「高校生で一人暮らしはめずらしいな」と言うのがお隣りに越してきた、ユースタス・キッド君を見て一番最初に思ったことであった。

102号室の隣人

 今まで自分が親しくなったことのないタイプの人間だなぁと思う。学生服からちらりと見えるシャツ、逆立てられた真っ赤な髪、いわゆる不良とは彼のことではなかろうか。しかし真面目に学校には通っているようだ。今日たまたま早めに家を出たこの時間が、どうやら彼の登校時間のようだ。むしろ出席確認のない教授の授業ということで、さぼり癖が出てきた私の方が人間的にだめではなかろうか。
 家を出て鍵を閉めている時に隣りから出てきた彼は、私を見ると一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに軽くこちらに会釈をしてくれた。それに自分も黙って小さくお辞儀をした。アパートを出てしばらく、ウォークマンを装着して選曲をしながら前方を歩く彼をこっそりと盗み見る。どうやら駅に向かっているようである。つまり私と同じ方向。ちょっときまずいと思いながら歩いた。


 日曜日、今日は友達と映画に行く予定である。互いにちがう進路のため、大学に入ってから会う機会が減ってしまった。数か月ぶりの再会のため、身なりにも気合が入る。買ったばかりのお気に入りのワンピースに奮発したブーツ。どうして人は同窓会だとか、久しぶりに会う人に対して張り切ってしまうのか。いつもより丁寧にした化粧をもう一度鏡で確認してから家を出た。
 するとちょうど郵便受けの前に上は黒のスウェット、下は黒のハーフジャージ、足元はスポーツメーカーのロゴの入ったつっかけサンダル姿のお隣りさんが立っていた。髪の毛はいつもと違い重力に逆らっていない。少し幼く見えた。たまった広告を手にした彼と目が合う。
「こんにちは」
「…ちわ」
 もしかして初めて声を交わしたかもしれない。ちょっと驚いていると今度は彼から話しかけてきた。
「デートですか?」
「うん、女友達と」
 一瞬ポカンとした表情をしたがすぐにそうですかと返って来た。会話が途切れどうしようかと思った時すこしきまずそうに「気をつけて」と言われたので、行ってきますだと慣れ慣れしいかなと思い、「ありがとう」と返事をしてアパートを出た。


 寝坊した…!時計を見て、即ごはんはあきらめて身支度をする。片付けは帰って来てからだ。今日は中間テストがあるのだ。このテストを受けなければ、期末を受けても単位はもらえないから気をつけろよと、先週の授業で教授に念を押すように言われたというのに。財布と携帯と筆記具さえあればなんとかなるとバッグに放り込むと、適当な化粧をごまかすようにストールをぐるぐる巻きながら家を出る。
 慌ててドアから出たので履いたばかりのパンプスが片方飛んでいき、それを取ろうとしたら肩からバッグがすべり落ちて、同時にポケットから出そうとしていた鍵も落とした。廊下に散乱する荷物を見ていらだつも、落ち着け私!なんとかパンプスを履き直し、鍵に手を伸ばしてガチャガチャと閉めながらふと隣りを見ると驚いた顔のお隣さんと目があった。大変恥ずかしい。ごまかすように笑っておはようございますと言えば、そのままにしていたポーチやらファイルやらペンケースをバッグになおして、私に無言で渡してくれた。それを慌てて受け取り、ありがとうと言えば「あの」と口を開く彼。
「急いでるんですか?」
「はい」
「…チャリの後ろ、乗って行きますか?」
「え、いいの?」
 あれ、徒歩じゃなかったっけと思っているとアパートの前にある自転車たちの中から、真っ赤な自転車のかごに頬り投げるように学生かばんを入れるとそれに乗って目の前までやって来た。
「はい」
「…失礼します」
 横に座ると不安定で、思わず強めに肩を掴んでしまった。一瞬体がびくりと動いたので、ごめんねと言えば、逆にしっかり捕まってて下さいと返された。


 あれ以来、前よりお隣りさんと仲良くなった。会えば挨拶をするし、時間があったら話しをする。朝は駅まで自転車にのせてくれることもある。最近はよく朝家を出る時間が一緒になるのだ。自分もなんとなく隣りが出るタイミングで家を出るようになってしまった。
「よぉ」
「………こんな時間に何してるの」
「てめぇのこと棚にあげて言うな」
 おれはコンビニで買い物して来ただけだと手にあるビニール袋を見せられる。
「私は飲み会の帰りー」
「そうか」
 そこで会話がなくなった。なんだかぎくしゃくした雰囲気である。どうしたのだろうかと思っているとおいと呼びかけられたのでうん?と返事した。
「遅くなる時はメールしろ」
「…え」
「駅まで迎えに行く」
「…いいの?」
 毎回は無理だが、出来るときは行ってやるからと返された。
「…でもキッド君のアドレス知らない」
「………だから今教えろって話しだ!」
 携帯を出せと言いながら彼はジーンズのポケットにねじ込んでいた携帯を取り出して、私に突きつけた。


