煙草なんかやめろよ、というのが彼の口癖になりつつあった。
 昔は煙草なんて吸う大人にはならないと思っていたものだが、いざ成人してみれば煙草とライターを手放せない自分がいる。身体に悪いと分かりつつ煙草を吸うのは酷く愚かしいことだとわかっているのだ。
 きっと俺はなんとなく、死にたかった。自然なかたちで自分をこの世界から失わせたかった。自殺するのには度胸がなく、煙草を吸うことでせめて生と死の、その狭間に近づけるような気がした。そこであの人に近づけると思ったのだ。白い煙は自分だけではなく他人の肺も傷つける。実に俺らしい死への近づき方だと、俺は笑った。きっと不動は俺の考えなど、最初からお見通しだったのかもしれない。かちゃかちゃと、ライターをいじくり、不動は軽く俺を睨み付けた。

「すぅぐ、煙草吸いたがるから、喫煙所とか探すの、面倒なんだよ」
「それは悪い……が、喫茶店だったら俺が奢っているからそんなにカリカリすることもないだろう」

 駅などの喫煙所に入ると、煙草を吸わない不動は暇そうにしているから、出来る限り飲食店に入って煙草を吸うようにしている。そのときの会計は俺持ちという決まりだ。だから不動は遠慮なく食う。たぶんそうすることで俺がこうした場で煙草を吸いたくなくなるような雰囲気を作ってるのかもしれない。その努力は実を結んでいないが。俺は苦笑して、短くなった煙草を灰皿に押しつける。

「鬼道クンは、お金の使い方へったくそ。自分の為にならないことに使うし。下手に金持ってるせいか、金銭感覚が全然身に付いてない」
「おまえの細かすぎるところもどうかと思うがな」

 不動はよくいえば節約上手、悪くいえばけちくさい。いつもスーパーの広告を広げて見比べて、時々帰りにここであれを買ってこい、とメールを送ってくる。俺は疲れたなら外食だったり、出前を取りたいが、不動は夕食は出来る限り家でとりたい主義らしい。ちょっと文句をいうようなら、だったら食わなきゃいいじゃんと俺の分の食事を作ってくれなくなるから、俺は口を噤む。食事事態は、文句なしに美味しい。
 家にいる間不動はいつもベランダで煙草を吸わせた。壁が汚れるだろというのがその理由である。俺も、俺の自殺に不動をつきあわせるのは申し訳ないから、こうして外で我慢できなくなったときだけ、目の前で吸うのだ。
 今もまた、もう一本吸いたくなって、ライターに手を伸ばす。が、不動は手に持っていたライターを、俺に触らせないように、すいっと遠くに寄せる。俺の眉間に皺が寄る。

「不動、意地悪はやめてくれ」
「外で吸うの、一カ所で一本だけって約束」

 それを決めたのは不動で、しかも一方的だった。俺が守る必要はないが、けれど不動がライターを取り上げている限り、俺は煙草を吸うことはできない。困った顔をした俺に、不動はまた何か悪戯を思い浮かんだ顔をする。俺はたくさん不動のいろんな表情を見てきたが、この顔が一番好きだった。

「な、こうしよう。このライターは俺が持つ。鬼道クンは、俺の持っているライターでしか、煙草で火をつけちゃダメ」
「それじゃあ、困る」
「困ってくれなきゃな。少しずつ、そうやって禁煙してかなきゃ」

