その日はなんだかちょっぴり寂しい匂いがした。こういう日に生まれてくる子は、一生寂しさに苦しめられる運命だ。決してぼくの采配じゃない。運命ってやつ。みんなが思っているよりもずっと、神様は不便な生き物だ。
 僕は寂しい子を見に行くことにした。その日産声を上げたその子の顔を見た瞬間、やはりこの子は、生きている限り満たされない寂しさばかりが傍にあるのだろうとぼくは涙をこぼしてあげるのだった。なんてかわいそうな子!
 ぼくはこの寂しい子を愛でてあげることにした。やがて彼の父は誇りを失って、彼の心には醜く歪んだ復讐心が宿っても、相変わらずその隠している目の奥には寂しさがあるものだから、ぼくは自分の姿を彼に認識されないとわかっていながらも、その頭を抱いてあげるのだった。さみしいさみしい、ぼくのこども。かみさまにだけ愛されたこども。
 でも、あまりにもかわいそうになったものだから、ぼくはまた寂しい寂しい匂いがした朝に生まれたこどもと彼の縁を結びつけてあげることにした。寂しい心は寂しい心と魅かれあって、少しでも傷を癒せばいい。寂しい朝に生まれた子は、やがて運命に導かれて彼と出会った。彼はその頃もうすでにこどもではなかったけれど、ぼくにとってはずっと愛おしいこどもであることに違いはない。満たされない寂しさを抱えて生まれてきたぼくの子は、新しい寂しい子と出逢って、ようやくその心に絆創膏を貼った。あぁ、なんて美しいの。だから、彼がその子を手放してしまったとき、ぼくはあーあ、と溜息を吐いたのだった。寂しいきみの心を癒してくれるひとなど、同じ寂しさを抱えた子以外ありはしないのに。
 ぼくは何人も何人も、寂しさを抱えた子を彼の元へ呼んだ。あるときは彼のように捻くれたこどもだったり、あるときは彼がとうに失った純粋さを持ったこどもだったり、あるいは彼によく似た孤独を抱えたこどもだったり。あるときは、彼が憧れた眩い光ばかり身に纏うこどもだったり。あるときは、ぼくそのものが彼の傍にいたこともあったけれど、彼の寂しさは癒せなかった。ぼくの愛してやまない彼は、いつも傍に寂しさを寄り添わせていた。もしかしたらその寂しさはぼくのかたちをしていたのかもしれない。
 いつのころからぼくは寂しさを抱えて生きていたんだろう。
 かわいそうな子。
 きみの身体はもうなくなってしまったよ。と、寂しさだけが残された彼の欠片にぼくは小さくキスをしてあげた。本当は、めいっぱい抱きしめてあげたかったのだけど、もうそれができるだけの身体を彼は持っていないので。神様であるぼくにも、許されるのはキスだけなのだ。
 きみはとてもとても寂しい子。きみが生まれたころから見ていたぼくにはよくわかるよ。きみはとても寂しい子で、終ぞ満たされることはなかったね。きみはぼくから見たら、とても貪欲だったよ。だからぼくにも、彼らにも、愛されても満足できなかったのかもしれないけどね。だからこそ、愛されたのかもしれないね。
 きみの貪欲さはぼくに良く似ていて、きみの寂しさはぼくそのものだったよ。
 きみの遺した寂しさは、きっと散らばって、よく似たあの寂しいこどもたちの心に突き刺さって、きみのように満たされないとわかりつつ愛されたがるその貪欲さに代わるだろう。愛されても愛されても、決して満足できない、実に人間らしい心じゃないか。
手の中に抱えた彼は、やがてきれいに溶けてしまった。ぼくは彼が生まれたあの寂しい匂いがする朝の、雪解けを思い出して、ぼくはきみがいたからちょっとは寂しくなかったよ、と言ってあげるのだった。

 昨日のぼくは神様で、でも今日のぼくは神様じゃないから、明日のぼくは何になっているのだろう。

 というわけでぼくは神様ではなくなってしまった。永遠に近い時を彷徨っていたはずのぼくは、彼に最後にキスをしてから、人間になってしまったのだった。ひんやりとした床を踏む、その足の伸びた爪は、いやでもぼくに人間というものを思い知らせる。
長かった髪を彼とおそろいにして結んでみたり、彼の真似ごとなんかもやってみたり、そういうことをしているぼくはいつの間にか大人になっていた。寂しさのかたちをした神様は、寂しさを抱える大人になってしまっていた。まるであのときあのころの彼見たいだ。
 全然彼に似ていないそのこどもは、全然寂しさの匂いがしなかった。満たされているこどもだった。その子はぼくを見て、寂しそうな目をしています、なんて言ったものだから、ぼくは笑って、寂しい目をした大人は嫌いかい、と問いかける。いいえ、とその子は慌てて首を振った。寂しいけど、綺麗な目をしてるから。
 きみはまるで神様みたいだね。だって寂しさを愛せるんだもの。ひとりで抱えるには苦しい寂しさをきみは愛してしまえるんだね。ぼくはそう、言ってしまいたかったけれど、ぼくはぎゅっと彼を抱きしめることでそれをやめた。結局ぼくは本当に彼を抱きしめてあげることができなかった。ぼくの、ぼくだけの、ぼくだけのものでなくなってしまった、ぼくが愛した寂しいこども。この子は彼に似ていないし、寂しさの匂いもしないけれど、きっとこの暖かさだけ、きみに似てるよ。 









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