鬼道というやつは本当に駄目な奴だ。そんなこと、ずっと昔から知っていたわけだが、ここ最近は特にそうだった。そしてその尻拭いをさせられるのは毎回毎回、俺だった。
 最近の鬼道は、女の子と付き合っては3日で別れる、というのを何度も繰り返している。付き合い始めて数時間は、今度こそ、と気合いを入れている鬼道は、三日後の夜には泣きそうな声で俺に電話をしてくる。あぁ、どうしてうまくいかない。何故駄目なんだ。そんな鬼道を俺は罵って、たまにはぐずぐずになっている鬼道のとこまで会いに行って一発頭を叩いて、次の日また女の子と付き合い始める鬼道を見届ける。そんなのの繰り返し。もはや源田や佐久間は我関せずといった態度だが、鬼道は毎回俺に電話をしてくるので、溜息を吐きつつも俺は鬼道から女の話を聞き続ける。奴の女癖が悪くなった原因が俺だからだ。
 このままでは駄目だ。と、鬼道は何度も口にした。いつまでたっても、総帥、総帥、と。女々しく泣いて喚いて、こどもみたいに。だから、サッカーや勉強に精を出してみるものの、そこでもあのひとのことが頭をちらついて離れないんだ。どうするべきだろう、なぁ、不動。あぁ、俺はこのままでは駄目だ。駄目なおとなになってしまう。それはきっと、あのひとの望まぬことだろうに。お馬鹿で愚かな鬼道クン、と俺は鼻で笑ってやった。だったら、恋愛でもしてみたらどうだ。別の人間のことで頭がいっぱいになれば、きっとあいつのことなんか、すぐに忘れられるだろうさ。
 結果としてお馬鹿で愚かな人間は俺だったわけで、俺が笑ってやった次の日から、鬼道の女癖はそれはもう、酷くなった。まず、付き合い方が、俺からしたらとても、「ないわー」と思わず言ってしまうくらいである。変な格好したって、融通の効かない性格をしていたって、鬼道はたいそうよくモテた。頭は良いし、スポーツは万能だし、おまけにお坊ちゃんだった。そんじょそこらのお坊ちゃん、じゃない。あの鬼道家のお坊ちゃん、なのだ。それはもう、俺が女だったら間違いなく一回は玉の輿を狙うくらいのお坊ちゃんなのだ。だから鬼道はよくモテたのだが、本人は「今はサッカーで忙しいんだ」と、バッサリ切り捨ててきた。今まで。それが今では、とっかえひっかえ。おいおい、昨日のあの子はどうしたんだい、鬼道クン。と皮肉たっぷりに聞いてみても、あぁ、別れた、と返ってくることが数度だったので、もう俺は鬼道がどんな女と歩いていても、何も口にしなかった。
 一芸入試、ならぬ、一芸告白、というのをさせているのだという。なんじゃそりゃ、と俺は呆れたのだが、鬼道は大真面目だった。相手は俺のことを知って告白してきているんだろうが、俺は相手のことをこれっぽっちも知らないんだぞ。相手の良いところを、知るのにはこれが一番だろう、と首を傾げる始末である。こいつ、恐ろしいほど恋愛に向いてない。ちなみに一番最初に付き合ったのが、学年一頭が良いという一個上のお姉さまだった。その次に付き合ったのが、陸上で全国まで行ったという、別のクラスの女だった。更に次のに付き合ったのが、一流シェフもびっくりなくらいの天才的に料理が美味い後輩だった。けれど鬼道はどの女もしっくりこなかったらしく、自分から振ったり、振られたり、を繰り返している。そのたびに電話をしてくるので溜まったものではないが、原因は俺にあるともいえなくはないので、俺はすっかりこの女癖の悪さを正すのを諦めてしまった。俺は最近すっかり、いつ鬼道から電話がかかってくるかと不安で、不眠気味だった。こんなに女癖が悪いんだから、噂になって、誰も鬼道を相手にしなくなるだろうと思ったが、逆にチャンスだと思ったらしい。女は毎日のように鬼道に告白しにくる。すぐ振られるかもしれないとわかっているから後腐れがないし、万が一うまくいったなら、玉の輿だからだ。うん、いいね、女って玉の輿狙えるから。なんて、僻んでみたり。
 不動、あぁ、不動。俺はなんて駄目なやつなんだ! と毎度飽きないものか、今日も深夜の三時に鬼道は半泣きの声で電話をしてきた。そうだなお前は本当に駄目なやつだよ俺の睡眠を邪魔すんじゃねぇこの馬鹿野郎! と電話に叫び返し、また、大きく溜息。

「何故、こうも長続きしないのか。自分を過大評価するつもりはないが、スペックは悪くないと思うのだが」
「中身が根本的に恋愛に向いてないんだよおまえ。超めんどい」
「別に俺は恋愛がしたいわけじゃないんだ」