 誰か止めてやんなきゃ、ずるずるって煙草吸い続けて、身体壊すタイプだもん、おまえ。不動は俺のことを俺よりわかっている。苦笑して、あぁ、わかったと頷いた。きっと煙草を吸うたびに不動を説得しなければならないから、禁煙まであっという間かもしれない。
 さて、あれは一年ほど前の出来事だっただろうか。
 今そのライターはテーブルに、合鍵とともに置かれている。それに触れてみれば、ひんやりとしていて、あいつの熱の少しも残っていやしなかった。
 男は鞄一個に入るくらいの荷物だけあればいい。そう笑っていたのを思い出す。俺が金の使い方を下手なのと同じくらい、あいつも金の使い方が下手だった。自分のために何かを買うということをあいつは滅多にしなかった。服もあまり持っていなかったし、散々欲しいと言っていたパソコンも俺のを使うばかりで食材みたいに電気屋の広告を見比べることもしなかった。俺が何か欲しいものはないのかと聞くから、上辺だけの言葉だったのかもしれない。パソコンなら、鬼道クンちにあるし、わざわざ買う必要ないだろ、と言っていたのは、言い訳だったのかもしれない。とにかく、不動は自分の物を持つというその行為がひどくへたくそで、俺はいつだったか、本当にこんなに荷物がないんじゃ、いつかふらっと俺の家に住み着いたときのように、ふらっといなくなってしまうんじゃないかと思った。どこを探しても不動の物はなかった。歯ブラシはゴミ箱に捨てられていて、ホワイトボードに書かれた名前は消されてて痕跡すらもない。この合鍵も、ライターも、元々は俺の物だったということを思い出した。不動のいた証拠はどこにもない。もう、どこにもない。
 何がいけなかったのだろうかと考えてみても、わからない。結末から原因なんて簡単に想像できるものだとおもっていた。何事も。ただなんとなく結末だけが先に、浮かんできて、自然とそこに呼び寄せられていたのかもしれない。
 ライターの火をつけた。もう、ライターは俺の手元に戻ったのだから、自由に煙草を吸って良いはずなのに、俺はそんなことをする気も起きなかった。ただ、ちょっとだけ、泣いた。その痕跡も不動のいた証拠とともに、すぐになくなってしまうだろう。



 しばらく帰っていなかった部屋は冷たかった。埃も積もっていた。明日布団を干そう。それから死んだように眠りたい。今日は眠れそうにないから。
 なぜなのかはわからないけれど、きっとこうなるだろうという予感がずっとあった。言い訳をいろいろつくって、側にいる方法を探した。言い訳を見つけないと側にいられないという事実が虚しい。俺たちの中には確かなものなど何もない。何にも、ない。だからほら、こんな鞄一つで、帰ってこられる。この冷たいのが、俺の日常でなければならない。俺はきっと、苦しめられたかったのだ。あいつの側は優しすぎて、ぬるま湯のようで、それでは駄目なのだと俺の中のどこかが叫んだ。それは昔の呪いのようなものだ。
 不幸でいたかった。誰にも救われないままがよかった。そうしなければならなかった。苦しみたかった。苦しむためにあいつの側にいたのに、これでは俺が許されてしまう。だから、もうあそこへは戻れない。
 服に煙草の臭いがついていた。あいつ、結局最後まで禁煙できなかったな、と思い出して苦笑する。あいつのあれは、病気みたいなものだ。そうやって、少しでも死へ近づこうとする。そうすればあの人に近づけると信じている。一種の儀式だ。だからこそ、やめられないのだろう。でも今ならその気持ちもわかる気がする。俺は死にたいだなんて思わないけれど、もう側にいないあいつが、煙草を吸えば少しでもまた、側にいるような気がするんじゃないかって。
 ポケットの中のそれを取り出す。鞄に入らなかったのに、これは俺のものじゃないのに、なんで持ってきたんだろう。部屋の中から記憶を探りライターを捜す。あいつのと違って、すっごく安っぽいやつ。火をつけた。暗い部屋に明かりが灯る。煙草を吸うのなんか初めてだから、げふ、と何度も噎せ返る。それでも落ち着くような気がした。これはあいつの臭いだった。
 俺にとって、あいつは空気だった。太陽だった。水だった。なくてはならないものだった。そう思ってた。でも今俺はあいつの側にいないけれど、俺は生きている。死んでなんかいない。あいつがいなくても生きていけるという事実が苦しかった。ほら、これが現実。俺が求めていた痛みだよ。噎せ返りながら煙草を吸って、泣いている俺はすごく無様だ。




