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トイレを出るとすぐ外で真人は待ち構えていた。
心なしか目が赤いような気がしてウッと心が痛む。
無言のまま歩き出す真人について歩くと、大学内の庭のベンチのところに来た。
宗介は黙って隣に座る。
どう言おうか考えていると、真人がさっさと話を切り出した。
「さっきの画面見たでしょ」
「え、あ、うん…まあ、そうかも」
「わかったと思うけど俺、ゲイなんだ」
「ああ…わかった」
「誰にも言わない?」
「うん」
宗介が抑揚なく返事するので、不信に思った真人はズイッと宗介の顔を覗き込んだ。
宗介は思わず身じろぎをする。
「本当にわかった?」
「うん…言わない、絶対。というか…言っても意味ないだろ」
「…うん。あ、だけど俺、男なら誰彼構わず狙うってわけじゃないから、それだけはわかって」
「わかった」
「じゃあ……さっき見たのは忘れて!」
真人はそう言って立ち上がり、ダーッ!とそのまま走って行った。
「………」
嵐が去ったような感じだ。
見てしまったことは仕方がない。
それに、真人がゲイだという事実はあまり意外ではなかった。
大学にいる様子を見ているだけではもちろんわからないけど、真人が泊まりに来たあの時に感じたあの色気はそういうわけだったのかと納得してしまった。
その日の夜。
宗介は家の近くのコンビニの前で真人を見かけた。
宗介のアパートは大学から徒歩で行ける距離にあり、大学とアパートの間にあるコンビニなので顔見知りを見かけるのは珍しいことではなかったが、今日のことがあったので思わずハッと息を飲んだ。
真人は宗介に気がつくと、一瞬うろたえたもののヨロヨロと距離をつめてきた。
「た…助けて…」
「どうした…?」
「終電が…終電がおわっちゃうよお……」
真人が絶望的な顔をするので宗介は慌ててスマホで時計を確認した。
「いや、あと3分ある」
「むりだよ…」
「走れば間に合う、ほら」
「うわっ!」
宗介は考える前に真人の腕を掴み、駅へ向かって走りだした。
ここから走れば3分もあれば駅につくはずだ。
終電までにあと3分あるから、だから……
「ダメだったじゃん!!」
「……ごめん」
駅に着いた時、最後の電車がちょうど出発したところだった。
膝に手をついて二人して荒れた呼吸を整える。
やばい、こんなに全力で走ったのは久しぶりでキツイ…。
「無駄に疲れたあ……はあ、はあ…」
「お前なんでそんなにしょっちゅう終電逃すの?」
「近くで用があったから…」
「………」
今夜は新宿行くって、昼にツイートしてたのに。
予定変更だろうか。
少し気になったが聞かないでおいた。
「じゃ、帰ろう。泊まるんだろ」
「え、泊まっていいの…?」
「…だって…嫌ならいいけど」
ここまで来てさようならと見捨てることはできない。
真人は安心したように笑った。
「やった!宗介んち行きたい」
真人はパタパタッと足音を立てて隣に並び、宗介の左手をギュッと握ったので宗介は思わずジッとその手を見てしまった。
「………行こう」
気にしちゃダメだ、もしここで自分が嫌がるそぶりを見せたら真人はすごく…傷つくかもしれない。
それに宗介も別に嫌なわけではなかった。
多少視線は気になるけれど…。
帰りにさっき寄るはずだったコンビニに寄ることにした。
コンビニの前で真人はサッと手を離して先に中へ入っていった。
でも真人はさっき俺に会う前に買い物を済ませていたらしく、雑誌を立ち読みするだけだった。
宗介は真人がご飯を済ませたことを確認し、自分の分だけの夜食を買ってコンビニを出た。
「はい」
「え?」
左手を差し出すと真人はキョトンとした顔をした。
「あ…また繋ぐのかと思った」
さっきはあんなにギュウギュウ握ってきたのに。
まあどっちでもいいかと前に向き直り歩き始めると、真人はやっぱりギュウっと手を握ってきた。
真人の性的指向を知ってしまった今日、こういうことは控えるべきだと思うのに宗介はまだ真人に罪悪感を感じていた。
「ねえ、宗介はなんでこんな時間にご飯食べるの?太るよ?」
真人の言葉に宗介は思わずフッと笑った。
「バイトで遅くなって。夕方に食べたけどまたお腹すいたし、目が冴えたから…」
それに明日は土曜日だったから、夜更かししようと思っていた。
でも今日は真人がいるから早く寝たほうがいいのか、逆に寝ないほうがいいのか。
「ふうん…。ねえ、わるいけど帰ったら、シャワー貸して」
「…いいよ」
…今日はシャワー済ませてないのか。
さっきまで何していたのかを一瞬想像してすぐにやめた。
アパートに戻ると宗介はタオルと真人の分の部屋着を用意してやった。
「タオルと着替えはこれ使って。給湯器はここだからあとは好きにして」
「ありがとう」
真人はタオルたちを受け取ると脱衣所の中に入っていった。
そしてすぐに振り返り、扉を半分締めながら宗介のほうにニッコリと笑いかけた。
「覗かないでね!」
「!………、」
宗介はその言葉に驚いて声が出ず、黙ってただ2、3回頷いた。
脱衣所の扉が締まり、宗介はふうと肩を下ろした。
当たり前の話だが…覗くつもりは本当に全く、全然なかった。
真人だって冗談で言ったはずなのに一瞬固まってしまった自分に気まずくなる。
真人だって、昼はあんなに慌てて気まずそうにしていたのに…。
考えられることといえばただ一つ。
真人はヤケをおこしている。
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