きっと、亜風炉照美は甘いもので出来ているに違いない。
 アフロディからは常に甘い匂いがした。いつだってポケットにはチョコレートやキャラメル、飴などが入っていて、口が寂しいときはそれを食べていたし、お土産には必ず大量のお菓子を買ってくる。王道的なイチゴのショートケーキだけなら、まだいい。ガトーショコラ、ザッハトルテ、アップルパイ、ミルフィーユ、アップルパイ、シフォンケーキ、モンブラン、チーズケーキなんかはニューヨークからレアチーズ、ベイクドチーズケーキ、スフレチーズケーキまで揃えている。正直馬鹿ではないだろうかと思う。ケーキのみならず、シュークリーム、エクレア、クッキー。洋菓子に限らず大福やどら焼き、羊羹まである。やはり、こいつは砂糖の類で出来ているのだ。

「そんなことあるわけないよ」

 アフロディはぺろりとモンブランを三口で食べ終えると、くすくすと笑う。その仕草が嫌ってほどにお上品な感じで、俺はむかついた。素手で食べているのにも関わらず、下品なところが全くない。俺はといえば、チーズケーキをちまちまとフォークで食べている。甘いものは別に嫌いではないが、これだけ甘いものが目の前にあって、甘ったるい匂いがぷんぷんする中では、かえって甘いものを食う気など失せる。

「『砂糖』や『スパイス』、『素敵ななにか』で出来ているのは女の子だけだよ」
「じゃああんたはカエルや蝸牛、子犬のしっぽで出来ているわけだ」
「あるいはそれに近いものかな。僕の羽根だって、見た目ほど美しくないもの」

 亜風炉照美には羽根がある。それは、見せかけのものじゃない、本物の羽根だ。不思議なことに、誰もその羽根が見えないらしい。アフロディが文字通り「羽根を伸ばしている」光景を、誰も疑問に思わない。その堂々とした様に、皆気付いていると思っていた。アフロディが「きみ、僕の羽根が見えるでしょう」と言うまで、きっと俺はアフロディの羽根のことなど気にしなかっただろう。

「僕はねぇ。神様だから。みんなの汚いものを食べて、それを甘いもので固めて羽根のかたちにするんだよ。その点でいえば、確かに僕の羽根は甘いものでできているのかもね」

 自分のことを神様と言ってのけるその神経の方が、羽根が生えているという事実よりも信じられない。神様がこんなに綺麗なかたちをしているものか。亜風炉照美は、確かにむかつくほどに美目美しい「人間」だった。
 アフロディはイチゴのショートケーキに目を向けると、それを持ち上げる。ちなみにこれは、ホールケーキだ。うええ、と俺が呻くのにも関わらず、アフロディはもぐもぐとそれを咀嚼する。ばさばさと、アフロディがケーキを飲み込むのと同時に、羽根が床に落ちていく。

「僕はゲテモノ喰いだから、人間の汚いものが甘いものと同じくらいに大好きなのさ」
「あぁ、それはわかる気がする」
「そんなこと言っちゃって。きみだって同じだから、僕の羽根が見えるんでしょう」

 あっという間にホールのショートケーキを食べ終えたアフロディは、ぺろりとクリームのついた指を舐める。本当に、この細身の身体のどこに、大量のケーキが入るというんだ。アフロディが持ってきた土産の菓子類は、あっという間にアフロディ自身の手で消化されていく。

「きみもそのうち羽根が生えるかもね」
「絶対嫌だね」
「なかなか、悪くないよ。誰にも見えないけど、ときどき、きみみたいに見えるひともいるし。飛べやしないけど、美しいだろう?」

 ばさ、ばさ、と何度もアフロディは羽根を揺らす。そのたびに羽根は床に落ちる。誰が掃除すると思っているんだ、誰が。

「でも、きみ、食べちゃうんでしょう。この羽根。あまり身体と精神によくないと思うけどな」
「俺だってゲテモノ喰いだからな」

 はらはらと目の前に落ちてきた羽根を掴んで、口へと運ぶ。アフロディの羽根は、焦げた砂糖の匂いがする。ベッコウアメを作ろうとして、火を入れ過ぎて失敗したような味だ。ぐずぐずに焦げて、あまり美味しいとは思えないが、妙に中毒になる味である。

「僕みたいに羽根になって落ちるわけじゃないから、よした方がいいよ」
「良いんだよ。解毒ってあんだろ」

 もぐもぐと羽根を食べる俺を、アフロディは呆れたように見ている。おそらく大量に甘いものを食べるアフロディのことを、俺は同じような目で見ているのだろう。お互い理解できないものが多いのはいいことだ。こいつと同じ趣味思考になってしまう自分など反吐が出る。
 口直しにチーズケーキを食べれば、アフロディも再び糖分の摂取にかかる。ケーキは飽きたのか、今度は大福を手に取った。どちらにしても甘いのだから、口直しになっているかは疑問である。ここまで甘いものを食べていると、少ししょっぱいものや辛いものが食べたくなるものだ。

「そういえば、あのひとは見えなかったなぁ」

 ふと思い出すように、アフロディは顔を上げる。アフロディがあのひと、と寵愛を込めて呼ぶ人物を、俺はひとりしか知らない。

「あのひと、僕らが思っている以上に、純粋なひとだもの」
「あのひとが純粋ねぇ」
「可愛いひとでしょう」

 あの男を可愛い、と言ってのけるとは。その神経に舌を巻かざるを得ない。自称カミサマとだけあって、この男は人間の感性とは大きく異なるのかもしれない。
 ずっとケーキばかり食べている甘いものと人間の汚いものが大好きな自称カミサマを、俺は可愛いと思わないけどね。








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