 あ、こいつ駄目だ。わかってたけど駄目だ。
 あくまでこいつがしたいのは恋愛をすることであの男を忘れることであって、欲しいのは彼女じゃない。何処までも溺れて、何もかもを忘れられる麻薬だ。俺は途端に鬼道の付き合ってきた彼女たちが哀れになっていく。かわいそう、かわいそう、もう二度とこんな馬鹿な男にひっかかるなよ。こいついいとこ金持ちなとこだけだぞ。

「ドラマのような恋がしたい」
「随分とロマンチストなんだねぇ、鬼道クン。昼ドラとかいいんじゃない。愛憎たっぷりな感じなの」
「運命的な出会いがしたい。そうすれば何かが変わる気がするんんだ」
「じゃあ舞踏会でも開けばいいじゃん。女の子沢山よんでさぁ、将来の嫁見つければ。うんうん、そこで可愛い子見つけて一緒に踊って、12時なったらその子が硝子の靴を落として逃げちゃって、後日その靴にぴったりなお嬢さんを見つけてやりゃあいいんじゃないの」

 あほらしい、と欠伸をひとつ。明日だって朝連あるんだぞ。
 ぼそり、と鬼道が何かを呟いた。聞き取れなかったので、ん、と聞き返す。すると、先ほどより大きな声で、それだ、と鬼道は繰り返した。かくして俺は自分の失言を悟るわけである。

「それだ、不動。パーティーを開こう。それはもう、盛大な。余所の学校も誘って、親善パーティーだ」

 次の日学校に行けば既に鬼道は生徒会と理事長校長以下教師と交渉し、月末に近隣の学校を招いての親善パーティーを開くということを決定事項にしていた。行動力とカリスマ性がある馬鹿は恐ろしい。頭が良い馬鹿は性質が悪い。自分の行動を顧みない。
 もちろん、おまえも参加するだろう、と鬼道は聞いてきたが、俺は曖昧に返事をした。行くわけないだろ。せっかく部活も休みになるっていうのに。

 というわけで月末俺は、割烹着を着て寮の掃除をしていた。実は結構おばちゃん世代にはウケがいい俺は、部活が休みだと知った寮母に寮の掃除を頼まれたわけである。もちろんタダではない。寮の中の切れた電球を変えたり窓に張った蜘蛛の巣を払うだけで臨時収入が貰えるなんて、ちょろい仕事だ。パーティーしている裏で埃かぶりながら掃除って俺はどこのシンデレラだよ、と笑ってしまうが、魔女も鼠もいないからパーティーに連れ出される心配もない。
 なんて安心していたのだが、魔女も鼠もいないが馬鹿と馬鹿はいたらしい。またの名を源田と佐久間という馬鹿だ。「なかなかこないから迎えに来たぞ」と心配顔で言ってくる馬鹿と、「パーティーあるってのに掃除とか馬鹿じゃねぇの。あと割烹着とかマジうける」と余計なことを言ってくる馬鹿だ。

「鬼道が、不動はどこにいるんだって煩いからな。たぶん次の彼女候補がどれがいいか、お前に聞くつもりなんだな、たぶん」
「うげぇ。絶対いかねぇ。俺、今、寮の掃除バイトしてんだよ」
「それはさっき終わったと寮母さんに聞いたぞ」

  いやだ、絶対行かない、と喚く俺を、佐久間と源田は押さえつけて無理やり制服に着替えさせる。わぁなんて素敵なドレスなのかしら、なんて絶対言うもんか。制服だし。
 いいか、不動。俺を睨みつける佐久間の目は座っている。

「ここ最近、鬼道の女癖が悪いのは、おまえが原因だ。おまえが責任をとれ」
「責任って何。結婚しろってこと」
「お前がお前の首を絞める真似しなければ、こんなことにならなかったのに、更に首を絞めて」

 茶化しても、佐久間は笑わなかったから、俺も口元から笑みを消した。
 じゃあ俺、どうすればよかったんだよ。お前だったらどうしたんだよ。


 学校に到着すればすでにもう夜で、余程の祭り好き以外、ほとんどが帰っていた。俺は久しぶりに会う円堂たちと少しだけ話して、そして懐かしい面々との会話に花を咲かせていると思っていたあの馬鹿の姿がないことに気がついた。鬼道は、と聞くと、あれ、そういえばどこいったんだろう、と皆があたりを見回す。けれど風丸が派手に飲み物を零したりして、すぐその話題も消えた。ハンカチを持ってわぁわぁ騒ぐ連中の間をすり抜け、俺は鬼道を探す。パーティー会場となっている体育館にいないとすれば、グラウンドか部室か。ここまで拘束するようにして俺を連れてきた佐久間と源田を横目で睨みつけながら、俺は走った。
 結論からいえば、サッカー部室に、鬼道はいた。机に突っ伏して、起きているけれど、拗ねているのか。不動か、と顔を上げず鬼道は尋ねる。うん、あたり。返事の代わりにむき出しの首を撫でる。くすぐったそうに身を捩る。運命の出会いとやらはあったかい、鬼道クン。なかったからこうして落ち込んでいるんだ、不動。だよね、と俺が笑うと、鬼道はますます不貞腐れた。

