綱海さんは中学生にしては洒落た格好いいヘッドホンを持っている。薄い水色のそれは綱海さんの髪の色にとてもよく似合っている。時折音楽に合わせて小さくリズムを取るのを、後ろから見ていると少しだけ寂しい気持ちになる。いつもはいっぱい喋って、たくさん笑って、どんな小さな声でもちゃんと聞いてくれる綱海さんが、音楽に聞き入ってこちらを見てもくれないのが寂しい。今だって、後ろからゆっくり歩いているのに、綱海さんは足音に気付きもしない。
 音楽を聴く綱海さんはいつもと違う目をしている。まっすぐどこかを見て、時々瞬きをして俯いて、そんな綱海さんはやっぱり格好いいけれど、物足りない。いつもは名前の通り津波のような人だけど、今の綱海さんは本当に静かな小波のようだった。

「綱海さん」

 声をかける。それでもまだ気付かないらしい。ヘッドホンから漏れる音が、綱海さんに声を届かせない。焦れったくなって、我慢できず、綱海さんに手を伸ばす。首筋に触れる。

「綱海さん」
「うわっ」

 文字通り綱海さんは飛び上がった。ヘッドホンを外して首に掛ける。さっきよりも漏れる音量が大きい。あまりよくわからない外国の言葉が飛び出した。
 綱海さんはぱちぱちと瞬きをした後に、笑って、どうしたんだ立向居と言った。このひとのこんなところがいいひとだなと思う。音楽に集中していた綱海さんを邪魔した俺を邪険にもしない。いつだって笑顔でなんでも許してしまうものだから、もっと怒ればいいのにと思ったこともよくあった。本人は喧嘩っ早いと言うけれど、それでも俺たちに怒ったことは一度もなかった。

「ヘッドホン、かっこいいですね」
「うん? あー、これ。音村に貰った。新しいの欲しくなったんだってさ。もったいないよなー」

 にこにこ笑う綱海さんは手の中のヘッドホンをくるくると回す。音村さんにこの水色のヘッドホンはなんとなく似合わない気がした。まだ真新しい、傷もあまりないヘッドホンを見下ろしていれば、どうしたんだよと再び綱海さんが聞く。なんでもないです、と言った俺の声はびっくりするほど拗ねたような声になった。

「立向居はご機嫌斜めだなぁー」

 立ち上がった綱海さんに、わしわしと頭を撫でられる。そのことに、また、言いようのない感情が浮かび上がるけれど、上手く言葉に言い表すことができなかった。
 くい、と撫でる腕の肘部分の服を掴む。それに気がついた綱海さんが、ん、と首を傾げた。

「綱海さん、キスしていいですか」

 やはり拗ねた声色は直らなくて、ぶすっとした声色は綱海さんを少し不快にさせたんじゃないかと思ったけれど、綱海さんは目をぱちくりとさせたあとに、少しも眉を顰めることもなく、笑った。

「どんとこい」

 そんな綱海さんはやっぱり格好よくて、構われないだけですぐに拗ねる自分だとか、キスも上手にできないこの身長差だとか、そんなものに俺は悔しさばかり覚える。せめて好きという感情だけでも音よりも速く届けばいいのに。








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