ゲームネタバレ注意








 俺が自分の足で歩けなくなったのは12歳のときのことだった。
 中学は憧れの雷門に入ることに決まっていた。制服もバッグもスパイクも揃えて、あの憧れのあの人と同じようなストライカーになるのだと、笑っていた。入学式が終わったらすぐに入部届けを出しに行って、入部試験は難しいらしいけど、絶対一軍に入って活躍してやるんだ。京介と一緒に登校するのも最後で、せめて中学に入って忙しくなるより前にたっぷり遊んでやろうと春休みは毎日のようにサッカーをした。
 中学は憧れの雷門に入ることに決まっていた。でもあれから6年間俺は病院にいる。制服もバッグもスパイクも、新品のままきっと家の押入れだ。
 京介を助けたことを後悔はしていない。
 
 サッカーで世界に行くというその夢を俺見られなくなったのは12歳のときのことだった。
 たぶん、京介に夢を捨てさせてしまったのも、同じ時だった。



「これで最後だ」

 旅行用のバッグは、きっと京介が遠征のときなどに使っていたものだろう。あちこちぼろぼろで、使いこんでいるのが感じられる。ファスナーにはサッカーボールのキーホルダーがついていて、これは俺が京介にプレゼントしたものだった。一時帰宅が許されたときに、雑貨屋で見つけたものを買った。雷門が優勝した様子はテレビ中継されていたから、また10年前のように大きな話題になって、あちこちでサッカーブームが起こっている。病院でも、あの子は優一くんの弟さんでしょう、と聞かれるのが少し恥ずかしくてそれ以上に誇らしかった。
 荷物を詰めた鞄を、京介が何も言わずに持ち上げ肩にかける。別に膝の上に乗せてもいいのだけれど、京介はそれを嫌がるから、俺もそれ以上何も言わなかった。数日かけて荷物を運び出したけれど、最近は見舞客が多くなったから、想像以上にバッグがぱんぱんになってしまった。家に帰ったら、持っていくものと置いていくものを分けなければならないな、と少し憂鬱になる。できることならすべて持っていきたいけれど。

「最後に挨拶、していっていいかな。次に戻ってこられるの、いつかわからないから」
「わかった」
 
 頷いた京介は、俺の車椅子を押した。色々な病室に回って、そのたびに弟さんそっくりだね、とか、テレビで見たよ、と言われている京介はなんだか少しだけ恥ずかしそうにしていた。
 6年間。6年間だ。あの事故から。それからずっと入院してきて、今日、ようやく俺は退院する。



 突然手術費が寄付されて、それからはあっという間だった。驚いている間に周りが退院や海外への病院の手続きなどを済ませてしまい、俺はといえばただ茫然とその様子を見ているだけだった。だってあまりにも夢みたいだと思ったから。
 この足が、動くようになる。その想像を未だに俺はしっかりとできない。6年は長すぎたのだ。リハビリをして、ようやく少しだけ立つことをできるようになったが、歩くことはできない。車椅子で一生生きていく覚悟すら決めていたのに。
 この足は奪いすぎた。俺の6年も京介の6年も、もう戻ってこない。京介のためだったらこの足くらい、と思うには6年はあまりに長すぎた。選手生命にとって6年はあまりに大きい。また歩けるようになったとして、果たしてまたサッカーができるのだろうか。その疑問を俺は口に出すことができない。特に、京介には。
 京介のことを恨んではいないのは、この足を失ったのは京介のためだと思い込めば思い込むほど俺は救われたからだ。しかし京介にとってはどうだろう。6年といえば京介の人生の半分に近い。京介のためとは京介のせいと同じだ。綺麗事も何もかも取り除けばそれが事実だった。だからこそ京介は俺のためにどんな手を使っても手術費を得ようとしたし、苦しむとわかっていても俺の願いの通りにサッカーを続けてきた。俺の足を奪ったのは京介の罪というならそれによって苦しませたのが俺の罪だ。結局、6年間は戻ってこない。

「京介」

 名前を呼んで、見上げ、頬を撫でる。俺のためだけに傷ついてきた身体は、きっとこれから俺以外の誰かのために傷つくんだろうなぁ、と少しだけ感傷的になる。だって俺はもうすぐ京介の元から離れなければならないから。それでもきっと京介が傷ついてしまうのは、優しい子だからに他ならない。
 12歳の俺のとき、足を失った俺は、同時に世界のフィールドに立つ夢を失った。あの頃から俺の中身は12歳のままだ。目を逸らさなければ、選手として大事な足と6年を失ったという事実を受け入れるのは無理だった。けれど、6年間夢を失ったのは京介も同じだった。京介がサッカーを続けた理由は俺が強要したからに他ならない。京介にとって自分のせいでサッカーができなくなった兄を差し置いて自分だけがサッカーができているという事実が何よりもの罰だった。俺たちの罪と罰は俺たちの間でぐるぐると回っている。でもきっともうこれで最後だ。
 ぎゅう、と頭を抱いて、頭を撫でてやる。可愛い、可愛い、俺の弟。13歳になったばかりの弟には、もうあのときの面影はなくて、きっと俺が守ってやらなくても一人で立っていられる。だから俺も、あの12歳のころから成長しなければならないのだ。もうおまえがいなくても平気だと、一言、言わなければ。それがどんなに苦しいことでも。
 京介、京介、京介。名前を呼べば、うん、と返事がある。12歳から夢を見られなくなった俺と、12歳まで夢を見れなくなった京介は、13歳になってようやくもう一度夢を見られる。例え俺の足が手術で治ってもサッカーができなくとも、京介がこれから先また傷ついても、

「京介、」

 それでももう一度また一緒に夢を見よう。
 そしたらどんなに離れていてもずっと一緒だ。








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