「これ、お裾分け」
 実家から腐らすわってくらい送られて来たみかんを、最初はちょっとかわいい紙袋に入れたのだが、少し考えて、ビニール袋に入れなおしてから持って行った。隣りのキッド君はおおと嬉しそうな声をあげて喜んでいる。
 ちらりと部屋の中が気になり、覗くように顔を動かし盗み見る。思ったより片付いているし、なにやらバンドか何かのポスターが貼ってある。男の子らしい部屋だなって思っていると何見てやがると頬を手で押され、顔が横を向く。ひんやりとした指先に少しどきりとしたがごまかすように笑えば、恥ずかしそうに覗いてんじゃねェと怒られた。


「エース殺す…!」
 プリントがないないない、とさがしていて、はたと気づいたが、エースに貸したままである。あの野郎、先週までには返すって言っていたではないか。忘れた私も私だが。しかし、明日の小テストの範囲である、最悪写メって送ってもらおうと携帯を手にメールを打つ。ついでにレポートが入っているUSBの返却も求めることにした。あいつ借り過ぎである。
 怒りが込められたメールから私の怒りを感じ取ったのだろう、エースから今から家まで持ってくるとの返信が来た。ちょっと悪いなと思ったのだが、バイト帰りに原チャで来てくれるようなのでそうしてもらうことにした。家は駅からそう遠くないので自宅の簡単な説明をメールで送る。少し部屋を片付けるか。半ばヒステリックになりつつさがしていたので、いつもより幾分か部屋を散らかしてしまった。
「本当に悪ィ!!!」
「…はいはい」
「だから今度からも、いろいろお願いします」
「ちょっとは自力で課題に取り組みなよ…」
 そう言えば困ったようにうううんとエースが唸った。そこは素直にうんでいいだろう。するとエースはなぁと両手を合わせて頼むように頭を軽く下げた。
「便所貸して」
「早く言いなよ」
 貸す貸すと彼を部屋に入れてトイレのドアを指差した。ドアを閉めようとした時、ちょうど帰宅したところなのか、少し離れた距離にキッド君が立っていた。軽く手を振ってみたが、彼からは反応が返ってこなかった。


 最近、キッド君がよそよそしい。挨拶もそっけないし、会話も減った。なにより朝、会わなくなった。なにかしただろうかと考えると、いろいろあるわけで。お隣りさんなので何かとお願い事をしてしまったり、学校やバイト先の話しや愚痴なんかもしてしまった。何かが彼の癇に障ってしまったのかもしれない。そう思うとどうしようもなく落ち込んだ。
「…嫌われた?」
言葉にするとさらに落ち込んだ。
 バイト先から携帯を握りしめて帰る。うっかり今日までの12月のシフト提出を忘れてしまい、それを書いて提出したり、休憩に入った遅番の子と話しこんでしまっていたら、すっかり遅くなってしまった。駅からそう距離はないものの、人気のない、暗い夜道。気をつけるにこしたことはない。人っ子一人いない駅のそばの公園を横目に早足で家路を急いぐ。寒い風に顔を顰め、ストールに顔を埋め俯きがちで歩いた。だから声をかけられるまで気づかなかった。
「おい!」
「…びっくりした、こんばんは」
 自転車に乗ったキッド君が目の前に居た。いきなりで心の準備が出来ていない。落ち着きない私とは逆に淡々とした口調で後ろに乗るように言われた。何を動揺しているんだ落ち着け私と自分に言い聞かせて、後ろに乗る。徒歩より断然早く着く。すぐにアパートについてしまった。自転車を停める彼を待っているとメールが届いた、バイト先からである。開けてみれば文面の最初はごめんなさい、今回はーである。

「うわークリスマスバイトだー…」
「………」
「いいや、バイト先彼氏持ち多いし、私が働くよー」
「………」
 ふざけた口調でそう愚痴って携帯から顔をあげると怖い顔でキッド君がこちらを見ていた。何事かと思っていると彼はおいと口を開いた。
「……彼氏と別れたのか」
「あははは、まずね、付き合わないと別れることもできないよ」
「………」
「…なに?」
「この前の男は?」
 その言葉に当てはまる人間がぱっと出てこないため首を捻ると、部屋に入れてただろうと言われてやっと分かり、あぁ!と思わず声をあげてしまった。
「あー…、友達、大学の。家にあげたってお手洗い貸しただけだよ」
「なんだよそれ………」
 その言葉に驚いて顔を見れば、見るなとほっぺたを掴まれ横に顔をそらされた。なんとか視線だけで彼を見てみると顔が真っ赤である。これは、あれか。
「………最近素っ気なくて寂しかったんですけど」
「お前が男とか家に入れてるからだろ」
「だからそれ勘違いだったじゃん」
「…うるせぇ」
「ひどい…」
 しばらくそうしていたのだが、寒いので家に帰ろうと言うことになった。しかし、いざお互い部屋に入ろうとするとなんだか踏ん切りがつがずに、ぐずぐずとドアを開けたまま話し込んでしまった。
「クリスマス、バイト休みにしてもらえ」
「無理だよ…!」

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企画「apartment」様に提出。
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