船長であるキャプテンにその身を拾われたミョウジは、それはそれはもう大層にキャプテンのことを気にいっていた。例えていうならば、あのベポが見ても分かるほど。口を開けばローがね、ローがねとにこにこしながら話しだすし、なにがあってもキャプテンのうしろを着いて回る。一緒に寝たいと駄々をこねてベッドに潜りこんでいくこともあったし、ことあるごとにキャプテンの名前を呼びながら部屋に転がりこんでいった。キャプテンと一緒にお風呂に入りにいくことだってあった。それがミョウジにとってなによりの楽しみであり、すべてだったからだ。そして、キャプテンも意外とそれを邪険にはしていないように見えた。周りのみんなもそんな二人のことを応援すると同時に、いつもほほえましい顔をして二人を眺めている。二人セットがあたりまえ。もうミョウジもキャプテンも、お互いにラブラブな両片想いにしか見えなかったのだ。

「はあー………」
「?どうしたんだ、シャチ。そんなため息吐いて」
「……いや、なんかなー、よくわかんねェけど胸が痛いの」
「はあ?そりゃまた、なんでだよ」
「それがわからんからため息吐いたってのに……」

娯楽もなければ女っ毛もない(ミョウジがいるといえばいるが、あれはキャプテンにべったりなので論外だ)船のうえ。項垂れるかのように机に突っ伏すシャチを前にして、同じクルーであるペンギンはしばらく驚きを隠せないまま頭のなかで考えこんでいた。胸が痛い、とずいぶんアバウトな報告をされて思わず反射的に理由を聞いてしまったが、それが分からないから彼もうなるようにして悩んでいるのだ。なのに自身に分かるわけがない。
……まあ、たしかに。そう考えるようにして顎に手をやったペンギンは、「もしかして、恋かもな」なんて笑い飛ばすようにシャチの背中を叩いてやっていた。もちろん、軽い気持ちで言った冗談だ。海賊という身ゆえか女には縁もないし、シャチならなおさらだ。ここには別名死の外科医などと呼ばれる医学のスペシャリストが乗っているのだから、あまり深く気にするなという意味だったのだが、シャチはそれでもいやそうに眉をしかめていた。サングラスの向こう側もきっと同じに違いない。なにがそこまで彼を苦しめるのか、ペンギンはどうしたものかと思案したものの、しかたなしに夜ご飯を食べるころにはきっと治っているだろうと一人にさせておくことにした。彼はいつだってそういうやつなのだ。明日になればけろりとしているんだろうな、と思うしかない。

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それから明らかになまけていたシャチにキャプテンが倉庫の掃除を呼びかけ、ペンギンが「あいつちょっと気分悪いみたいで……」と庇うように声をあげたが、眉をひそめたキャプテンを遮ってシャチはぼんやりとしながらも暗い廊下を歩きはじめていた。
あまり思考も働かせたくない。別に働かないほどひどいというわけではなく、ただ単に考えたくなかったのだが、今はただ別のなにかに没頭していたかった。なぜかなんて彼にはとっくに分かっていて、だがしかしそれを否定しないと心の底から苦しさが襲ってくるようである。掃除でもして気を紛らそうと、ふらふらとした足どりで雑巾片手に倉庫へ向かっていた。この浮わついた頭も幾分か冷めるはずだ。そうだそれがいい。やがて廊下のすみっこ、倉庫の扉を見つけてドアノブをつかめば、扉の向こう側から今日はあまり聞かなかった声がして、つい体がピクリと反応したあと強ばった。

「……ひゃっ!?み、見つかった!?」

ぼんやりしていた頭か、掃除ばかり考えていた思考からか。反応が遅れたもののばっちり開かれた扉のなかには、顔を覆い隠したミョウジの姿が見える。そのうしろには樽と箱の山。
途端、ばくん、と自身の心臓が鳴る。

「…………って、あれ?シャチだ!」
「……お、おう。シャチだけど」
「ごめんね、今ちょっと任務をしてて……」

申しわけなさそうに頭をかき、次いで両の手を合わせて謝る。そう言った瞬間はっとしたように辺りを見渡すと、なにかいぶかしげな顔をしながら入って入って!と小声でまたシャチの名前を呼ぶ。その度にシャチの心臓が暴れるように鳴り響いて、みょうにぎこちない動きで扉を閉めてしまう。彼女がなぜ倉庫にいるのかさえも分からず、パタン、と後ろ手で閉まる扉の静かな音がした。
――――シャチの最近の悩み、というよりもっぱら胸の痛みの原因と言ったほうが早いのだが、シャチはキャプテンが溺愛するミョウジにいつしか惚れていた。周りのみんなが見守り二人のラブラブっぷりに目を細める、あのミョウジにだ。もちろん初めのころはそんな感情はなかったし、ただ応援しているだけだった。だが会えばいつも船長の名前しか呼ばないが、うれしそうににぱにぱと笑う顔や仕草を見て、一人の話相手であり友だちであったはずのシャチも、ミョウジの笑顔に胸がときめくようになってしまったのだ。それを隠そうと必死にミョウジを遠ざけたのだが、だめなのだ。最近は頭の中にも心臓の中にも、へたをすると夢の中にまで彼女が出てくる始末。末期になるまでよく放っておいたものだと関心すらしたくなるが、実際だれにも言えないのが現状だった。無論、彼女にも合わせる顔はない。
「なんでここにいるんだよ」、と少しだけぶっきらぼうになってしまった声を投げかければ、彼女は笑いながら待ってましたとばかりに胸を張っていた。その顔は、拾われたばかりのころとは違いひどく高揚している。

