大抵の人には名前を教えると「すごい名前ですね」と言われる。引っ越してきたばかりのアパートの表札に、名前を書いて飾ってみたら、あらためてすごい名前だな、と思う。そんな名前なせいか何なのか、いまだに訪問販売の被害はない。
 ぎしぎし鳴る階段を、ゴミ袋を持って降りる。新居として借りたアパートは、古いし壁も薄いが、駅まではそこそこ近いし、スーパーもすぐそこだ。仮住まいなら、別に問題ないんじゃね、とあいつは段ボールを開けながら言っていた。二人分の荷物は、引っ越し業者を使わないで自分たちの車だけで事足りた。またすぐ引っ越すのか、と聞いたら、子供でもできたら引っ越すかもな、とこちらを見ないで言われたものだから、なんと返せばいいのかわからない。
 結婚でもするか。と言われたから、それもいいかもな、と頷いた。四月の初めの初め、つまり嘘を吐いてもいいといわれる件の日、そんなやり取りがあった。だから冗談だと思っていたし、寝たら忘れていたから、婚姻届を持って帰ってきた不動には驚かされた。あまり考えずに名前を書いて判子を押して、役所に持っていき、その足で不動産屋を巡った。鬼道や佐久間には、おまえは不動と一緒にいると考え無しになるから困る、と言われたことを思い出したのは新居が決まってからのことである。
 ゴミを出し終えて、階段を上る。こんなぼろぼろのアパートでも、駅に近いせいか、部屋は全部埋まっている。つい先日空いたばかりだという二階の角部屋に、入れ替わりに引っ越してきた形になる。ぼろぼろのアパートの中で、真新しい表札を触り、自然と笑みがこぼれる。あいつは、案外字が上手い。

「おかえりぃ」

 扉を開ければ、真っ先に飛び込んできたのは味噌汁の匂いだった。朝食を作るのはいつも明王の役目だった。手際良く作業を進めるタイプな明王は、忙しい朝もすぐに朝食を作れる。ご飯盛って、と言われたから揃いの茶碗を取り出す。計画なしに引っ越しをして貯金があまりないから、大抵の食器は百円で買った安物だが、茶碗だけはそこそこ値段の張るものを買った。
 朝食はあまり豪華とはいえない。会社に持っていく弁当も、夕食も。見るからに質素です、と主張する食事の数々を、それでも気にいっている自分がいる。

「なんか、たまにゃ高いモンとか食いたいよな」

 甘めの卵焼きをもぐもぐと咀嚼する不動に、例えば、と聞いてみる。「鰻とか」「あぁ、鰻かぁ」「でも安っぽい贅沢だな」大体あれも、たまに食うから美味いんだし。うんうん、と言いだしておいて勝手に結論を出す明王に呆れた。二人で一緒にいると考え無しになると言われたのは、こいつも一緒だった。

「まぁ、二人で一緒に毎日食事ができるだけ、貧乏でも嬉しいけど」

 そんな、一年に一度言うか言うまいかわからないような台詞を吐かれ、思わず箸から卵焼きを落とし、ぽかんとした顔で明王を見れば、もう言わねぇよ! と怒って、テーブルの上に落ちた卵焼きを食べた後に不貞腐れてしまった。その様子があまりに面白いものだから、笑ってしまったら、ますます機嫌が悪くなってしまったので、ご機嫌取りに時間がかかり、その日はあやうく遅刻してしまうとこだった。



 結婚でもするか。あ、うん? いや、別に意味なんかないけど。そうだな、だって今だって半同棲じゃん。俺が勝手におまえんちに住み着いてるだけだけど。でも、会いにくる電車賃とか勿体ねーし。でも、こっちいればあっちのアパートも勿体ないよな。今たぶん埃溜まってるし。たまに着替え取りに行く程度にしか戻らねぇもん。だったら一緒に住んじゃえばいいんじゃね? もっと広いとこに引っ越してさぁ。どうせもうすぐ更新じゃん。めんどくせぇし。同棲から始めても、ねぇ。今だって半同棲つってんじゃん。あんま変わらなくね。明日婚姻届持ってくるし。それに、そうだな。結婚したら色々と書類変更とかは面倒臭くなるかもな、お前の方は。でもいいじゃん。名字変えるくらいだろ、たぶん。あんま変わらなくね。それにそうだな、名字が変わったらお前の名前すげぇことになるだろ。二人並べてみれば、一発で覚えられるだろ。なんたって俺は仏の一つだし、お前だって、不動の幸せってすげぇ名前じゃん。名字変えるだけで幸せがどこにもいかない、ってなるんだぞ。名は体を表すかどうかは知らないけどよ、なんかいいじゃん。すげえ名前だろ。








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