鬼道クンは優しいので俺のことが嫌いなのに好きだと嘘をついてくれます。誰も俺のことを好きになってくれないから同情したのでしょう。俺は鬼道クンが好きなので嘘でも好きと言ってもらえるのが嬉しくてたまりませんでした。きっと影では俺のことを笑っていると思うけど、俺のことが大嫌いなのに俺のことを嫌々ながらでも好きと言ってくれる鬼道クンの優しさが俺は大好きでした。嘘じゃないと鬼道クンは言いました。嘘じゃない本当にお前が好きなんだ。鬼道クンがおかしくなってしまいました。嘘じゃないなら俺のこと好きだなんて言うはずないじゃないか。鬼道クンがおかしくなったことをみんなに知らせました。誰かが鬼道クンを治す方法を知っているかと思ったからです。けれどみんなして嘘じゃない嘘じゃない、あいつは本当にお前が好きなんだと言い始めて俺は怖くなって逃げ出しました。みんな俺のことが嫌いなのです。だから嘘じゃないというのです。そうやって俺をからかおうとするだなんて酷い。俺には希望を持たせて笑うつもりに違いありません。だって一人だって本物をくれるひと、いなかった。だからこれからもそうに違いない。ああ、これでもう嘘でも好きと言ってもらえないのだと俺は絶望的な気持ちで耳を塞ぐのでした。
 嘘でいいから愛してほしかった。

(嘘じゃないと信じられないよ)

 と不動が言うので、だったらすべてを嘘にしてしまおうかとも、思った。けれど、だとしたらいつになったら不動は本物を手に入れることができるのだろう。最初から本物は目の前にあったのに。



*************



 好きだ、と言ったら、不動は笑って、俺もだよ、と答えた。それでも、抱きついた手で優しく背中を撫でて、すまなそうに言うのだ。

「でも駄目だよ。俺はおまえに俺のいる未来をあげられないから」

 保険をかけているのだと、不動は問い質す俺に、説明を始めた。受取人はもちろん親で、親はそのことを知らないこと。借金はもう残り僅かではあるが、その前に親のほうがおかしくなってしまいそうだということ。保険金で、借金を返してさらにおつりが来ること。事故で死ねれば一番良いが、そうでなくても近いうちに自殺とわからない方法でうまいこと近いうちに死んで、親に金を渡したいということ。全部親の知らないところで初めて、終えて、死という単純な結果とお金だけを親に捧げたいということ。淡々と話す不動の説明に、そんなうまくいくはずない、と俺は一蹴した。そうして否定しなければならなかった。俺が否定してやらなければならない。しかしそう考えるのも傲慢に違いないなかった。

「親さえ、気づかなきゃいいんだ」
「親は泣くぞ」
「そうかもな。でも、だから、少しでも悲しくならならないように、ずっと遠くで生きてきた」

 それをいつから決めていたのだろう。少なくとも不動は中学の頃から、地元に帰るようなことは少なくとも俺にはしているように見えなかった。あれから、何年も経って、不動は今もひとりで暮らしている。ずっと、ずっとだ。

「昔は親のために生きて死ぬなんてまっぴらだった。でも、もういっかなって。あのひとたちの気持ちをもうわからないほど馬鹿じゃない。馬鹿じゃなくなれたのはおまえたちのおかげだよ。自分のためじゃなく他人のためになんかしようとするおまえらのこと見てたら、親のために生きるのも死ぬのも悪くないって」

 いいや、おまえは馬鹿だ。正真正銘の馬鹿だ。そんなことして、親は悲しむだろう。遠く離れていても、実の親子なんだから。俺、だって。

「自分の保険がどうなってるかなんてわからなくて、だから自分で働けるようになるまで、少なくとも自分で自分の死を管理できるまで、それまではちゃんと生きようって。そう思って、勉強だってしたし、サッカーだって、まぁ思い残すようなことは何もないように生きてきた。でも、たぶんずっと、昔の昔に俺はもう疲れちゃって、だから死んでもいいやって思ったことも間違いじゃないんだ。せめて、前向きな理由をこじつけて、俺は早く死にたかったんだよ」
「俺が、その借金を返すと言ってもか。俺が肩代わりして、それをおまえが申し訳ないと思うなら、少しずつ返してくれればいい。あと少しなんだろう。おまえだって、若いんだから、」
「いいよ。そんなの。言うだろ。人の心は、お金じゃ買えないって。俺の心はお金じゃ買えない。買わさせない」

