あきおが女の子




「ねぇ、暇なんだけど」

 そうやってぶぅぶぅ文句を言ったところで鬼道クンはあとちょっととさっきも聞いた言葉を繰り返すだけなので、俺は生徒会室の無駄に豪華なソファに転がった。
 生徒会室はクーラーがついていて、ちょっと涼しい。少しでも風が通るようにと開いていた胸元のボタンをさらにひとつ外す。放り出していた下敷きで仰げば、さらに気持ちいい。ここ最近の暑さにはほとほと困り果てていて、けれど学校の方が冷房が利いている分涼しいからと、ここ最近は真面目に学校にきている。だって寮は昼間冷房切られちゃうんだもん。
 今も、鬼道クンはまだ生徒会の仕事を終わらせていないから、数学の宿題を大真面目にやっていた。こんなもん10分もあればできるから大した暇つぶしにもならない。

「先帰る」
「駄目だ」

 だったら早く終わらせろよぉ、と俺はばたばたと足でソファを叩く。大体他の生徒会役員にもやらせればいいのに。ていうか今やってる仕事だって、締め切りまだまだ先じゃんか。そんな文句を言っても言っても、鬼道クンは生返事ばかりでちっとも相手にしてくれない。だから先に帰ると言っても、許してくれない。最近、学校の近くで変質者が出たらしい。夏なのに元気だなぁ、と思っていただけだったけれど、帝国にはお嬢様お坊ちゃんが多いから学校では結構な問題になった。警備員が校門の前にずっといるのは相変わらずだったけれど、学校側が雇った私服警備員なんかもそのへんを朝から晩までうろうろ歩いているらしい。金銭感覚の狂った対応に変質者の存在よりも背筋が凍る。まぁ、下手に学校帰りに大事なご子息が傷モノにされたら困るってことはわかるけど。変質者が出ただの何なのっていうのは、どの学校にいてもよくある話だ。けれど大いに慌てたのは学校だけではなく鬼道クンもだった。毎日毎日、送っていくからと授業が終わるたびに教室に迎えに来る。帰るまで20分くらいってったって、寮住まいだから特に警備員が多い道だ。別にそんなに心配することないと思うし、俺のことなんか襲うもの好きなんざいないだろって笑ったら、ぽかりと軽く頭を叩かれた。まぁ、別に、悪い気はしないけどさ。
 けれど教室に迎えに来てもすぐに家に直行するわけじゃなくて部活だったり、生徒会の仕事だったりなので、特に生徒会の仕事なんて手伝うものもないからすごく暇だ。鬼道クンは集中すると全然構ってくれないので、尚更つまらない。
 ソファに転がって、冷房の涼しさにうとうとと微睡んでいると、鬼道クンが頬を撫でて終わったぞと声をかけてきた。中途半端に寝たところを起こされたので、身体が暑い。シャツを開いてばっさばっさと風を送ると、馬鹿、とその手を掴まれた。

「なんだよ」
「早くボタンをかけろ。帰るぞ」
「やだぁ。あっついもん」

 仕事が終わってすぐに鬼道クンは冷房を消してしまったから、じわじわと暑さが蘇ってくる。暑さと眠気で頭がぐらぐらする中で、ボタンをかけようとする鬼道クンの腕を払いのける。

「下着が見えてる。キャミソール着ろと言っているだろう」
「やだよ。あちぃし」
「教室にいるときも平気で下敷きで仰いだりして、こんなにスカートも短いし」
「なんだよ、これくらい普通だろ。鬼道クンが真面目なだけなんだよ」

 まぁ、この学校はお嬢様が多いから、スカートがここまで短い女子は他にいない。だから異端扱いされて俺はあまり女子の友達はいないけど、隣のクラスには小鳥遊がいるし、放課後は鬼道クンたちがいるから、別にいい。でも鬼道クンは根が真面目だから、短いスカートは嫌みたいだ。俺は俺で、そこだけは譲りたくないって思う。なんでなんでもかんでも鬼道クンの趣味に合わせなきゃならないのさ、って言いたい。休日のデートなんかはヒールの高い靴を履くなと言うし、肩や足が過剰に露出した服を着ていると顔を顰めてくる。学校をさぼるとわざわざ短い昼休みにも迎えにくるし。なんで鬼道クンは俺のこと好きなのかなって、考えてみたり、なんでお前ら付き合ってんのって、言われたり。答えなんかまだ見つかってないし、俺だって知りたいよばか。
 不満げな様子が顔に現れたのか、鬼道クンもむっとした顔をする。ゴーグルを取って、そのままソファに俺のことを押し付けた。わぁっと慌てる俺も首元に、鬼道クンは思い切り噛みついて、撫で上げていた太ももを強く抓り、伸びかけた爪で引っ掻いた。

