※残酷描写注意


生命の気配さえほんのわずかも感じない、そんな真白な世界で、殺気と狂気にまみれた小さな獣を拾った。


「ロー、お腹が空いたのだけれど」

「テメェの腕でも喰らってろ」


女がローのクルーとなって、もう一ヶ月は経っただろうか。ベッドの縁に腰を据えて、つまらない、と足をばたばたさせる彼女に、ローはもう何を言う気力も持ち合わせていない瞳で、読んでいた医学書を音を立てて閉じた。

女は所謂賞金稼ぎだった。娼婦に見せかけて引っ掛けた海賊を撃ち殺していた。なかなか名は売れているらしいが、情報に疎い彼は彼女を知らなかった。でも、きっとそれでよかったのだろう。安易に自分を殺しに来たことさえ忘れるのならば、彼女は賞金稼ぎだなんて甘っちょろい言葉で収まる人間ではないことを、彼は知っている。


「ああ、敵襲でも来ればいいのに」


彼女は、獣だ。


「……次来たときはテメェに一船まるごとやるよ。だから今は大人しくしてろ」


他者の生を喰らうことでしか生きられない。


「……海賊って、退屈なのね」


女は懐から銃を取り出すと、重みや感触、その他一通りを確かめ始めた。銃が彼女の得物である。それが果たして幾人を無の世界へ堕としてきたのかと考えると、頭の奥が鈍い痛みに襲われたので、やめた。

朱に交われば朱くなる、と云う。それと同じで、殺意に囲まれたものはやはり殺意に満ちるのだ。常に戦場を生きているような海賊だから、他者への慈悲というものはほとんど持ち合わせていない。ローのクルーの中で、人間を殺したことがない人間など一人もいやしないわけで、彼らもまた、胸の内に殺意を秘めている。自分が殺されそうになったとき、容赦無く相手を殺す覚悟だ。しかし、そんな殺意の中で生きてきたローからしても、女は明らかに異質だった。


「それ、お酒?」


ローが傾けていた緑のボトルを指差して、女が問う。口を離せば、中身の液体が音を立てて揺蕩うので、女はゆるりと手を伸ばし、ボトルに触れた。半透明なガラスが映し出す指のこまやかな動きは、妙に性的だった。もう一度一口酒を含んで、それからローは女の後頭部を引き寄せて唇を合わせる。酒を飲ませた代わりにと、その淡い唇を余すところなく貪ってから身体を離した。女からは、いつでも血の匂いがする。その匂いを、ローはどうしても嫌いになれないのだ。


「悪くないわ」

「生き血の方が良かったか?」


女の唇が凄惨な狂気を帯びて歪んだのに気がつかないまま、ローは残った酒を一気に飲み干して、ボトルを部屋の隅まで投げ捨てる。隈の刻まれた目が女から外れたその一瞬に、女はローをベッドに組み伏せて、彼女の相棒である銃をその額に向けた。銃口の奥で、鉛玉が転がる音がする。狂気にあてられたその得物までが、殺意を孕んでいるのだろうか。


「あなたの血をくれるの?」

「ほざけよ」


ローは嗤う。片手で銃を構え片手でベッドに手をつき身体を支えている、その体勢を見れば、女にやる気がないのは明らかだ。その気になればいくらでも抜けられる程度の、拘束とも呼べぬ拘束である。お返しだとでもいうように、手近に転がっていたメスを引っつかんで、女の支えていた腕を崩し首に突き付けた。女の銃はローの額に、ローのメスは女の首に。真白な喉元に銀が煌めく様は、息を飲むほどに妖艶で甘美で、二人が何よりも求めているものなのだ。


「二人一緒に地獄へ行くか?」

「嫌よ。私、あなたの心臓をもらうまで死ねないもの」


飽くまでその女の狂気を感じていたかったのだ。街で娼婦を抱くときよりも、敵船の船長の首を切り落とした瞬間よりも、女の狂気に包まれる時間は心地好い。俺も大概イカれちまったもんだとローが自嘲すれば、女はそれを慰めるように、潮風に乾いた唇をそっと撫でた。脱力してメスを投げ捨てると、首がわずかに掠ったのだろう、赤い線が横に一筋、鮮やかに白を彩っていた。首輪みたいだ、とローは思った。女と彼を繋ぎとめる血の首輪。繋がれているのは女か、彼か、分かりはしなかったけれど。


「私の血あげたんだから、代わりにあなたの心臓、頂戴ね」



おんなじ心臓に溺れる

Trafalgar・Law / writer by 和水
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