「よくぞ聞いてくれました!実はね、かくれんぼしてるの!」
「かくれんぼ?だれとだよ」
「もちろんローと!」

そう言いながら、樽のうえに乗って足をぶらつかせるミョウジ。その姿は至極うれしそうではあるものの、対するシャチの気分は右肩下がりもいいところであった。不機嫌、といったほうが早いのかもしれない。それほど自分の機嫌が悪くなるのを感じていた。
またキャプテンの名前を呼んだ。幸せそうな顔をした。それがとてつもなく分厚い壁のようにすら見えて、さらにその実遠い。シャチはふいと目を逸らしたあと、水に浸した雑巾を床に当ててごしごしとこすりに入っていた。握る手にいくらか力が隠る。

「ふーん。ミョウジってほんと、キャプテンのこと好きなのな」
「うん!だいすき」

――いつものことだ。ミョウジがいつも言っている、好意を示す言葉。いくらがんばっても自身には言ってくれないような言葉だと、分かっているはずなのにシャチは目の前がじんわりと熱くなるのを感じていた。それと我慢を知らず、若干震える声で吐き捨てるように口を開く。

「でも、キャプテンはもっとこう、ボンキュッボンな女の人が好きだからなー!お前みたいなのとは釣りあわねェな!」

ああちがう、こんなはずじゃないのに。二人を応援してやりたいはずなのに。フォローの台詞なんてペンギンのようにつらつらと出てくるわけもなく、だってお前胸ないもんなー、やらこどもっぽいもんな、やら。悪態ばかりが口をついて出る。いつしかミョウジも黙りきって、こっちを痛いくらいに見ていた。彼女の視線を感じたものの、しばらくぐちぐちと言いたくもないことばかり口にする。幻滅しただろうか、一人の友達がこんなことを言いだして、怒るだろうか。もう気分は最悪だった。

「キャプテンだってしかたなく相手してるだけかもしんねェし?」
「…………」
「ああほら、この間だってブロッコリー食えねェってキャプテンに押しつけてたもんな!」
「……シャチ」
「あーあ!キャプテンにお前みたいなのはもったいねェなー!」
「……シャチ、シャチ!」
「…な、なんだよ。最低なやつだろ?ハハ、そんなこと分かってる―――」

乾いた笑いが静かな倉庫に響く。いっそ嫌いになってくれればいい、突き放してくれればいい。そうしたら楽になって、今度こそ二人を応援してあげられるんだから。そう信じてきつくまぶたを閉じれば、なにかがぽろりと目から落ちていった。
ゆっくりと、永遠にも思える時間が過ぎていく。あれだけぼろくそ言われたというのにミョウジは一呼吸置いたあと、まっすぐにこっちを見ながら呟いていた。実に簡単に、疑問をただ口にしただけのように。

「………どうしてシャチ、泣いてるの?」

それにはっとして目の辺りをこすれば、たしかに自身は涙ぐんでいて。サングラスをあげてむりやりぐいぐいと拭えば、ミョウジがその手を止めて裾を差しだす。思わず突っぱねると、さらに突きだして拭われた。その応酬。なにを考えているのか分からないミョウジに知らずと恐怖が浮かんで、今から好きだったやつに嫌われてしまうのかと思うと背筋の奥がぞわぞわする。涙が止まったことを確認したミョウジが、なにかを達成したかのように笑ってからぽてっとした唇を開いた。

「……………シャチ。あのね、私、言ってることがよく分かんなかった」
「はっ、はァ!?なんでだよ!?」
「だってさ、私はローの家族みたいなものだもん。娘がボンキュッボンじゃないから釣りあわないとか、よく分かんない」

ミョウジがそう言い切った途端、二人の間にまた長い沈黙が訪れる。だけれどそれは先ほどの重苦しいものではなく、不意をつかれて呆気にとられたような沈黙だった。焦れたミョウジが首をかしげるが、やがて少ししてからシャチのまぬけな声があがる。

「………えっ?」
「だからさ、うまく言えないけど!私も、シャチも、ロー…キャプテンのこと好きなのに、自分が魅力的じゃないからキャプテンには合わないなんて、思わないでしょ?」
「…おう」
「そうなんじゃないかな。家族だし、クルーだもんね!」

にぱっ、と。いつもキャプテンのことを話すときのように、幸せそうな顔をして「だから私はローに付きまとうのだ〜」とおどけて笑ってみせたミョウジを見やる。家族だし、クルー。その言葉がぐるぐると頭の中をめぐる。おばけのような手つきで舌を出したミョウジはほんとうに年幼なこどものそれのようで、サングラスの奥を点にしていたシャチだったが、ふと今までの二人を見て思いたったようにがたりと立ちあがった。

「じゃ、じゃあ!?ミョウジはキャプテンの、お、…女とか、そういうあれじゃないの!?」
「えー。ローもガキんちょみたいっていっつも言うよ。それこそシャチの言ってたボンキュッボンじゃないの?」
「な、なんだ………」

そうだったのか…と床に座りこむシャチ。ずれたサングラスとキャスケット帽があまりにもへんてこだったようで、ミョウジがくすくすと笑いながら足元にあった雑巾を拾いあげていた。どっと安堵のため息を吐きだして、なあんだ、と笑顔を見せた彼ではあったが、ミョウジに言った数々の嫌みやらなんやらを思いだしてさあっと顔を青くさせる。それに気づいたのか気づいていないのか、ミョウジが床を拭きながらあやしい笑顔でシャチのことを見あげてみせた。

「ねえ。私がローをだいすきな理由は教えたよ。今度はシャチが私のことをだいすきな理由を教えてよ」



きみが運命だった

Shachi / writer by SHINOさま
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