魔女だ、と声がする。
 誰かが口にした言葉は広がり次第に大きくなる。魔女だ、魔女だ、魔女を殺せ!
 
 見なければならない、と思った。
 文字でしか見たことがない彼女の最期。魔女として断罪される姿を。
 止めてはいけない。歴史が変わってしまうから。そう口が酸っぱくなるほどに言われ、ただひとり遠く彼女の最期を見るためにここにいる。見てはいけない、きっと壊れてしまう。親友はそう忠告していたけれど、もうとっくに壊れているのではないかと俺は思う。ここに来たのはただの事実確認だ。本当に彼女は燃やされたのか。既に知っている事実をなぞるように、彼女は広場に引きずり出された。ほとんど目に光がなく、縛り付けられても他人事のようにそれを見ていた。火を点けられるまでは。
 火が点けられた瞬間、その光に釣られるように彼女の目に光が戻る。あぁ、残酷なこと。いっそとうに正気を失っていれば。
 
 神様!

 久しぶりに聞く彼女の声は、恐怖に支配されていた。あの穏やかな、心地よい声ではなく、高く引きつった声で何度も神を呼ぶ。でも俺は知っている。誰も彼女を助けてはくれないのだ。
 火の勢いが強くなる。神様、神様、あぁ、神様!
 ――目が、合った。
 涙に濡れ、すぐに乾く。瞳の中では炎が揺れている。そんな目は、残酷にも俺を見つけたのだ。喉がからからに乾いていく。彼女の名を呼ぼうとして、けれど喉は引きつったままで。
 彼女は笑った。もちろん、再会を喜ぶものではなかった。何故ここにいるのかと絶望的な顔で、もしかしたらそれは俺を責めるものだったかもしれない。けれどそれを確かめる前に、彼女は炎に飲まれてしまった。

 神よ、全てを委ねます。

 それきり彼女は動くのをやめた。叫ぶのをやめた。俺の名を呼ぶこともなく、彼女はそのまま焼かれ、灰になっていった。


 魔女だ、と声がする。
 ゆっくりと振り返る。魔女だ、魔女だ、魔女だ。悪魔と通じている。殺せ、燃えてしまえ!
 俺は笑った。あぁ、なんて醜い。彼女はあんなにも清廉で、美しく、優しかったというのに。なんて醜いのだろう。魔女も悪魔も、お前たちのことじゃないか。
 魔女だ、魔女だ、悪魔だ、殺せ、燃やせ。声がする。それは俺の中から響いている。目を瞑る。悲鳴が聞こえる。足元で何かが爆ぜる音がする。うるさい、燃え尽きてしまえ。彼女を断罪したおまえたちを、俺が断罪してやる。
 頭の中で響く声に俺は従った。もしかしたらそれは、悪魔の声かもしれなかった。



「彼女は神様のところに行ったんだ」

 そう霧野先輩は言った。あの日帰ってきてから口にすることのなかった彼女のことを、何の気まぐれだろうか、俺に語る。

「神様のところに行ったんだ。彼女は神様の傍に仕えることにしたんだ。彼女が燃えた瞬間に、俺、安心したんだ。これでもう彼女が誰にも汚されないって。もう二度とこんな世界に生まれ変わらないんだって。だから俺、彼女が燃やされるのを見て、止めなかったんだ」

 霧野先輩からあの日以来何か焦げくさい匂いがすることを誰か他にも気づいているのだろうか。それは何度身体を洗ったとしても不思議と消えない。もしかしたら俺だけが気づいている。そして霧野先輩は俺が気づいていることに気づいている。そのことに俺は気づいている。そんな俺に、先輩は語る。

「彼女は神様のところに行ったんだ。だから、これでよかったんだ」

 俺は何も言えなかった。
 彼女の幸せを願う彼の姿が、まるで悪魔に作られたかのように美しかったから。
 彼と彼女は死んでももう二度と逢えないだろうという、ただそれだけの話だった。








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