「なぁ、鬼道クン。踊ろうか」

 ちら、と鬼道は顔を上げて俺を見た。俺は手を伸ばす。慰めにも似たような気持ちで。鬼道に、俺に。ふたりきりのパーティー。
 ゆっくりと、鬼道は手を掴んだ。
 
 BGMも何もなく、へたくそなステップを踏み、たまにぶつかり、俺たちは踊る。じゃれあい、のようにも、喧嘩、のようにも見える気がした。気まぐれと慰めの気持ちで差し出した手を、何故鬼道は手に取ったのだろう。鬼道の手は暖かくも冷たくもなく、けれど体温は泣いている。寂しいと全身で叫ぶ。慰めるように俺はその手を指先で撫でる。だからこそ女どもは鬼道を放っておかなかったのだろうか。母性本能とかいうのを、擽られて。
 鬼道が女と付き合うたび、俺の目の前は灰色に染まっていった。心のどこかが、ちりちりと燃えて崩れて、灰になるのだ。自分から生まれた灰を被って、俺の世界は灰色になる。
 ――シンデレラ、12時になる前に帰らなければならないよ。12時になったら、魔法が解けて、しまうから。

「鬼道、俺お前が好きだよ」

 ――友人や、仲間という、魔法が、解けてしまうから

 目を見開く鬼道を突き飛ばして、俺は走った。俺はお姫様じゃないから、硝子の靴なんか落とさない。
 跡形もなく、綺麗に消えてやる。見つけられるシンデレラなんかにはならない。なれない。泡になるように、消えてしまいたい。そっちのほうが、お似合いだ。

 けれど俺はお姫様でもないわけでシンデレラにも人魚姫にもなれないわけで硝子の靴を落とさない代わりに泡にもなれないわけで、つまるところ俺ができるのは走って逃げることだけで、お坊ちゃんといえど普段鍛えている奴からは逃げることはできても逃げ切れることはできないわけで、結局派手に転んでしまえば捕まるのは早かった。

「何故逃げる!」
「うるせぇええええ! 空気読めよ! 追いかけてくんなよ!」

 地面に派手に転んだ俺をひっくり返して鬼道を襟元を締めあげてくる。ぎぶ、はなして。あぁ、もう、どうにでもなれ! ぎゅうっと目を瞑って俺は叫ぶ。

「お前、女とっかえひっかえして、それを目の前で見せられた俺の気持ちなんかしらねぇだろ! あいつらより俺の方がお前を知っているだとか、女々しいこと考えて、お前が電話してくるたびに胃がキリキリするし、でも俺が馬鹿なこと言ったから馬鹿なお前が実行して、それでまた首締められて、そんな気持ちしらねぇだろ!」

 俺がどんだけお前のこと好きかもしらねぇのに、追いかけてくるなよ!
 みじめだろ、なぁ。

「目を開け」
「やだ」
「目を開け!」
「やだったらいやだ!」

 開け開けと鬼道は俺の首をがくがく揺さぶる。お前は俺を殺す気か。けれどそのうち本当に限界がきて、睨みつけるために俺は目を開く。しかし、目に入った鬼道を見た瞬間、俺は睨みつけることはできず、目を見開いた。

「告白だなんて、初めてされた」

 真っ赤になった鬼道は、震える唇でそう告げた。
 嘘だろ、と俺は言った。嘘じゃない、と鬼道は返す。告白、されたにはされた。けれど、みんな、俺のことを、俺自身のことを、そんなに真剣に見てくれたことがなかったから。さっきみたいに、俺のことが好きだと、こんなに響くくらいに、言われたのは初めてだ。

「だってお前、あの子たちの中身を見たことなかっただろ。一芸告白なんかさせて」
「それは、その、まぁ……」
「一芸だったら、俺にだって最高なの、できるぜ」
「なんだ、サッカーか」

 そんなの、お前にだってできるだろ。円堂たちにだって。でも、俺にしかできない、とびきりに最高なのがひとつ、あるんだ。

「俺、お前を惚れさせること、できるぜ。知らなかっただろ」

 首をひっつかんで、噛みつくようにキスをしてやれば、鬼道はさらに真っ赤になった。ほら、合格だろ。








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