 煙草、やめたんだな。そう聞いてきたのは旧友で、俺は、ああ、と気のない返事を返すだけだった。昔だったらいつも、食事するときは喫煙できる場所を選んでいたから。そういえばこいつも、禁煙者だった。迷惑をかけていたな、と苦笑するしかない。
 今もライターは俺のポケットに入っていて、けれど煙草はもう持っていない。ライターだけ持っているのは何かの感傷だろうか。
 俺はあいつをどうしたかったのだろう。俺とあいつの中には何も確かなものなどなかった。なし崩し、腐れ縁、いろいろ、いえたけれど。俺はあいつの友人ではなかったし、あいつもそうは思っていなかっただろう。友人以下で、何以上だったのか。俺の中で不動は、どこにも位置づけられない何かだった。
 何か確かなものを与えたかったと、後悔する。あいつをつなぎ止められる何かがあればよかった。みっともなく、しがみつけばよかった。頼むから俺を置いていかないでくれと。おまえがいないと生きていけない、だなんて。それは嘘だが。あいつがいなくてもあの人がいなくても生きていける。前みたいに煙草を吸って死へと近づく気もなくなった。俺はあのとき以上に、ゆらゆらと、しがみつく何かを失って、さまよっている。あいつはそれが嫌で、俺の元を離れたのだろうか。
 あいつに与えられるのなら確かなものでなくてもよかった。ただ、あいつの心に何かを残してやりたかったのだ。あいつはああ見えて、酷く自虐的で、それよりも他人に虐げられることを望んでいた。きっと俺以外の誰も知らない。あいつが望んでいたのは罰だった。何も欲しがろうとしない不動が、唯一望んでいたものだった。俺は、きっとあいつを幸せにしてやりたかったのだと思う。甘やかして、これ以上ないくらい、幸福感で埋め尽くしたかった。けれどあいつはそれを、一時も望んだことはなく、それとなく、それを与えようとすれば避けてすらいたのだ。あいつが俺のところに現れたのは、そもそも俺に傷つけてもらいたかったのだろうと、今ならばわかる。俺はあいつの望むものが与えられなかった。だから離れていってしまったのだ。
 俺は幸せになんかなりたくないんだそれが俺の望む未来なんだだからお願いだから俺を傷つけてお願いだから、俺を、幸せにしようだなんて絶対に、思うな。
 夢を見ていた。と思ったのは、そのとき俺は酷く疲れていて、目が開かない状態だったから。眠くて、あいつより先にベッドに入って、意識がはっきりしないときに聞こえた声だから、夢だと思っていた。
 それは懇願だった。虚勢でもなかった。不動は心の底からそれを望んでいたのだ。あるいは警告だったのかもしれない。俺が不動に、不動の望まぬものを与えようとしたばかりに。耐えきれなくなってしまったから。だとしたら不動、俺があそこでおまえに与えることをやめたなら、おまえは今も、俺の隣にいたのだろうか。おまえはそれを、望んでいたんじゃないか。おまえは、それに気づいていないのか。