「い、」

 痛いよ馬鹿! と叫びたかった俺の口はあっけなく塞がれ、体勢的に手を押さえられれば動けない。痛い、絶対これ痕残るじゃん、と涙目になったところで解放されて、動けないまま転がっている俺のシャツのボタンを、鬼道クンは黙々と掛けて行った。
 抑えられたときに、ちょっと期待したけど、期待したのはあくまでキスとかまぁそんな甘ったるぅい、構ってやれなかったなりの愛情表現とかそんなんを期待していたわけで、まさか犬みたいに噛みつかれると思わなかった。しかも太ももを抓るだなんて。暴力だDVだと喚く俺に、だってこうでもしなきゃお前はシャツのボタンを閉めないし、スカートは短いままじゃないかと、ぶすったれた顔で鬼道クンは言った。
 どうやら前も同じように首元や太ももにつけられたキスマークを、バレバレでありながら虫さされなんですぅと誤魔化したことを根に持っているらしかった。あのとき隣にいた鬼道クンの反応といったら。今でも思い出すと笑えてくる。けれど今回みたいに歯型なら絆創膏で隠せないから、シャツを開きっぱなしなんかにできない。
 暴力だ、DVだ。と俺はまた唇を尖らせた。そう言うと、もう一度強く太ももが抓られる。痛い。絶対痣になる。
 俺が鬼道クンと付き合っていることはみんなが知っている。だから、この傷を見られれば、すぐに鬼道クンがつけたことだとわかるのだ。だって、鬼道クンは本当に俺を大事にしている。授業が終わったら教室まで迎えに来て、たかが20分の距離の帰り道を送ってくれるくらいに。それをみんなが知っている。だからこの傷痕を誰かに見られてしまっては駄目なのだ。俺に傷がついていたら、鬼道クンがつけたことがばれてしまう。そうなったら、鬼道クンの評価がどうなってしまうかなど、馬鹿でもわかる。
 暴力だ、DVだ。と俺は頬を膨らませた。俺がどうすることを知った上でこういう行為に出るのだ、鬼道クンは。

「ほら、帰るぞ。帰りにアイス、買ってやるから」
「ハーゲンダッツがいい。バニラねバニラ。絶対だからね。ねぇ、シャツはボタン閉めればいいけど、スカート切ってるから痣、誤魔化せないよ」
「俺のジャージがあるから」

 ごそごそと鬼道クンは荷物からジャージの下を引っ張りだしてきた。この暑さの中で長い方も持ち歩く鬼道クンの真面目さに舌を巻く。しかもロッカーに置きっぱなしとかは絶対にしないんだ。俺なんか、教科書も大抵机に突っ込んでいるし、帰り道はその薄っぺらい鞄すら鬼道クンに持ってもらっているというのに。
 ソファに座ったままもぞもぞと下をジャージに着替える。鬼道クンはわずかに目を逸らしている。どうせなんだから見ろよぉと腕を引っ張ってみても、無視される。ちぇ、と俺はスカートを鞄に突っ込んだ。大体、生徒会室でソファに寝転がってるのだって、ちょっと鬼道クンに下着見えないかなって期待しているのにさ。毎日どんな下着にしようか悩んでいるのだって全部鬼道クンのためなんだよ、なんて言ってやらないけど。
 彼シャツならぬ彼ジャージ。しかも下。可愛くない。ダサい。めちゃくちゃダサい。大体今日帰ったところで、寮にも短いスカートしかないんだけどな。そんな考えを先読みしたのか、「明日までに用意しておく」とやっぱり目を逸らした鬼道クンが言った。なんだよこのお坊ちゃん。でも、じゃあ、明日迎えにきてくれるんだ、と想像して、ちょっと顔が熱くなった。下校は毎日一緒だけど、朝一緒なのは久しぶりだ。せっかくだから早起きして、一緒にご飯食べたいなぁ、とかそんなことを思ってると、もういいかと鬼道クンが声をかけてきた。いいよと言えば、鬼道クンは振り返って、少し身を屈めた。耳が少し赤い。むっつりだ、むっつり、と笑ってその首に手を回す。
 なんで鬼道クンは俺なんか好きなのかって考えたり、なんでお前ら付き合ってるのって聞かれることはよくあるけど、でも、鬼道クンが俺を好きで俺が鬼道クンが好きならやっぱりその事実だけで十分なことだと俺は思うのだ。








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