行為の際、不動は必ずと言っていいほど中に出すことを強請る。コンドームを用意しても勝手に処分されるし、良くて穴が開けられていたこともある。身体にかかる負担や、後処理を考えると、俺自身の欲望に関係なく、出来る限り中出しを避けたい場合がある。それをいくら言っても、不動は中出しを望むのだ。せめて外で出そう、そう思っても強く絞めつけられればあっさりと欲望は陥落する。不動は慣れている。不動自身が話すことがないが、仕草や言葉の端から、昔「そういうこと」をやっていたことは明らかで、けれど俺と付き合うことになってから、「そういうこと」はきっぱりとやめたようだった。それがわかってからようやく俺も、顔も名も知らない誰かに嫉妬する気持ちを少しでも拭い去ることができた。
 おっかしいなぁ。
 ベッドの上で下腹部を押さえて、ぶつぶつと呟きながら何度も何度も不動は首を傾げた。おかしいなぁ。なんでだろ。
 何がだ、と隣に座って聞いてみた。行為の後、不動はまだ何も着ていない。白く薄い腹が、静かに上下していた。肉付きの悪い、男の身体。

「あんなにしてるのにまだ孕まないんだけど」

 そこにはからかいや冗談の色はなく、ただ純粋な疑問のみがあった。おかしい、おかしい、と下腹部からさらに下の、俺が出した残滓を拭い舐め取っては、また首を傾げる。そこの行為に官能的な熱っぽさよりも、狂気を感じ、ひやりとしたものが背中に流れる。

「孕むわけがないだろう。どちらも男なのに」
「だって昔、血が出たんだ」

 すごく痛くて、苦しくて、いっぱい血が出て、死ぬんじゃないかって思った。あれが生理痛ってやつだろ。昔はいっぱい血が出たんだ。ここからさぁ。あぁ、でも最近は全然生理来てないなぁ。もしかしてもう、前のおっさんの子を孕んでたりして。それは嫌だなぁ。また生理こないこないかなぁ。
 男に生理など来るはずがない。血が出たとしても、それは生理とは違う。ただ切れて出血しただけだ。ほとんど慣らしもせず、乱暴に不動を扱って。しかし、それを言うのは憚られた。もしかしたら、不動はそうやって思い込んでいるのかもしれない。酷い行為をされた、という記憶に蓋をして、その行為の結果生まれた出血を、生理の血だと思い込んでいるのではないだろうか。
 そんな俺の考えなど気付かず、不動はぶらぶらと足を揺らす。

「鬼道クンの子供欲しいのにさぁ」
「……不動、」
「愛の結晶って奴? 子供ができたらさぁ、まぁ男同士じゃ結婚は法律的に無理だけどさ、ずっと一緒にいられるじゃん」

 それがまだ夢心地な声色だったら、まだ微笑ましさを感じられた。本当に不動は、自分は子供を産めるなどと思い込んでいるのだ。法律で同性同士が結婚できないと知っているのに、男が子供を産めないと思っていない。知識としては知っているかもしれないが、自分はそれに当てはまらないと思っている。
 腹を撫でるその仕草も、腹を見つめる目付きも優しげなものだ。静かに上下する薄い腹のどこにも、命を宿せる場所はない。



『ねぇ、鬼道クン。生理来たよ』

 唐突に鳴った携帯電話の向こうで告げられた不動の言葉に、一瞬なんのことだかわからなくなる。しかし、すぐに理解した。今どこにいるかと聞いてみれば、聞き覚えのあるラブホテルの名前で、すぐにそこへと向かった。電話の向こう、不動の声は弾んでいる。俺以外の誰かと身体を繋げたことに、罪悪感の欠片もない。そこに憤りを感じるよりも、繰り返される嬉しげな声に、背筋に冷たいものが走った。生理が来たよ。これでずっと。
 教えられた部屋に行くと、ベッドの上でまた不動が足をぶらぶらと揺らしていた。傍から見てもわかるくらいに、機嫌が良い。身体中に散らばった、暴力の痕と全く合っていない動作だ。顔には笑みが浮かべられているが、特に酷いのは顔で、何度も殴られたことが分かる。しかしそんなことも気にせず、不動はベッドに染みた赤い血を、指で拭った。