「おまえが煙草止めたっていうのになぁ。良い禁煙方法あったら、あいつに教えてやってくれないか」
「あいつ?」

 はっとして顔を上げる。ずいぶん長い間、ぼんやりとしていた気がしたが、時計の針は進んではいなかった。俺はコーヒーを啜りつつ、話を促す。

「不動。あいつあんなに嫌煙家だったのに、今じゃ酷いヘビースモーカーなんだ」



 中毒みたいだった。この臭いは俺のことを傷つけてくれるから、よかった。あいつのことを思い出して、どこかが痛むのだ。心地よい痛みだった。
 きっと苦しみたいという俺のこの願望を理解してくれる人はいない。理解されたいと思ったこともない。俺は誰かに傷つけられたかった。ずっとそうやって生きていきたかったけれど、世の中お人好しのほうが多いらしい。俺にとっては生きるのが難しい世の中だ。
 幸せになりたいなどと思ったことは一度もない。幸せな誰かを指をくわえて物欲しげに眺めたこともない。俺は傷つけられたかった。俺もあいつのことを言えない。そうやって、精神的に、生きるのと死ぬのと、その狭間で漂っていたい。そうするのは楽だったから。
 だから鬼道のあれは、余計なお世話としかいえない。あいつはなんでも、惜しむことなく俺に与えようとする。金持ちだからか、何かを与えることに躊躇いもない。そうして俺を幸せにしようとする鬼道が、嫌いだった。俺が欲しいのは痛みだった。あいつだったら、俺に、一番良い痛みを与えてくれると思ったのだ。なぜだろう。
 耐えきれなくなって、逃げ出した。元から住んでいたアパートの住所をあいつには教えたことがない。調べればわかるのかもしれないが、そこまでしてここにくる度胸などあいつにはないだろう。結果的に、離れて正解だった。あいつの隣を離れてから、俺の身体のどこかが酷く痛むのだ。俺の欲しかった痛みは、あいつがいない限りずっと与えられる。
 俺にとっての幸せとは、つまり、あいつの隣にいることだったらしい。
 涙が出るくらいに痛いなんて、今までなかったから。
 かたん、と廊下で音がする。ぼろいアパートはすぐに音が響くのが難点だった。駅から近いこと、家賃が安いことしか利点がない。その音はちょうど、俺の部屋の前で止まった。教えてないし、携帯電話は着信拒否にした。だからわざわざ探しになんて来ることがないと思ってたのに、俺の考えが甘かったらしい。

「不動」

 懐かしいその声は俺を苦しめる。

「帰って」

 居留守を使えばいいのにできなかったのは、俺に余裕がなかったからだろう。まさかわざわざ調べてまでここにくると思わなかった。
 ふらりと玄関に近づいてしまうのは、きっとそうしなければはっきりと拒絶の言葉を伝えることができないと考えたからだ。

「帰って。もう二度と会いたくない」

 そうすればこの痛みはずっと永遠だ。

「嫌だ。絶対に帰らない」

 妙にしつこいのは、鬼道の性質だった。あいつは未練がましい。それをわかっていながらこんなことになっているのは俺の考えが甘かった証拠だ。

「俺はおまえとまた一緒にいたい」

 扉が軋む音がする。きっと、鬼道が扉に寄りかかったのだ。長丁場にする気らしい。声が聞こえやすくなった。俺もあきらめて、玄関に座る。ひんやりと冷たいけれど、きっと外はそれ以上に寒い。早く帰ればいいのに。

「おまえ、俺が吸っていた煙草、吸っているんだろう。佐久間に聞いた」

 余計なことを言ったな、と舌打ちする。佐久間とも会わなければよかった。もう、昔の知り合いなんか、全部切ってしまえばこんなことにはならなかったのにそうしなかったのは自分にまだそこまでの度胸がなかったからかもしれない。自殺する度胸のなかった鬼道と一緒だ。

「一緒にいたいと、願っているのはおまえもだろう」

 上から目線の確定は相変わらずだ。性格が悪い。そのくせ、優しいものだから、俺みたいなひねくれ者に好かれてしまう。可哀想な奴。
 そうだよ、と俺は笑ってやった。虚勢をする気にもならない。

「だから一緒にはいたくない。俺は、幸せになんかなりたくないんだ」

 おまえが悪いんだ。俺に与えようだなんて考えるべきではなかったのに。そうすれば、少しでも長く一緒にいられたのかもしれないのに。

「それでも俺はおまえを幸せにしてやりたいんだ」
「わからずや!」

 その上から目線をいい加減にしろよ。してやりたいってなんだよ。そんなの傲慢だろう。そうやって惜しげもなく与えようとするの、おまえの悪いところだ。見返りは求めないって、そういいたいのかもしれないけれど、俺には迷惑だ。
 叫ぶ。早くいなくなれと、拒絶する。けれど扉の軋む音はまだ鬼道がそこにいることを表していて。

