背後からこんにちは
2013.06.21.Friday
* * * * * * * *
「…妖人やな」
「え?」
休み時間、陰陽科の坂田 金次と卜部 武は校舎の外を歩きながら談笑していた所、不意に武がそう呟いた。
傍らにいた金次は、唐突に何なのだろうと思っている中で、武は淡々と言葉を紡ぐ。
「斜め後ろ、校舎の影から気配感じるわ」
「ふーん…?」
武の言葉に、金次は周囲の景色を眺めるふりをして、その言われた方向をちらりと横目で見た。
すると確かに友人が言った通り、校舎の壁に隠れるようにして、女の子がこちらをじっと見つめている姿が確認できた。
遠く離れていたので、さすがに顔までは分からなかったが。
金次はまた正面に向き直すと、武の発言が的中した事を口にする。
「本当だ、当たってる!さすが武だな!」
「お前な、いい加減妖怪の気配くらい察知出来るようにならんかい…」
「ははは!俺、術とか“気”を扱う類いは全然駄目だからなぁ」
言いながら、困った表情で笑う金次。
武はそんな彼を訝しげに横目で見た後、はあっと溜め息をついた。
「…ま、殺気放ってる訳でもなさそうやし、放っておいても平気やろ」
「けど、こっちを見ているみたいだったぞ?もしかして俺達に、何か用でもあるんじゃないのか?」
「そんならさっさと声掛けてくるやろ。ほれ、教室戻るで」
「………」
少女を気に止める素振りもなく、武はすたすたと歩き出す。
しかし金次は、その少女に何か引っ掛かるものを感じつつも、先を行く友人の後に続いた。
一方で、校舎の影から二人(正しくは一人)を見つめていた少女― 日中 雫は、二人が去って行った方向を未だにじっと眺めていた。
「それにしても…仲良くなる方法って一体どうすれば良いのかな…」
「それをこれから考えるんじゃない」
決意を新たにしたものの、そんな直ぐに良い案が浮かぶ訳もなく。
困り果ててしまった雫は、頭を覆い隠す様に笠をすっぽりと被った。
そうしてまた、金次達が去って行った方をぼんやりと眺めて考える。
その雫の様子を見て、彼女の友人である蛙のけろっぴぃは小さく溜め息をつき、そのまま黙り込んでしまった。
そんな彼女達の背後から、一人の人物がそろりと忍び足で近付いて来ていた。
「…君、もしかして陰陽科に用でもあるのかな?」
「ッ!?」
突然背後から声を掛けられ、雫の肩は思わずびくりと大きく跳ねる。
慌てて振り向くと、笠下の少女の大きな瞳は益々大きく見開かれた。
と言うのも、ついさっきまで遠くから見つめていた目的の彼が、今自身の目の前に立っているからである。
実は先程、金次は武と共に教室に戻ろうとしたのだが、やはり少女のことが気になり一人こうして引き返してきたのであった。
ちなみにその際、武からは「お前は誰にでもお人好し過ぎる」と釘を刺されたのだが、それを承知の上で妖人の彼女に声を掛けた。
しかし真正面から行かなかったのは「自分の様な大柄の者が、正面からずかずかと近付けば威圧感で逃げてしまうだろう」と考えたからである。
その為、彼はわざわざ校舎からぐるりと回り込んで雫の背後へと移動してきた、という訳である。
しかしそんな理由があるとは露知らず、雫はただ内心「どうしよう どうしよう」と唱えながら、茫然と立ち尽くすばかりである。
そんな彼女の様子を見て、金次は慌てて自己紹介と弁明をした。
「あ、俺は陰陽科三年の坂田 金次っていうんだ!けど陰陽科と言っても、妖人に喧嘩ふっかけたりするつもりはさらさらないから、安心してくれ!な?」
「………」
にこにこと笑いながら溌剌とした声で話す金次を、雫はやはり唖然としたまま見上げるばかりだった。
すると金次はふと屈みながら、彼女の頭を覆い隠している笠に手を伸ばした。
「何だ?もしかしてこれ、誰かに悪戯でもされたのか?」
「!!」
金次はそのままひょいっと、彼女の笠を持ち上げる。
一方で、笠を取られて顔が露になった雫は硬直してしまっていた。
好意を寄せる相手を真正面にしているので、当然視線もかち合う訳で。
「あ…ぅ、えっと…」
この状況下に、雫は吃りながらおろおろと視線を泳がせ、顔はみるみる赤く染まって行った。
しかしそれと同時に、空の雲行きも怪しくなってきていた。
晴れ渡っていた青空には、みるみる内に暗雲が立ち込めてくる。