「あぁ、鬼道クン。来てくれたんだ」

 見ろよ。生理来たんだ。安心した。生理来たってことは、前のやつとの子供は出来てないってことだろ。これで、安心して鬼道クンの子供孕める。なぁ、早く。ここにさぁ、鬼道クンのちょうだいよ。
 けらけらと嬉しそうに笑う不動に、手を振りかぶった。怒りからだと信じたかった。理解できないものを見て、恐怖を誤魔化すための行為だとは思いたくはなかった。パン、と高い音が鳴って、不動はベッドに転がる。頬にある痣は、また増えるだろうか。

「子供なんかできるはずないだろう」

 俺もお前も、男なのに。お前はただ、酷いことをされたんだ。血が出たのは、生理の血なんかじゃない。いい加減、現実を見ろ。そんなことを言ってやりたかったが、茫然とした顔で叩いた頬を押さえている不動に、それ以上傷つけることは言えなかった。もっと早くに言えば、こんなふうにはならなかったのだろうか。身体中に走る暴力の痕は凄惨すぎた。どこもかしこもぼろぼろで、しかし何よりも、茫然と頬を押さえる不動の精神状態が一番、見ていて痛々しい。

「ごめん」

 やっと我に返ったのか、不動はぽつりとつぶやいた。

「俺さぁ、思い込みが激しいから。勘違いしてた。……ごめん」

 ごめん。ごめん鬼道クン。こんなとこに呼んじゃって。
 ぶつぶつと壊れたように何度も謝罪を繰り返している不動を、もうまともに見ることもできなくて、一人で部屋を出る。ドアの前で膝を抱え、顔を押し付けて少しだけ、泣いた。







 がぁん、がぁん、とあたまのなかをなにかで叩かれているようなかんじ。
 痛くって、でもそのおくをさぐろうとおもっても、ぜんぜんうまくいきやしない。

「これだけ出したんだから、もしかしたら孕んじゃうかもね」

 ぐちゃぐちゃと音が鳴る。孕むって、なにをだろう。
 なんだかあたまがすごくいたいし、からだじゅういたいし、いたくないところなんかぜんぜんなくって、口からもれる悲鳴も、つぶれたかえるみたいだった。そんなこえ、聞いたことないけれど。

