。
「この隣のベッドにいるもう一人の男も、未だ意識は戻らぬし…はてさて、どうしたもんかのぅ」
「センセ、そんな悠長な事言ってる場合ですか?」
些か投げやり気味な栃尾医師の発言に、傍らにいた雪女の看護婦は笑顔ながらも雰囲気で威圧する。
「…ど、どうにかするわい。ま、隣の男は放っておいてもじきに意識を取り戻すぢゃろ」
老医が言う隣の男とは、ジェントルと相討ちとなった死神―デスの事なのだが、彼は一つ隣の、カーテンの向こうの寝台に寝かされていた。
しかし、栃尾医師の迅速な対応と処置により幸い一命は取り止めたものの、意識は戻らず未だに眠り続けている。
そんな彼を、栃尾医師の判断としては、血を流し過ぎたことによる貧血と殴打等の怪我の具合からして、戦闘の疲弊により眠っているのだろう、というものだった。
「それよりもこの男ぢゃが…ふーむ、困ったもんぢゃのぅ」
「往復ビンタとかしたら、意外と気がついたりするんじゃね?」
「ちょ、桜花!?そんな事したら私がやり返す!!」
さりげなくぽつりと呟いた桜花の発言に、ぎょっとしたソレイユは慌てて歯向かう。
そうしてこれといった解決策が出ないまま、四人は暫し頭を悩ませていた時だった。
不意に、しゃっとカーテンが開く音がした。
「…やっぱりジェントルの魂、狩られたみたいだね」
「うおっ、誰!?てか魂!?え!?」
「ひとまず落ち着いて桜花」
突如リジェクトが現れ、彼女の覆面や発言に驚き混乱する桜花をソレイユはまた宥める。
しかしリジェクトは構わず、一番近くにいた彼女に一つの瓶を手渡す。
「…?何これ?」
「それが、魂。…旧校舎に保存されてたのを持ってきた」
リジェクトはデスの伝言により、旧校舎から魂を持ってきたのであった。
本当は、今まで狩られた人達へ全て返すつもりだったのだが―
携帯でその魂を狩り取られた人達について訪ねた所、元々不治の病を患っていた人達も中にはいたようで、それが原因で亡くなった者もいたらしかった。
その亡くなった人の、やり場のない魂を果たしてどうするべきかと思いながら、こうして持ってきたのである。
「横たわっているそこの男に飲ませれば、もとに戻るから。…どうか、使ってやって欲しい」
「へー、これが魂かー…って、飲ませるってどうやって?」
今横たわってる彼に飲ませても、明らかに飲み込んでくれそうにもないよ、と訊ねようとしたが、その回答は割って入った声によって解決された。
「それは決まってるじゃなぁい、勿論 口・移・し よんv」
「げ、桃子先生…!?」
リジェクトの隣からひょっこりと顔を覗かせた保健室の桃色女医に、桜花はぎょっとする。
一方で、彼女の登場に素早く反応しようとした栃尾医師だったが、傍らにいた雪女の看護婦により指一本も動かせぬ程の氷づけにされていた。
そんな中でソレイユは、今し方桃子が放った言葉に、戸惑った様子で訪ねる。
「あ、あの…口移しって…」
「そのままの意味よん?だってぇん、そのまま口に流し込んでも横から垂れちゃうじゃなぁいv」
「確かにそうですけど…けど、それで本当に…」
「大丈夫よぉん、私とリジェクトちゃんみたいに熱〜い口移しすればちゃんと治るわよん?」
桃子のその発言に、隣にいたリジェクトはきっと彼女を睨み付けた。
骸骨の覆面の下からただならぬ殺気を放つ彼女に、桃子はくねっと身体を捩じらせながら困り顔を浮かべて言う。
「やぁん、そんなに怒らないで頂戴v」
「…次言ったら、お前の存在を拒絶してやる」
「けど、事実でしょぉん?」
「………」
骸骨の覆面の下から、小さく舌打ちが聞こえたのは気のせいだろうか。
しかしリジェクトはそれ以上何も言わず、そのままこの空間から出ていこうとする。
「あらぁん、もう行っちゃうの?」
「違う、隣のデスの様子を見にいくだけだ。ジェントルはそっちに任せる」
それだけ言うと、リジェクトはさっさとその場を後にしてしまった。
それを見届けた桃子は、ジェントルの周囲にいた四人に向かってにっこりと微笑んで言う。
「栃尾先生もいることだし、その人は任せるわぁんvそれじゃぁごゆっくり〜v」
「……あ、そうだウチも妄想科の様子見てこなきゃ!はい、これ魂!それじゃ後は任せたっ!!」
「あ、ちょ、桜花ーッ!?」
桃子がその場を去り、桜花はソレイユに“魂”という名の虹色の液体が入った瓶を手渡すと、慌てた様子でばたばたと忙しなく保健室を出て行った。
後に残されたソレイユは、唖然とした様子で閉まりきっていないカーテンの方を見つめていた。
そして手に持っている瓶をちらりと見て、途端に冷や汗を流し始める。
―桃子先生は、この人を任せると言った。
つまり、口移しで飲ませる人物がいるのは雪女の看護婦、栃尾医師、そして私の三人だけだ。
するとその事実を悟ったのか、氷づけにされつつも話を聞いていた栃尾医師は、解凍されると同時にそそくさとその場を離れようとする。
「どーれ、ワシも怪我をした可愛えぇ娘さんを探しに…」
「センセ、この後に及んで逃げるつもりですか?」
背中を見せて逃げ出そうとする栃尾医師を、またしても氷づけにする看護婦。
それを見守るソレイユだが、三人の間には言いようの無い緊張感が生まれていた。
その原因というのは勿論、ソレイユが手にしている魂が入った瓶とジェントルである。
これを、誰が飲ませるのか―
その一番の課題を最初に口にしたのは、栃尾医師を凍らせた看護婦だった。
「ふー…さて、このまま黙ってても話が進みませんし。ここは平等に、じゃんけんで決めませんか?」
「じゃ、じゃんけん…ですか?」
「嫌ぢゃあぁぁ!!ワシは男とは口移しなんぞ、死んでも御免ぢゃぁぁぁー!!」
頭を残して体だけを凍らせた栃尾医師を引き摺り、看護婦はにっこりと微笑む。
そんな二人を前にして、ソレイユは意を決したように頷いた。
そうして保健室の一つのベッドでは、未だかつて無い戦い(じゃんけん)が繰り広げられようとしていた…!!
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結果は…さて誰でしょう笑
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