死神VS紳士
2013.06.21.Friday
* * * * * * *
つかつかと革靴の足音が響く廊下。
その足音の主は、リジェクトがいると予測した保健室へと、人気のない道を歩いていた。
俺はそこへ、じゃらりと鎖の音を響かせながら立ち塞がる。
靴音の主―ジェントルはこちらを確認すると、快活な声で話し出した。
「やあやあデス君、こんな所で出会うとは!何だね、もしかして道に迷ったのかね?」
「………」
相変わらずの調子の男だ、これならこちらの謀反にも気付いていないだろう。
となると、此処は先手必勝だろうか…?
沈黙してそう悶々と思考を巡らせていると、ジェントルは警戒する事なくこちらに近付いてくる。
「やれやれ、君も困った男だね…こんな単純な建物内で迷うとは、実にスマートではないっ!」
「………」
俺からジェントルまでの距離、あと数歩。もう迷っている暇はない。
俺は大鎌をぐっと握り締めると、思い切り横に凪ぎ払った。
「…!!」
ジェントル目掛けて振るった刃は―
躱された。
たん!と力強い音と共に飛び退き、腹部から真っ二つにする筈の軌道は、彼の左腕を切り裂いただけであった。
「っと…ああ、私としたことがスマートに紙一重で避けるつもりが、うっかり左腕を駄目にしてしまった」
「………」
刃には、七色に光る液体が僅かに付着している。
魂の一部とも言える生命力を削り取った。
この程度なら死にはしないものの、斬られた箇所から下の腕は暫くまともに動かせないだろう。
しかし、何故。何故躱された?
あいつは警戒心も何もなく、油断しきった様子だったのに。
俺が内心焦燥を抱えつつそう考えていると、ジェントルは微かに笑いながら答えた。
「おや?不思議だといった様子だね…考えてみたまえ、この先には保健室があるというのに、君が此処にいるのはおかしいだろう。表札もしっかり出ているのに、それを見落とし通り過ぎるというのも考え難い」
「………」
「…それに何より、お前は以前にリジェクトを一度助けただろう。お前が彼女を特別視している事くらい、分かりきってんだよ。…つまらん情に絆(ホダ)されやがって」
ジェントルの口調が変わった。恐らく感情的になっているのだろう。
その証しと言わんばかりに、咳払いをした後また普段の口調へと戻る。
「失敬、つい言葉が荒くなってしまった。さて…私は左腕を駄目にしてしまった。そして君も先程の赤髪の彼との連戦で満身創痍。どうだね?此処はスマートに、次の一撃で勝敗を決さないかね?」
「……分かった」
そのジェントルの提案は、今の俺にとってはかなり有り難いものであった。
彼の言った通り、先程の赤髪の鬼の奴を相手した際に、奴からいいだけ殴られた箇所が未だに痛むからだ。
俺は両手で鎌を握って身構えると、対峙するジェントルを見据える。
ジェントルもステッキ型の銃を翳し、銃口を俺の方に向けた。
「ああ、そうそう!最期に何か言い残す事はあるかね?」
「………」
「…ふ、そういえば君は無口な男だったね。全く、実につまらん奴だ!」
ジェントルは嘲笑混じりにそう話すが、俺の頭はどう動くか、どう出るかといった戦略で一杯だったため、奴の挑発などまるで耳に入らない状態だった。
―ジェントルの武器はステッキ型の銃、威力に特化した一発限りのものだ。
そして一発で仕留めるとなると、頭か心臓を狙うしかない。
しかしあれでは、弾丸を俺の鎌で防いでも簡単に貫通するだろう。
となると、やはり避けるしかないのだが、狙いは二つに一つ、二分の一の確率だ。
正に生死を懸けた選択というやつである。
しかし奴と行動を共にしてきた経験から、奴はきっと額を狙ってくるだろう。
衝撃で手元がぶれる為、胸を撃っても時々心臓から外すことがあった。
それに比べ、頭は多少狙いが外れても何処かしらに当たれば、致命傷となる。
…皮肉だが、今まで共に行動しておいて良かったと、しみじみ思う。
そうして無言で思考を巡らせていると、とうとうその瞬間は訪れた。
「ほう…何も語らず逝くとは、君も中々気高い思想の持ち主のようだ!そこは気に入ったよ」
「………」
「だが、すぐにお別れとは寂しいものだ…せめて苦しまずに逝き給えよ。“Adieu”」
「…ッ!」
ジェントルの最後の言葉と共に引かれた引き金。
響く大きな銃声、鉄を砕く音。
ジェントルの放った弾頭は俺が手にしていた大鎌を砕き、そして―
俺の仮面の、側面を掠めた。
壊れた仮面が廊下にがしゃん、と音を立てて落ちる。
しかし構わず、折れた鎌を手に間合いを一瞬にして詰めた。
