先日は不動の誕生日であった、らしい。らしいとはいうのはその話を誕生日が終わった後に知ったわけで、それを本人に聞いてみると、あっけらかんとして「忘れてた」とのたまった。まさか恋人に対して、それはないだろう。不動の方は俺の誕生日をしっかりと覚えていて、「今日はなんでも鬼道クンの言うこと聞くよ」なんて久しぶりに可愛げのあることを言ったものだから、少々アブノーマルなプレイもしてしまった。そのことを思い出せば、知らなかったとはいえ、祝ってやれなかった分、不動のために何かしてやりたい。そう言ってみれば、不動は悩んだ後、「なんでもいい?」と可愛らしく小首を傾げて見せた。その時点で不動明王という人物の性格から、警戒すべきだったのだ。あぁ、なんでもいいぞと頷けば、にんまりと不動は笑った。それはまさしく、悪魔のような笑みだった。 「その言葉、嘘じゃないだろうな?」 プレゼント用ですよね、と言われて頷かない馬鹿はおるまい。まさか自分用など言えるはずない。それに、プレゼントというのはあながち間違ってはいないのだ。店員の疑わしげな視線から目を逸らせば、ちらちらとこちらを見ている若い女性の姿が見える。わかっている、今の自分は明らかにイレギュラーだった。そそくさと可愛く包装されたそれを受け取って、店を出る。もうこの店には来ることはないだろう。この近くにも、来ることは出来ない。 急いで家へと戻れば、俺のベッドの上で、不動がごろごろと転がり雑誌を読んでいた。にまにまとした顔が憎たらしい。 「おっかえりぃ」 「……買ってきたぞ」 「妹とかに頼んでないだろうな」 「どうやったらこんなもの買ってきてくれと頼める! もう二度と話してくれないかもしれないんだぞ!」 恥ずかしさのあまり、買ってきたばかりのそれを不動に投げつける。ぶつかる前にうまくそれをキャッチした不動は、包装を少々乱暴に破って、中身を取り出した。出てきたそれは、見間違えようもない、女性用下着である。 「ふぅん、これで鬼道クンの好みの下着ってわけね」 「一番最初に目に入ったものを買ってきただけだ」 「まぁまぁ可愛いじゃん。ベビードールとかは無理だったわけぇ?」 「無茶言うな! これを買ってくるだけで恥ずかしくてたまらなかったんだぞ!」 「なんでも言うこと聞くって言ったじゃん」 そう、不動のその言葉に頷いてしまったのがいけなかったのだ。不動が言った願いとは、専門店で女性用下着を買ってくることであった。そんなことできるはずないと反抗すれば、鬼道クンは嘘吐きなんだぁ、と、しょぼくれてしまうため、仕方がなく、恥ずかしさを殺して買ってきた。なんだかんだで不動に弱い自分を自覚する。 にまにまとそれを見ていた不動は、満足したのかそれを俺に差し出す。 「んじゃ、着て」 「お前が着るんじゃないのか」 「鬼道クンが着るに決まってんじゃん」 言うやいなや、服を脱がしにかかってくる不動を足で抑える。せめて自分で着たい。しかしブラジャーのつけ方がわからなく、結局は不動がホックをつけた。女性用下着は明らかに男にはきつすぎる。しかし不動は満足げで、ホックをつけたあと、そのままべろんと舌で舐めた。 「ひ、」 「ねぇ、早く下も着けてよ」 背中にかかる息は熱く、不動が珍しく興奮していることがわかる。この変態が、と罵ったところで、俺の誕生日に不動にやらせたことを持ち出されれば閉口せざるを得ない。間違いなくこの場のイニシアチブは不動に取られていた。ほぼ無理やりに下も脱がされ、女性用下着を着けさせられる。 「……泣きたい」 「泣いてもいいよ。あぁ、もう、鬼道ちゃんったら可愛いなぁ」 はぁ、と息を吐いた不動が、こっそりと携帯を取り出す。慌ててそれを奪うと、けち、と唇を尖らせた。いいじゃん、減るもんじゃないし、と言われても確実に減るものがある。もしくは失うものだ。 「くそ、これで満足か、クズ!」 「あは、まだに決まってるじゃん」 俺に女性用下着を着せて恥ずかしがる姿を喜ぶほどに不動はSで、それを逆ギレされて罵られるのを喜ぶほどに不動はMだった。はぁ、と首筋に熱い息がかかる。そのまま、唇を啄ばまれ、舌を入れられた。このままイニシアチブを取られるのも癪なため、不動の腰を掴んでこっちからも積極的に舌を絡ませる。ようやく口を離したころには、どちらもこのアブノーマルな状況のせいか、早くも熱っぽくなる。 「なぁ、鬼道ちゃん、」 「……挿れさせないからな」 「けちぃ。いいじゃんこのまま処女喪失させちゃってもさぁ」 「絶対に嫌だ」 「んじゃ、別に良いけど。ね、やっぱ録画させてよ。逆レイプっぽくて興奮する」 そのまま迫ってくる不動の髪を引っ張って離す。少々乱暴にした方が不動は興奮する性質のようだが、このまま言うことをホイホイ聞くわけにもいかない。いくら誕生日だからといって、出来ることと出来ないことはある。元々、不動はアブノーマルな状況を好む傾向にある。それに引っ張られる形で俺までそういう趣向に走ってしまうようになって、自分でも呆れてしまう。この恋人に、俺は随分と甘く、随分と弱い。 「おまえ、俺をどこへ連れていきたいんだ」 溜息を吐きつつ聞いてみると、不動は舐めていた首筋から顔を上げる。にんまり、と深くする笑みが俺は好きで、同時に恐ろしくて溜まらない。その笑みに、俺は何度も何度も、嫌という程に振り回されてきたのだ。 「そりゃあ、地獄の底までさ」 |