食事にお招き

2013.06.17.Monday


― ― ― ― ―


料理も一通り完成し、それらを居間の卓上へと運ぶ。
壱鬼と孤乃衛も腹が減っているのか、この時ばかりは積極的に手伝う。

いつもこうならば良いのに、と思いながら味噌汁をよそっていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。


「お。竜彦、誰か来たみたいだよー」

「ああ、聞こえた。しかし誰だろうな…?」


恐らくは宅配か郵便辺りだろうと思いつつ、手にしていた椀とお玉を、傍にいた孤乃衛にバトンタッチする。


「えぇ!?俺がよそうの!?」

「任せた」


あからさまに嫌そうな声を上げる孤乃衛を尻目に、早々に玄関に向かった。

電気を付け、除き穴からドアの向こうにいる人物を確認する。
しかしそこにいたのは、予想とは全く異なる人物だった。

小柄な体型に、黒く長い髪。
何処か落ち着かない様子でそわそわと動く瞳は、まるで小動物を連想させる。

その少女は、この広く大勢の人が在籍する学園でも、見覚えのある人物だった。


(確か、風紀委員の松村怜奈…だったか)


以前、壱鬼と孤乃衛がもめた際に廊下のガラスを割り、それを偶々彼女に発見されて怒られたのだ。
しかしそれよりも、丁度視線の高さが良かった脚の方に印象が―


(って、俺は一体何を思い出しているんだ…!)


よこしまな記憶を慌てて振り払い、改めて気持ちを落ち着けて玄関のドアを開いた。


「こっ、こんばんは…」

「…どうも」


ぺこりとお辞儀をする怜奈さんに、自分も軽く会釈をする。
その彼女の手には、底面の広い袋が提げられていた。
それを俺の方に差し出しながら、彼女はおずおずとした口調で話し出す。