 不動は、俺の手を自分の胸に当てさせた。ゆっくり、ゆっくり、鼓動を刻むのに、不動は自らそれを無くそうとしている。死ぬと決めたからには、うまくやるだろう。自殺だとわからないように、周りに迷惑をかけないやり方で。近いうちに、必ず。だってこいつは、不動明王だから。
 それにさ、と不動は笑った。

「思えたんだ。一番欲しかったものが手に入ったから、もう死んでもいいやって」




*************




 鬼道はすごく酒に弱くて一口飲めばすぐ耳が真っ赤になって一杯飲んだ頃には顔も真っ赤になって、二杯飲んだ頃はもう呂律も怪しくなって、三杯目にはめそめそ泣き出すのだ。それで、五杯目には泣きながら、ぐぅぐぅとテーブルに突っ伏して眠ってしまう。周りも止めるのだけど、それでも意地になって飲む。たぶん、「飲まなきゃやってられない」ってやつだ。べしべしと顔を叩いて、せめて水飲めよ、とお冷を持たせるのだが、んー、と呻いてちっとも飲もうとはしないので、また苦労する。せめて胃に物を入れておけばいいのだが、食欲がないとかであまり物を食べないので、それも酔いがまわりやすくなる原因だと思う。とにかく、鬼道は酒を飲むのに向いていないのだった。それを本人もわかっているくせに、飲むのはやめないのだから、苦労するのは俺である。
 もう、こいつ連れて帰るわ。そうみんなに伝えれば、じゃあタクシー呼んでもらおうと、店員を呼ぶ。その間に、俺は薄っぺらい鬼道の財布を取り出して、その中にある万札とカードの両方に手を触れ、万札を選ぶ。全部取り出して、テーブルに置く。タクシーを呼んだことで、みんなそろそろ帰るかという雰囲気になっていた。テーブルに置いた札を見て、風丸が苦笑する。おいおい、それじゃあ俺たち全員分の金じゃないか。いくらなんでも泥酔者から金を抜くのは駄目だろ。俺は、いいのいいの、と会計しに行く。今回は鬼道のおごりってことで。店員に万札を出して、レシートと小銭を受け取る。こうやって、鬼道にちゃんと金を使ったことを自覚させなければ。ただ金を稼ぐんじゃなくて、何のために自分が働いているのかを理解しなければならない。じゃらじゃら煩い小銭は、鬼道のポケットに入れてやった。鬼道の財布には小銭が一円もなかった。たぶんカードばかり使うせいだ。そうやって、カードを使って、引き落とされて、お金を使うということに関して鬼道は酷く無感動だ。せめて、旧友と会って楽しんだことにお金を使ったことを自覚させないと、碌なころにならない。とはいえ、もう成人しているのだから、今更手遅れな気がしないでもない。
 鬼道を背負って、店を出る。タクシーが来るまでまだ時間がある。他の奴らには、こいつ家に連れて帰るから、先に帰っていいぜ、と言えば、苦笑して、またな、と手を振った。近くのベンチに、鬼道を何度か背負い直して、向かう。軽いの、って文句に近いものを言いたくなる。お前の抱えてるものも、こんくらい軽くなればいいのにねぇ。ベンチに座らせて、自分もその隣に座る。途端、こつんと自分の肩に、鬼道は頭を乗せた。一回も起きやしない。そのくせ、寝ながら泣くのだ。酒を飲んだから泣くのか、泣くために酒を飲むのか、全部忘れたいから飲むのか、忘れられないから飲むのか。たぶんぜんぶ。それで、明日には二日酔いで一日つぶれることがわかっているから、飲み会の次の日には必ず休みを取らせる。酔いつぶれた鬼道を家に送るのは俺の役目。タクシーで鬼道のマンションまで行って、そこからまた背負ってエレベーターに乗って、鍵を使って部屋を開けて、そこでようやく目が少し覚めたという鬼道に水を飲ませてトイレに行かせて、酷いときは喉に手を突っ込んででも吐かせて、はいはいおまえはいいこだよ、と布団に押し込んでぽんぽん胸元を叩いて、寝かせてやる。次の日頭痛に苦しむ鬼道に、飯を作って薬を渡すのも俺の役目。必然的に、俺も飲み会の次の日は休みを取らざるを得ない。泣きはらした目を真っ赤にさせて、鬼道は眠れもしない頭痛を抱えてベッドに一日中横になる。それを見て、俺は、ばかみてぇ、と笑ってやるのだ。
 そんなパターンを何度も繰り返す鬼道は、俺の肩を今日も涙で濡らしていく。せめて夢の中なら幸せになれればいいのにね。なきむしくん。









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