鬼道の顔が赤いのに気がついたのは、鬼道が家に来てすぐのことだった。赤い、と額に当てると、確かに熱がある。鬼道は、あぁ、やけにぐらぐらすると思ったんだ、と少し潤んだ瞳で言いながら帰ろうとしたけれど、このまま帰らせて道中に倒れたりしたほうが困る。とりあえずあんまり綺麗とは言い難いベッドに寝かせて、携帯を弄って迎えを呼ぼうと思ったが、それを止めたのは鬼道だった。寂しい、と少し鼻声で呟く。寂しいなんてことは、ないだろ。たぶんこのままここにいるよりは手厚く看病してもらえる。けれど、鬼道はやだやだと首を振った。駄々っ子か。このわがままめ。
かといってうちには風邪薬は無い。普段風邪ひいたときはどうしたっけ。思い返しても、ひたすら寝ていたことしか記憶にない。看病してくれるような人間がいなかったのだから、薬はなかったし、なんとか適当に飯を食って、治していた気がする。昔、ずっと昔だったら、母親あたりが看病してたのかもしれないけれど。困った。看病された記憶がないから、どう看病すればいいのかわからない。冷えピタなんてないけど流石にシップを額に張るのはやばいよな。冷凍庫の中確かめてみるか。しがみつこうとする鬼道をとりあえずひっぺ剥がし、肩まで布団を掛けてやる。再度掴もうとする手も布団の中にいれて、すぐ戻ってくるからと言えば、ぐずぐずと涙声で、すぐにだぞ、とこんなときでも偉そうに返すものだから笑ってしまう。
 冷凍庫を見たが、氷は作ってなかった。そうだ、佐久間の奴が夏にかき氷を作ろうとか言ってペンギン型のかき氷製造機を持ってきたのだ。それで全部使って、もうそのあとは全然氷を作ってなかった。けれど、近所のスーパーで貰った保冷剤があったから、それを取りだす。タオルを巻けば氷嚢に代わりになるだろう。
 ベッドのところまで戻って、鬼道の額に保冷剤を置いてやる。冷たい、と呻く声がする。流石にこれだけじゃ熱は下がらないだろうから、薬も買って来なければ。あと冷えピタ。鬼道が寝返り打つとすぐ落ちてしまう。くすり、かってくるから。耳元でゆっくり声を掛ければ、小さく頷く。リモコンで暖房の温度を上げた。普段はつけることすら少ないけれど。財布だけ持って、俺はアパートを飛び出して薬局へと走った。冷たい風で喉が痛い。けれどあの少し潤んだ顔の駄々っ子の鬼道を思い出すと、どうしても足は考えるよりも先に前に進む。とりあえず、冷えピタと風邪薬と、あとポカリを買った。財布の中身はすっからかんだ。ポイントが増えても嬉しくない。すぐに薬局を出て、がさがさビニールを鳴らしながらアパートに戻る。俺はこんなに足遅かったっけ。けれどアパートに戻るとあれから二十分も経ってなかった。熱に呻く鬼道の額に冷えピタを貼って、薬を取りだす。あ、でも薬って胃になんか詰め込まなきゃいけないんだった。お粥ってどうすればいいんだろう。米と水ぶっこむだけでいいんだろうか。炊飯器に少しだったらまだご飯が残っていることを思い出した。鬼道はうまく寝られないようで、何度も寝返りを打っている。お粥と薬を胃の中に入れるなら今のうちだろう。台所に行って、ちっちゃい鍋に水を適当に入れる。お粥なんか作ったことがない。とりあえず、沸騰させて、米をぶち込んでみれば、すぐに沸騰して吹きこぼれたから慌てて火を止めた。駄目だ、普段の自分らしくない。変に、焦っている。とりあえず味がないのはやばいだろうから適当に卵を入れてみたけれど、いかにも不味そうな感じになったし、実際食べてみたらあんまり美味しくなかった。それでも食べないよりましだろう。風邪であまり味がわからないといいのだけれど。
 鬼道を少し揺さぶれば、すぐに起きた。やはり寝られなかったみたいだ。レンゲでお粥を掬って、冷まして口に近付ける。鬼道はのろのろと口を開いたが、五口くらいで食べるのを止めてしまった。思わず、ごめんと謝る。何故、と鬼道は首を傾げた。お粥、不味いだろ。作ったことがないから、どんなだかわからなかったんだよ。
 こんなことだったら、薬局でレトルトのお粥買ってこればよかったんだ。お金なかったから仕方がないけど。珍しいくらいにしおらしく項垂れる俺の頬を、鬼道の手が撫でた。熱い手だった。
 おまえがそばにいるなら、それがいちばんのとっこうやくだ。
 もしかしたらカッコつけてたのかもしれないけど。鼻声で台無しだ。俺は思わず笑って、その手を掴んだ。うん、だったら傍にいる。だから、早く風邪治せよ。鬼道は、また、カッコつかない鼻声で、ああ、と頷いて目を瞑る。今度はすぐに、寝息に変わった。







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