合宿で作るもんって言えば大概カレーと相場が決まっているもので、俺が涙目になって玉ねぎを切っているのもそのせいなわけで、さらに言うなら玉ねぎのみじん切りの係を俺に押し付けた南沢さんのせいでもあった。だってお前片目隠してるからその分染みないだろとかわけのわからない言い訳に押し流されて、本来俺が切るはずだった人参ですらもなんだかんだで三国さんに押し付けて、要領の良い南沢さんは涙目になりながら玉ねぎを切っている俺を冷やかしている。片目隠しているから玉ねぎが染みないだなんて、そんなことあるはずないだろ。きっとこのひとは馬鹿なんだ。馬鹿だから内申とか狙わないと高校いけないんだ。そう思わなければやっていけない。
 そもそもカレーなんだから別にみじん切りじゃなくていいだろ、と思ったものの神童玉ねぎ苦手だからなーと苦笑している霧野を見て、あ、絶対こいつがそう決めたんだ、と確信はしたもののかといって玉ねぎを残そうにも残せない生真面目な性格をした神童がまた食事時にも関わらず憂鬱な顔をしてカレーと向き合う姿が容易に想像できたので、仕方がなくこうして南沢さんに押し付けられつつもみじん切りするしかないのである。件の神童はお坊ちゃんなせいか包丁の扱いがものすごく下手だったので、さっきから皿を洗ったり並べたりしていたものの、一枚うっかり割ってしまってからは完全に戦力外通告されて、泣きそうな顔をして椅子に座っていた。どっちにしても泣くんじゃないか。
 南沢さんの包丁の使い方は、下手、というより面倒くささがすごく見てとれるので、ジャガイモを切れば平気で芽は残すし、人参も適当に切るので、まぁこうして押しつけられた方が確実に安全なカレーを食える。そもそも合宿自体に乗り気じゃなかったこのひとは当然料理なんかする気がないのだ。そのくせたぶん平気な顔してカレーを食うのだと思うとやはり割を食うのはこうして押しつけられてる自分な気がして、せめてさらに盛る時はこのひとの嫌いなものを乗っけようと思ったが、思い返せばこのひとのことをそんなに知らない気がして、少しなんだか複雑な、気にもなってみたりもして。

「南沢さんって何か怖いもんあるんですか」
「まんじゅう」
「……あんたってそういうひとですよね」

 普通にやればサッカーも上手いのに真面目にやろうとなんかしたことは数度しか見たことない。内申内申言ってて休み時間にたまに遊びにいけば澄ました顔で参考書広げたりして、こうだけにはなりたくねぇな、と呆れた顔で見ることは片手じゃ足りないくらいだ。なんだか、そういうのがいちいち気に喰わなくて、でも顔だけは良いからそういうのが似合うことにもまた腹が立つ。
 手に鋭い痛みが走って、慌てて見てみると、指に赤い線があった。それが溢れて堕ちる前に、エプロンに押し付ける。ティッシュを何処にやったかなんて思い出せない。

「南沢さんティッシュ持ってます?」
「なんで。あぁ、切ったのか。鈍臭いなお前」

 そりゃあ、あんたみたいに後輩にちゃっかり仕事押し付けるほど要領なんかよかぁないですよ。と口を尖らせてるうちに、首にかけていたタオルで、止血される。なんだかちょっと高そうなタオルだったけれど、ティッシュ探しにいくのめんどくさいしな、と流されたので、俺も追求する機会というのを失った。

「代わる」
「どういう風の吹きまわしですか」
「別に。怪我してる後輩にわざわざ切らせるほど非道には流石にならねえよ」

 包丁を洗った南沢さんは、心なしかさっきよりは比較的に丁寧にみじん切りをしていく。さっき人参切ってた時は柔らかくなるかもわからないほどでかく切ってたのに。けどぐっちゃぐちゃのまな板を見て、あーこのひとやっぱり料理下手くせぇ、とも思った。自分の欠点見せたくないから料理しないんだ。そういうひとだし。カッコ悪いとこは意地でも見せないって、俺には無理だ。そんなの疲れる。
 ぐちゃぐちゃのまな板からボウルに玉ねぎを移して、くそ目に染みるやっぱ変わらなきゃよかったと愚痴りながら包丁とまな板を洗う南沢さんを見てどうやったらこのひとの余裕綽々の顔を崩せるのかと考えてみた。けどあんまり頭が言い訳じゃないし、このひとはそういうの見せないように無駄に努力しているから、たぶん無理だろう。
けど、やっと止血し終わった指を目に近付けて、その具合を確かめつつ、この指切ったのって南沢さんのこと、考えてたからなんですけどね、と何の変哲もない言い訳くらいしてみてもいいだろうとは思う。さてどんな反応をするかな、と見てみると、包丁とまな板を洗い終えた後の濡れた手で、南沢さんは俺の手を掴んだ。

「10年早い」

 ガリッと音がするかと思ったがそんなことはなかった。けれどそんな音がするんじゃないかってくらい、思い切り止まったばかりの傷口ごと指を噛まれ、いてぇえ、と叫んでいるうちに南沢さんは調理室を出て行ってしまった。一人唇を尖らせていた俺に、ボウルを受け取りに来た三国さんがどうした、と聞いてくる。なんでもないです。なんでも。慌てて首を振れば、また血が流れ始めた俺の手を見て、三国さんはポケットから絆創膏を出してくれた。三国さんこういうところ用意良いよな。

「南沢にも渡してくれるか」
「南沢さんに?」
「なんか怪我してるみたいだったから。洗い物してるときにでも切ったのかな」

 あー、本当にあんたってそういうひとですよ、とさっさと出て行ってしまってその赤くなったかもしれない顔も見せない南沢さんを追いかけて、好き嫌いもわからないならいっそ山ほどカレーを盛ってやろうなどと、考えてみたり。








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