すごく変なひとだとは思う。こちらを何もかも見透かしたような顔をして、表情はころころ変わるが、ある意味仏頂面の多い鬼道監督よりも何を考えているかわからない。

「剣城、練習付き合えよ」

 誘いの言葉ではあるが、拒否権を不思議と行使させない。ボールを扱う足の動きは、飄々とした態度を取っているものの、かなり上手い。ニュースで話題になることも多い選手のプレイを、テレビで見るのと実際に見るのでは大きく違う。俺だって、シードとしてそれなりに訓練を受けたし、一年ではあっても実力はあるほうだ。けれどやはり、選手として生きてきた月日が違う。ポジションこそ違えど、茶化すような口調でも指摘は的を射ている。練習に付き合えと言いつつ、実際のところ俺のために誘ったのだろう。本気で自分のために練習をやるなら子供を相手にしない。何故このひとがこんなにも俺を気にかけるのか、俺にはさっぱりわからないが。

「……上手いですね。やっぱり」
「おまえも一年にしちゃ出来る方だけど、まだまだ荒いな。まぁ、俺が言えたことじゃねぇけど、サッカーは個人技が出来るやつが一人いるよか、チームがまとまってるほうが試合の流れも良くなるもんだ」

 ほい、と飲みかけのスポーツドリンクを渡される。会釈だけして、遠慮なく飲んだ。いつの間にかかなり汗をかいている。不動さんは長い髪を今は一つに括っていたから、俺の位置からではそのうなじがよく見えた。そこに流れる汗に、なぜか思わず目を逸らす。
 少しだけ高くなる心臓の鼓動に、わけのわからないものを感じながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「なんで俺を気にかけてくれるんですか」
「俺に似てるから」

 ぱちん、と瞬きして再び不動さんに戻す。似ているだろうか。ポジションも違うし、確かに口があまり良くないところは少し似ているだろうけれど、それくらいのような気がする。

「まぁ、俺と似てるっていうとちょっと可哀そうだけど。おまえ、俺よりずっと真面目だし。もうちょっと気抜いて生きられないの」
「ほっといてください」
「おまえちょっと前まではチームと揉めてたらしいじゃん。俺もおまえの年くらいで選抜チーム選ばれたときは揉めに揉めまくったね。特に鬼道ク、……鬼道監督から俺めちゃくちゃ恨まれたし。昔ちょっと悪さしたときのこと根に持ってさぁ」

 今、言い直した。
 島で鬼道監督と合流してから、何かと2人がこっそり抜け出す姿を見てきた。あまり気にしないようにはしてきたが、食事の度に2人そろっていないのを、円堂監督が探しに行っていたのを覚えている。それがどうにも引っ掛かっていたのだ。別に、古い仲間であるなら、親しく話をするのだって当たり前のことなのに。
 もんもんと考える俺を見て、不動さんは笑みを深くする。何を考えているのかわからない目を細めて、こちらを見た。

「知りたい? 俺と鬼道監督のカンケイ」
「……別に、」
「嘘。すごぅく、知りたそうな顔してる」

 舌を舐めるその姿が、妙に色気を感じさせる。なんだか、空気が少しおかしくなってきた気がして思わず不動さんから少し離れようと後ずされば、その上に覆いかぶさってくる。横に手を置かれてしまえば抜け出すことはできない。不動さんの顔が、近い。

「教えてやるよ」

 にぃ、と笑って、先ほど舌で舐めた唇が濡れているのを確認した直後、その唇が俺の唇に押しあてられる。反射的に突き飛ばそうとし、今の場所的に突き飛ばしてしまえば怪我をさせてしまいそうで、それ以上に何故か離すのが嫌で、あげた手はそのまま不動さんの服を掴む。舌が入ってきた。口を開けるが舌は逃げる。それを追うように、不動さんは舌を伸ばしてくる。息が荒くなってきたのに気付いた不動さんが、顔を離した。そうしてまた、舌で唇を舐める。

「こういうことしちゃうカンケイ」
「俺となんかして、大丈夫なんですか。浮気でしょう」
「いいのいいの。俺、浮気性だから」

 ねぇ、もう一回やろ。妖艶な笑みで、そう誘われてしまえば、断ることが不思議とできない。次第に迫ってくる顔に、ぎゅうっと目を瞑る。
 風を切る音がした。そう認識した次の瞬間に、盛大に何かがぶつかる音がする。

「いってぇ!」

 目を開ければ不動さんが頭を手で押さえている。あたりを見回して、少し離れたところにサッカーボールが落ちている。そしてそのさらに先、こちらに向かって歩いてくる鬼道監督の姿を見て、俺の顔から血の気が引く。見られてきた。いくら誘ってきたのが不動さんでも、何の抵抗もせず恋人が他人にキスなんかしているところを見れば、普通は怒る。表情が顔に表れていないだけ、そのサングラスの奥の瞳がどんな風に俺を見ているのかわからない。
 鬼道監督は俺たちのすぐそばまで来たが、俺のことは一瞥するだけだった。

「すまないな。碌でもないやつで」
「い、いえ」
「お前も手当たり次第に誰とでもキスをするのはやめろ。よりによって俺の生徒に」
「いいじゃん。けち」

 べしん、と今度は手で叩かれ、不動さんは少し涙目になる。容赦がない。
 手を掴んで俺を立ちあがらせた鬼道監督は、俺にサッカーボールを渡す。先ほど不動さんに渡したやつだ。

「これを持って先に戻っていてくれるか。俺はこいつと話がある」
「じゃあね」

 ひらひらと不動さんは先ほどのことなどなかったかのように手を振る。けれど、また小さく唇を舐めたので、その仕草が先ほどのことなど夢ではなかったと突き付けるのだ。

「ああそうだ、剣城」
「はい?」

 このままここにいるのも気まずいし、早く帰ろうと思った俺を鬼道監督が呼びとめる。

「絶対に、振り向くなよ」

 鬼道監督は俺を責めなかったが、その言葉は絶対的だった。ひやりと背中に汗が流れる。小さくうなずく仕草だけして、俺は急いでその場を去った。早歩きは次第に走りへ変わる。息が切れるくらいに走って、止まって。肩で息をして。落ちついて。それでもまだ心臓の鼓動は早いまま。
 振り向いたら。鬼道監督は何をしていたんだろう。正確には、何を不動さんとしていたのだろう。鬼道監督は、俺のことを責めなかった。ただ、それだけだ。どんな瞳で俺を見ていたのか、結局俺は知らない。
 はぁ、と息を吐いて、手を唇に持っていく。普段乾燥していることの多いそれは、少し濡れていて。思わず顔を抑えて呻いた。
 顔が、熱い。







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