きっとさ、と不動が言う。
 きっと、またいつか、こうして会うんだろうな。
 不動は真新しい、降り積もったばかりの雪を踏み歩く。これほど雪が積もるなど久しぶりだ。真っ白い、誰もまだ汚していない雪。これほど雪が積もるのは数年ぶりのような気がする。冬の朝は静かだ。ようやく空が明るくなった朝に歩いているのは俺と不動しかいなかった。

「何故そう言い切れる」
「知っているからだよ」
「なにを」
「俺が強くてお前が弱いってことさ」

 不動は振り向かない。俺より先に歩いて、誘う。いつだってそうだった。不動は俺の知らない道を進んで、危なくない、と、怖くない、と、そうやって振り向かずに誘うのだ。もうそんなことをしなくても、俺は歩いていける。隣に並ぶことだって、お前を追い抜くことだってできる。しかし俺が追い抜けば不動はきっと立ち止まるから、そうしなかっただけだ。

 不動に別れ話を切り出したのは、雪が降り始めた昨日の夜のことだった。

「お前は、弱くなったな」
「鬼道クンは、強くなったね」
「あの頃と反対だ」

 その言葉に不動は肩を震わせた。笑っているのだ。
 昔はそんな風に、不動は簡単に笑わなかった。いつだって何かを睨みつけて、世界の全てが敵であるといえるような強さを持っていた。あれから何年も経って、不動はよく笑うようになった。たまに泣くようになった。どうにもならないことを、やはりどうにもならないことだと、諦めて、口から零すことが多くなった。不動は、弱くなってしまった。
 俺はといえば。昔はひっそりとよく泣いた。どうにもならないことを、やはりどうでも鳴らないことだと諦めて、ぼろぼろぼろぼろ目から涙を零していた。そんな俺を不動は見つけては、何も言わずにそこにいた。最後に泣いたのはいつのことだろう。思い出せないくらいには、遠い日のことだ。
 強かった不動は弱くなって、弱くなった俺は強くなってしまった。だから言ったのだ。別れよう、と。
 不動は目を見開いて、ぱちん、と一度瞬きをした。そうしてまた一度瞬きをすれば、そこには水の粒があった。ぱちん、ぱちん、と瞬きをするたびに生まれてくる涙を、拭ってやることはしなかった。
 わかった、と不動はそれからしばらくして、頷いた。その日は寒かったので抱きしめ合って眠ったが、不動は声も出さずに枕を濡らした。そうして、まだ夜が明けきらないうちに、俺の身体を揺さぶって起こして、散歩にいこう、と誘ったのだった。

「俺さ、お前がいたせいで、こんなに弱くなった」

 恨みがましい台詞とは裏腹に、口調はどこかすっきりとしている。

「俺は、お前がいたから強くなれた」
「だから、さよならなんだな」
「あぁ、さよならだ」

 強かった不動が好きだった。何も恐れずに、俺を守ろうとする不動が好きだった。壊れ物を扱うかのように俺に触れる不動の指が、好きだった。
 きっと不動は、弱い俺が好きだったのだろう。だから、不動の目から零れる涙を拭うたびに、あぁ、と更に泣きそうな目で俺を見た。
 その時に感じたのだ。俺たちは別れなければならないのだ、と。何故だかそれはすとんと俺の心の中に落ちてきた。

「昨日泣いたのは、別れが辛いからじゃなくて、お前が俺を手放せるくらいに強くなってしまったことが悲しかったんだ」

 ばいばい、弱虫だった鬼道クン、と不動が茶化す。そして、不動は初めて俺を振り返った。

「きっと、また会うよ。俺は独りだと強いけど、お前は独りだと弱いから。きっと強くなった俺は弱くなってお前を求めるし、お前もまたそうだ。そうして俺たちはまた、出逢うよ」
「そうしてまた恋をして」
「そうしてまた、別れる。だって、俺は鬼道クンのせいで弱くなって、鬼道クンは俺がいたから強くなれた。別れて元の自分に戻ったら、またお互いを求めるだろ」

不動は笑う。泣きそうな顔で笑う。

「ばいばい、鬼道クン」
「さよなら、不動」

 また恋をするその時まで。

 俺は不動を追い越した。不動は追いかけてはこなかった。振り向かない。不動は、泣いているだろうか。いいや、きっと泣かない。独りのあいつは、そんなに簡単に泣かない。だから独りの俺は、静かな冬の朝に、その静寂を壊さないように、少しだけ泣いた。

 これは、俺と不動が初めてした別れ話で、
 そして、いつかまた来る、別れ話だ。







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