「あの、これ…実家に戻った際に母から持たされて…も、もしよろしかったら、皆さんでどうぞ」

「ああ、すみません」


その袋を受け取ると、中にはタッパーに入った煮物が覗き見えた。
夕飯のおかずに丁度良さそうだと思うと同時に、何かお返しをしなくては、という考えが頭に浮かんだ。

しかし今、お礼に返せそうなものは何もない。
後日、何かちょっとした菓子折でも持っていこうかと考えたが、ふとある案が浮かんだ。

―そういえば、彼女も現在一人暮らしだった筈。
それならば一緒に、今日の夕飯にでも招いてしまおうか。
今更もう一人増えた所で、何か不都合がある訳でもないし。

そう思い、目の前の人物に申し出た。


「あの、よければ一緒に夕飯どうですか」

「ぇ、ええっ!?そんな、申し訳ないですっ…!」

「いえ、壱鬼と孤乃衛の奴らもいるから、料理は多めに作ってありますし」

「で、でも…」


遠慮する怜奈さんだが、そんな彼女を更に招き入れる人物の声がした。


「こんばんは、怜奈ちゃーん」

「あ、孤乃衛さん…こんばんは」


いつの間にか孤乃衛が、俺の背後からひょっこりと現れていた。


「孤乃衛…お前、いつの間に」

「玄関から女の子の声がしたから、つい。二人でイチャつかせるなんてさせねーよ?」

「別にそういう雰囲気では…」


しかし奴は俺の話も聞かず、手に持っていた袋に目を付けた。


「何なに、もしかして怜奈ちゃんからおみやげ?」

「ええ、母から持たされて…」

「お、煮物じゃん!すげー美味しそう!」

「うー…お口に合うとよろしいのですが…」

「いや、絶対美味しいって!むしろ壱鬼と取り合いになるかもしれないなー」

「ふふっ、それだと良いのですけれど」


くすりと笑う怜奈さんだが、実際その争奪戦を目の当たりにすると唖然とするだろう。
俺がぼんやりとそんな事を考えていると、孤乃衛が閃いた様に明るい声を上げた。


「そうだ、怜奈ちゃんも一緒に夕飯食べて行きなよ!」

「え、ですが…」

「いーからいーから、気にしないで!ほら、靴脱いでこっちこっち!」

「あぅ…では、失礼します」


“孤乃衛、此処はお前の家ではなく俺の部屋なんだが”とも思ったが、丁度招こうとしていたから良いとするか。

そうして今日の夕飯を共にする人物が、一人増えた。





三人で居間に行くと、卓上には既に夕飯が並んでいた。
玄関から戻ってきた俺達に、壱鬼が声を荒げる。


「遅ぇよお前ら!」

「ちょ、お前ヨダレ自重!!」


口角から少しヨダレが出ていたのを見て、孤乃衛が思わず突っ込んだ。
自分の定位置に座る壱鬼の手には、既に箸が握られている。
どうやら食す準備は万端だったらしい。

しかし、先に手を付けなかった事は評価してやろうか。
以前、先につまみ食いした事があったのだが、その時に冬のベランダに追い出し放置したのが恐らく効いているのだろう。


「壱鬼、おかずがもうひとつ増えるからもう少し待て」

「マジでか!って、確かお前は…」

「こ、こんばんは壱鬼さん…」


壱鬼が、俺の後ろの影に隠れていた怜奈さんに気付き、彼女は恐々とした声色で挨拶をした。


「2年の、松村怜奈さんだ。前ガラス割った時、説教されただろう」

「ああ、あん時のか!…今日はニーソじゃねーんだな」

「…え?」

(こいつも似た様な事を考えていたとは…)


壱鬼がぼそりと呟いた言葉に、自分も見に覚えがあり何とも言えない気持ちになった。
しかし怜奈さんには聞こえていなかったらしく、ただ不思議そうな表情を浮かべていた。


「煮物を持って来てくれた。壱鬼も礼を言っておけ」

「おぉ、よっしゃ!ありがとな、怜奈!とりあえずお前も座れって!」

「は、はい…」


壱鬼は上機嫌で、怜奈さんに座る様に促す。
こいつは何か食べ物でも与えれば、簡単になつくらしい。実に単純な奴だ。


「孤乃衛、彼女の分の皿や食事を頼む」

「はいよー。壱鬼、この隙に怜奈ちゃんナンパしたらマジ許さん」

「オメーと一緒にすんなこのエロ狐!!」

「ンだとこの馬鹿鬼!!」

「いいからさっさと準備するぞ」


“モテない三人組”の抜け駆けを許さない孤乃衛を引っ張りながら、俺は煮物を暖め直しにキッチンへと向かった。







怜奈さんの分の準備も整い、皆机を囲む様に座る。


「よし、これで皆揃ったな」


言いながら俺が両手を合わせると、他の三人も続き同じ形をとる。


「じゃ…いただきます」


これが開戦の合図である。
やけに気合いの入った「いただきます!!」が俺の両側から聞こえた直後、その二人の争奪戦が始まった。


「てめっ、せけーぞ!刺し箸してんじゃねぇよクソ狐!」

「てめぇこそ箸で邪魔してんじゃねぇよクソ鬼!!」

「「うおぉぉ!!!!」」


相変わらず暑苦しい二人だ。
そう思いながら、俺はゆったりと味噌汁を啜る。
ふと、目の前の位置に座る怜奈さんが目についた。

やはり彼女は、呆気にとられた様子で壱鬼と孤乃衛の争奪戦を見つめていた。


「た、竜彦さん…二人とも、凄いですね…」

「いつもの事だ、気にするな」


俺も、最初こそは食事のマナーで二人に注意をしていたが、今やそれも完全に諦めていた。
“この二人は食いたいように食わせておく”といった、放任主義に徹する事にした俺は、今度は白米に手を付けた。

すると怜奈さんは、唖然としていた表情から変わって、少し笑いながら俺に話す。


「でも…何だか賑やかで良いですね」

「…まあ、確かにな」


一人の食事ほど、味気ないものはない。
やはり食事とは、誰かと食べてこそ一番美味しく感じると、俺は思う。


(だが、賑やか過ぎるのもどうかとは思うがな…)


煮物と唐揚げの取り合いをする二人を見て、思わず苦笑した。
何だか今日の食卓が一段と賑やかに感じるのは、気のせいだろうか。



*END*





― ― ― ― ―

↓おまけ


皆で食卓を囲む図。
しかし食べ物が美味しそうに描けない\(^o^)/

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