「何と…ッ!!」
ジェントルの驚愕した声が上がる中、俺は柄に残った僅かな刃を奴めがけて降り下ろした。
―勝った。
勝利の気配に、心がふっと緩むのが分かった。
が、その油断が命取りだった。
ジェントルはステッキ型の銃を放り出すと、咄嗟に懐に右手を滑り込ませてもう一丁の拳銃を取り出した。
「…!!」
「…奥の手は誰にも見せないものなのだよ、デス君」
言い終わらぬ内に、ジェントルはその“奥の手”の引き金を引いた。
上がる銃声、そしてその弾は―
外れることなく、今度は確実に俺の胸を撃ち抜いた。
「ッ、がッ…!!」
一瞬息が詰まり、瞬時に喉奥から熱い液体が込み上げ噎せた。
ああ駄目だ、俺は死ぬのか。…こんな所で死んでしまうのか。
口からぽたぽたと滴る赤い液体を見た途端、そんな弱気な思いが心を覆った。
しかし次の瞬間には、その思いが覆るくらいの不思議な感覚に襲われた。
“負けることは、許されない”
ただ、それだけだった。しかしその考えが、折れかけた俺の心を奮い起たせるには十分だった。
崩れ落ちそうになる足に力を込めて踏ん張り、再度鎌を握り直す。
そして威勢の声と共に、渾身の力を込めて奴にめがけて降り下ろした。
「あぁぁぁァッ!!!」
「なっ…!!」
俺の声に怯んだジェントルは、そのまま袈裟斬りにされる。
切り裂かれて血が流れる代わりに、刃には多量の虹色に輝く液体―魂が、こびりつき流れ出た。
「その、気概…見事…!」
「………」
称賛の言葉を口にしながら崩れ落ちるジェントル。
廊下の床に伏した紳士は、そのままぴくりとも動かなくなってしまった。
「……っ、ゲホッ…」
肩で息をするも、吐血して中々空気を吸えない。
しかし地面に倒れ伏す奴を見下ろして、自分は勝ったのだとしみじみ思う。
だが、スマートだ何だとほざいていた奴がこの様とは、実に滑稽だ。
…などと、心の中で文句を言っている場合ではない。このままでは俺も同じ運命を辿ることとなってしまう。
とにかく此処は保健室に戻り、何かしら処置をしてもらおう。
そう考えた俺は、撃たれた箇所を抑えつつ、保健室へ向けて再び廊下を歩き出した。
赤い雫を点々と続かせながらも一歩、一歩と保健室に向けて歩みを進める。
しかし、進むにつれ中々思う様に身体が動いてくれない。
足は鉛の様に重く、目眩までしてくる始末だ。
(…本当に、まずいな…)
壁を伝って歩き階段まで辿り着くも、その途中である踊り場でとうとう俺は動けなくなってしまった。
膝から崩れ落ちて、そのままどさりと床に倒れ伏す。
起き上がらなくてはと動かした手は、最早身体を持ち上げる力も残ってないらしく、ただひたすら重だるいだけだった。
寒い、酷く寒い。指先の感覚がもう無くなってきている。
これが“死”というものだろうか。
だとしたら、もう少しだけ待って欲しかった。
俺にもようやく意思が芽生えたのに、そして仲間と呼んでくれる人物とも出会えたのに。
回廊を抜けたアートやボルト、マリーン達にも仲間と呼んでもらえたかもしれないのに。
「……、嫌、だ…」
死にたくない。死ぬのが怖い。
もっと生きていたい、誰かとの繋がりを断ちたくない。
独りで死んでいくのが、堪らなく恐ろしい。
今まで“死”について何も思っていなかったが、今こうして必死になって“生”にしがみついている俺がいた。
そしてこんな時リジェクトがいてくれたらと、ふと考える。
優しく仲間想いで、そして環境に屈せず気高く生きる彼女。
その彼女の声が、瞳が、気の強い眼差しがとても好きだった。
無関心を装いつつも、あの様に凛々しく生きて行けたらどんなに素晴らしいだろうかと強く憧れ、そしていつしか想い焦がれていた。
…しかしその想いも今や、伝えられずに終わるのだ。
胸に空いた穴がひたひたと血溜まりを作るのを見つめる中、不意に目から温かい液体が零れ落ちる感覚がした。
せめてもう一度彼女に会えたのなら、この想いを伝えたい。
そんな夢の様な願いを抱きながら、俺はただ身体が感覚を失いながら冷えて行くのを感じつつ、やがて静かに瞼を閉ざした。
*Next…?*
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どうにか勝ったけどこれは…最終結果、相打ちなんでしょうか(滝汗)
いや、でも虫の息で辛うじて生きてるからやっぱデスの勝ちで!(ぇ)
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