「出てこい、不動」
「嫌だ」
「出てこないならアパートを燃やす」

 は、と浮かんだ疑問はそのまま声に出る。
 かちゃん、かちゃん、とする音は、聞き覚えのある。あの、俺が鬼道から取り上げて、そしてあの日鍵と一緒に返した、あのライターの音だ。

「冗談、止めろよ。おまえ死ぬ度胸ないだろ」
「冗談じゃない。いいか不動、おまえは俺がここに来る度胸などないと、思っていただろう。おまえの考えなどお見通しだ。だったらなぜそこから先も考えない。来る度胸ができたなら、それ以上のことをする度胸だってできたのだと」

 かちゃん、かちゃん、と繰り返す音はだんだんと短くなっていって、それが俺をより焦らせた。鬼道の本気の声を、俺は誰より知っている。かちゃん、かちゃん。

「そうだな、」

 かしゃん、かしゃん。
 いや、駄目だろ。おまえが。俺のことは別にいい。他の住人もどうでもいい。でもおまえ、自棄になりすぎだろう。これではだめだ。だめだ。絶対に。
 こいつ俺と心中する気だ。俺なんかと。

「俺は今まで死ぬ度胸はなかったが、」

 ばしゃばしゃと音がする。この状況で考えれば、石油かガソリンか。扉越しで臭いがわからない。おい、まじかよ、と声が震える。死ぬのが怖いんじゃない。俺のせいで鬼道が死のうとしているのが怖い。かちゃんかちゃん。
 あぁ、確か鬼道のライターは手を離してもそのまま火がついてるタイプだ。
 かちゃん、

「いまなら、」

 ガタン、とライターが落ちる音がしたのと同時に、俺は扉を開けた。扉には鬼道が寄りかかっていたはずだが、あっさりと開く。目の前の炎と熱を覚悟して目をつむった。せめてあいつについたかもしれない火だけでも消さないと、俺は。

「どんなに嫌がってもおまえを幸せにしてやる覚悟くらいならできている」

 ぱしゃん、と頭に降りかかった液体は、冷たかった。
 覚悟していたはずの炎や熱も、目の前にはなくて、ただ、ミネラルウォーターのペットボトルと、水に濡れて火の消えたライターと、

「ほら、出てきた」

 満足げな笑顔を浮かべる鬼道だけがそこにあって。
 俺は、だまされたと悟った。




 結局部屋の中にまた戻った。初めて入る不動のアパートは予想通り何もなかったが、洗面所からタオルを取り出して、頭を拭いてやった。真冬に水を被ったのをそのままにしていては、風邪を引く。
 先ほどからふて腐れた顔をしている不動は何も言わない。ただ、鏡越しにこちらを睨み付けているのに、笑って返してやる。不動が相変わらず変なところで単純でよかった。
 ドライヤーがないから丁寧に髪を拭けば、くすぐったそうに不動は頭を振った。一緒に暮らしていたときも、髪を乾かすのが嫌いそうだったから、なんだか懐かしい。

「もっともっと、嫌がればいい」

 不動が望まないとわかっていても俺はそれを与えてやる。抱えきれなくなった幸せでおまえがつぶれてしまえばいいとすら思う。そうすれば、もうどこに行く気も失せておまえはしゃがみこむだろうから。
 それで全部諦めて、過去に幸せにならないと決めていたおまえのことを悲しんで、苦しめばいいんだ。存分に過去の自分に懺悔するといい。ごめんね、俺幸せになっちゃった、って。

「鬼道クンって、さいってー」

 ようやく口を開いた不動は、やっぱり機嫌の悪そうな声をしていた。けれどもう逃げる気もないのか、黙って俺に髪を乾かされてる。その後姿を抱きしめてみれば本当に俺の吸っていた煙草の臭いがして、苦笑した。改めてみると、よくあのころ不動は服についた臭いを嫌がらなかったものだ。
 愛してる、という言葉の首輪をしてやれば、不動が痛そうな顔をしたから、俺は満足してキスをしてやった。
 








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -