ミストレの奴は見た目に反してかなり食う。元々好き嫌いのようなものはないし、ご自慢の身体を動かすことが好きだから、すぐに腹が減るのだ。俺も、同じくらいによく食う。頭を動かしていれば自然と物を食うことを忘れるが、討論の後なんかは交わした相手と反省会をしながら食事をするのが、遺恨も残らず良いからだ。軍の士気は飯が不味いなら下がりに下がる。だからこの学校の食堂も、そりゃあ美味いもんが揃っている。気の張るような授業が多いし、余計な私語をすれば拳が降ってくるが、食堂だけは別だ。自分の好きなもんを好きなだけ頼み、話に花を咲かせる。ここだけは自分のベッドより気が抜ける。
 授業のカリキュラムや任務の都合上、休憩時間はミストレと被ることが多かった。そんなときは自然と食堂へ向かう。俺たちは自分で言うのもあれだが、大変優秀で将来を有望視される生徒であるがため、極秘の任務などもちょいちょいと降りてくるわけで、そんな任務の話は流石に食堂ではしないのだが、そうでない場合は、やはり食堂で飯を食いながら話す。たまには俺は別の友人と飯を食うこともあるし、ミストレはきゃあきゃあ黄色い甲高い声でわめく女と飯を食うこともあったが、基本的に俺たちはよく一緒に行動する。バダップもいればいいのだが、あいつは俺たちよりもよく任務で呼び出されるから、なかなかタイミングが合わない。優等生っていうのは難儀なもんだ。
 そんなわけで、俺とミストレが向かい合うテーブルには食堂にあるメニューを片っ端から頼んだような量の食事が並んでいる。どっちが頼んだものか忘れるものもあるが、基本的に俺たちの食費は上が持ってくれている。面倒な任務をよく引き受けるご褒美というやつ。女子といるときはよくミストレにしては遠慮して食っているが、俺といるときは容赦なく食った。それはもう、食った。いつだったか、女の香水の匂いは食欲を減衰させるのだと辟易として言っていたが。
 それでも流石に腹一杯になるもんで、もったいないとは思うがどうせ上の経費で落ちるんだし、と残そうとすると、ミストレは決してそれは許さなかった。お前は随分前にギブアップしただろ。

「あのな。このオムライスだってお前が頼んだやつだろ。なんで俺がお前の残飯処理に付き合わなきゃならねぇんだよ」
「大きな勘違いをしているね、エスカバ。それは俺がキミに食べさせるために注文したんだよ」
「ハァ?」

 上の経費で落ちるから奢りっていうわけでもないだろうに。疑問符を浮かべていると、ミストレはさらに続けた。俺はキミを太らせたいんだよ。
 わけがわからん、と俺はオムライスを攻略した。流石にもう食えない、と思っていると、ミストレは更に自分が食べていたチョコレートケーキを俺の前に突き出す。食え、と言外に告げている。おいおい。その辺にいる女どもにあげてこいよ。お前の食いかけなら喜んで食うだろうさ、とうんざりしていれば、キミが食わなきゃ意味がないと少し拗ねたような顔をした。あのね、エスカバ、と呼ぶ声は、幼い子供に言い聞かせるようなものであまり気分は良くない。

「俺は、醜いものが好きなんだ」
「あ? 俺にぶくぶく太って醜くなれって言いたいのかよ」
「そうだよ」

 てっきりお前は綺麗なものが好きだと思っていたよ。と言うと、何故俺が一番美しいのに、他の美しいものを好きになる必要がある、とわけがわからないという顔をされた。俺がしたい、そんな顔。

「美しい俺に似合うのは、醜いものだよ、エスカバ。だって、俺に劣る美しいものを、何故愛する必要がある。本当に愛すべきものはね、俺の対極にある醜いものだろ。美しいものと、醜いものは、全く別のカテゴリだ。美しいものは美しいもののカテゴリに入っているけれど、その中で俺は上位にあるんだから、それより劣ったものを何故愛する必要があるのか俺にはわからないね。女たちは食欲も減るような臭い匂いを撒き散らして俺に近づくけれど、俺に必要なのは彼女たちではなく、女の数、どれだけ俺のために尽くしてくれる女がいるかそういうステータスなんだよ。醜いものっていうのは、美しいものの底辺にあるんじゃない。全く対極に位置するんだ。同位だよ。醜いものを、俺は愛してる。それは俺にないものだから。人間、自分に欠けたものを愛してしまうのは仕方がないだろ?」

 ミストレの超理論は、俺にはさっぱり理解できない。なんだその傲慢にして不遜な考え。それと俺を太らせるのになんの関係がある。というのを俺は必死に目線で訴えた。なんだか食べすぎて、余計なことを言えば吐いてしまいそうになる。その視線を受けて、だってキミ、今のままじゃ美しいものでも醜いものでもないんだもの、美しいものにするより、醜くなるほうが、よっぽど手間がかからなくていいじゃないか、などと言うものだから、俺は怒っていいと思う。

「いいかエスカバ。俺は馬鹿が嫌いだ。だからあの女たちを自分の好みにしたくない。第一、太ってくれと言えばぎゃあぎゃあ叫んで拒否する。その点でいえば、キミは頭が良いし、相性だって良い。俺の好みになってくれてもいいんじゃない」
「お前一度でも俺に太って俺の好みになってくれって頼みこんだか。相変わらずお前は顔が良いからって態度もでかくなりすぎだろ。お前は絶対背中から指されるタイプだね」
「俺の背中はエスカバが守っているから別に気にすることないだろ。俺を守って死ねるなんて、あの子たちが聞いたら羨むね」

 あーあ、これだからナルシスト野郎のお守は面倒なのだ、と俺は溜息を吐いた。どうしたらここまで自分に自信が持てるものか。その自信を少しでも分けて貰いたいね、と俺は思う。そこで、先ほどの発言が少し気にかかり、ミストレに尋ねた。俺がぶくぶく太って醜くなって、お前の好みになったら、お前俺のこと好きになっちゃうわけ。
 ミストレは、目を細めて、心配しなくていいよ、と笑って立ちあがった。あぁそろそろ演習の時間か。食堂は騒いでも多少のマナー違反にも大らかだが、食器を自分で片付けない者には厳重注意が下される。食器を適当に重ねて、並んで食器置き場へと運ぶ。
 かしゃん、と大きな音を立てて食器を置いた時、ミストレは言った。

「心配しなくても、美しくなくても醜くても、キミはこの俺に愛されてるよ」

 あぁはいはい、お前はそういう奴だよ。









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