雲の中でゴロゴロと雷鳴までもが唸り始め、金次は雫の笠を片手に不思議そうに上空を仰ぎ見た。
「ん、何だ?急に天気が悪く…」
金次がそう言った直後。
水が入ったバケツをひっくり返したかの如く、突然の豪雨が降り注いだ。
ザーッという激しい雨音と共に、運悪く外にいたのであろう生徒達の悲鳴が、遠くグラウンドの方から聞こえた。
そうして短時間の間に学校敷地内の地面を濡らした後、暗雲がさっと晴れて行くと同時に雨も直ぐに上がったらしい。
「「………」」
また青空の中に太陽が顔を出す中、全身ずぶ濡れになった金次と雫は、半ば茫然とした様子で互いを見つめていた。
しかし一方の雫は、この雨により不安が生まれていた。
―意中の相手を目の前にする、という滅多にない場面だというのに、やはり雨を降らせてしまった。
どうしよう、金次さんが「この雨は私のせいだ」と知ったら、嫌われてしまうのではないだろうか。
そんな翳りが心にじわじわと拡がり、泣き出したい不安に駆られる。
しかし金次の反応は、そんな彼女の不安を吹き飛ばしてしまうくらいの、明朗なものであった。
「くっ……あっははははは!!」
「!?」
突如大声を上げて快活に笑う金次を、雫は驚いた表情で見上げる。
金次は雨に降られた事を気にするでもなく、一人納得したように言葉を続けた。
「そっか、お前“雨降り小僧”の妖人か!」
「こ…小僧じゃなくて、小娘…です…」
「ん、小娘?…あ、成る程!悪い悪いっ」
訂正の言葉の意味を悟り、金次は苦笑いを浮かべて謝る。
しかし雫は俯き、重苦しげに口を開いた。
「こ、こちらこそごめんなさい…雨、降らせてしまって…」
「ん?あぁ、いいよいいよ!ほら、陰陽科男子の制服って真っ白だろ?汚れやすいから、替えの制服が学校にあるんだ。だから平気だぞ!」
「…本当、ですか?」
「ああ!」
にこにこと笑う金次に思わずつられたのか、ずっと不安げだった雫の表情の中から、はにかんだ様な微笑みが生まれた。
すると金次は不意に何かを見つけたらしく、あっと声を上げた。
「虹!虹が出てるっ!」
「え?」
「ほら、あそこ!」
二人して上空を見上げ、虹を見つめる。
校内の敷地に植わっている高い木々が、二人が立つ場所の空を覆い邪魔して見づらいものの、それらの隙間から七色の橋が確かに見えた。
「わー、虹なんて久々に見たなぁ…けど、此処からだとやっぱり見づらいな」
「…背の高い金次さんでも、見づらいんですね」
「ん?ああ、俺から見えなかったら、そっちからだと余計見えないだろうなぁ」
金次は苦笑しながら、ずっと手に持っていた笠を雫の頭に返してやる。
すると、またしても彼は突然閃いた様子で、ぱっと表情を明るくした。
「そうだ!今度屋上から見てみようか!」
「えっ…?」
「雨を降らせることが出来るなら、いつでも見られるだろ?それなら一緒に高い所から見れるし!なっ?」
「………」
金次の言葉に、小さく頷く雫。
それを見た金次は満足そうに笑う。
「じゃあ決まりだな!…あ、それと陰陽科の中には妖人に喧嘩売る奴もいるから、いじめられたりしたら俺に言えよ?力になるからなっ!」
「………」
その言葉にも、雫は肯定の意を示して頷く。
「ん、よしっ!じゃあ俺、そろそろ戻るな。じゃっ!」
丁度休み時間終了の音も響き、金次は雫に手を振って足早にその場を後にした。
日の当たる校庭に出て生徒玄関へと向かう中、金次は「あ」と呟く。
「そういえばあの子の名前、聞き忘れた…」
だが引き返している時間もないので、また会えることを祈りつつ彼は仕方なくそのまま歩みを進めた。
湿った地面を踏み締めながら歩く金次は、薄くなり始めていた虹を仰ぎ見る。
髪に付いた水滴が陽を浴びて煌めく中、彼は穏やかに微笑んでいた。
*END*
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金次は視線に気付いていなかったみたいです笑
武がいなかったら気付かないままだったぜ…ふう…←
ちなみに正面からずかずか近付く→逃げられるっていう事は既にこやつは何度も経験しているので、背後から回ってきました笑
2mの野郎がずんずん自分の方に近付いて来たら誰だって逃げるわ!←
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