「血、出ちゃったね」

 生理みたいだと、そいつは言った。生理。孕むって、子供のことか。こどもはきらいだ。だって、絶対ろくな目にあわせられない。おれはべつに、こんなにいたくてもとうさんとかあさんのことは嫌いじゃないけど、おれはおれを嫌いだから、絶対こどもなんかつくりたくない。こんなのが親だなんて。おれだったら生まれてきたくなんかない。
 とうさんみたいなのが相手だったらなぁ。かあさんみたいにおれはなれる気しないけど、もしもこどもができたとしたら、かあさんみたいになれるのだろうか。またあのころのようなかぞくに、なれたら、いいのに。なぁ。きっとこんどは、うまく、できるのに。とうさんがあんなふうにならなくて、かあさんがかなしまなくて、おれがこんな目にあわないように、そんなかぞくになれたらいいなぁ。そしたら、こどもができても、しあわせなのに。でも無理だろ。痛い。いたい、いたい。おれはこいつがきらいだし、おれはおれがだいっきらいだ。愛があるからこどもができるんだって、なんかのドラマでやってた気がする。かあさんといっしょに見ていたあのドラマも、けっきょくどういうおわりをむかえたんだろう。ここに愛なんてない。
 何度か生理が来て、俺はその度に死にたくなった。痛い、痛い、痛い。頭痛薬は生理痛に効くというから飲んでみたけれど、全然良くはならない。満足に座ることもできなかった。頭痛薬なはずなのに、頭が痛くなるのも治らなくて、たくさん飲んでも戻してしまうばかりで、がんがんと叩かれたような痛みは消えることなく俺を襲った。生理が来ると頭も痛いし、すごい苛々するし。良いことといったらいつの間にか財布にお金が増えているくらいで、でも体調の悪さに比べれば全然割に合わない。何度もベッドに寝転がりながら膝を抱えて、悪態を吐いた。生理が来ると、痛さのせいなのか、あんまり記憶がはっきりしなくて、少しだけ怖かった。でも思い出そうとすれば余計に頭が痛くなるから、考えるのをやめた。惰性で生きることは、気楽だった。そんな俺が、俺は嫌いだ。
 そんな自分が、ほんの少しは好きになれたのは、鬼道クンと会ってからだろう。俺は自分のことは吐き気がするくらい嫌いだったが、鬼道クンと一緒にいれば、その吐き気も薄まっていくように感じた。たぶん、きっと、俺は鬼道クンが好きなのだと思う。だから、鬼道クンが同じように俺のことを好きになってくれたときは、表には出さなかったが、俺は有頂天になった。久しぶりに、幸福というものを実感できたような、そんな気がしたのだ。鬼道クンは俺のことを好きだと言ってくれて、そう言われる自分のことを、俺は段々と嫌いになるのをやめた。昔は、俺は馬鹿で、すぐ騙されて、思い込みが激しかったから。人を信じるだなんて現実的じゃないこともしたくなくて、でも鬼道クンのことなら信じてやってもいいかなぁと思いあがったことを考えてみたりもして、でもそんなことを言っても鬼道クンは呆れつつも笑ってくれたから、まぁいいかな、なんて。鬼道クンが笑って、俺も笑えたから、また昔みたいになれた気がして、きっと俺は、鬼道クンに救われたのだと思う。
 鬼道クンとセックスをした。ものすごく嬉しくて、幸せで、なのに俺の体調はあまり良くならなかった。昔みたいに頭が痛くなる。あれ、むかしって、いつのことだっけ。があん、があん、あたまのなかをおもいきりたたかれているようなかんしょくがする。時々自分がなにをいっているのかわからないこともあって、なんだか記憶もはっきりしない。すこしだけこわかった。鬼道クンが一緒にいれば少しは楽になった気がして、だから前の俺だったら考えられないほど俺は鬼道クンに依存して溺れていった。鬼道クンがいなくなったら、俺はいったいどうなってしまうのだろう。こどもがいれば。こどもがいれば、ずっと一緒にいられるのだろうか。子供ができて、結婚する。出来婚なんてモラル的にはあまり良くないし、そもそも男同士だから結婚はできないけど、子供ができたらずっと一緒にいられるなら、俺はこの腹に子供を宿したいと思った。愛があればこどもはうまれるんだって。昔みたドラマでそんなことをやっていた気がする。俺は鬼道クンのことが好きで、鬼道クンも俺のことを好きだと言ってくれて、そこに愛が確かにあるのなら、子供を作ってずっと一緒にいられることもできるのだろうか。
 何度も何度も鬼道クンに中出しを強請った。鬼道クンは俺の身体を労わって、中に出すことを渋るが、無理やり中に出させた。こんなに出してもらったんだから、きっといつかは孕むだろう。なのに一向にその気配は訪れなかった。子供ができなきゃ、鬼道クンとずっと一緒にいられない。鬼道クンはお坊ちゃんだし、もしかしたらいつかは別の良い家柄の女と結婚させられるかもしれないけど、子供がいれば、それをきっかけに一緒にいることを認めてもらえるかもしれない。それを考えると、俺はどうしても子供が欲しくてたまらなかった。妊娠はしないし、生理はこないし、頭はがんがんに痛むし。早く、生理来ないかな。もしかしたらもうすでに他のやつの子供ができてたら、嫌だなぁ。ほかのやつって、だれだろう。そんなこと、してたっけ。
 がんがんとたたかれる痛みはだんだんとつよくなっていって、ふらふらとまちへとあるいた。こんなことまえにもあった気がする。あんまおぼえてないけど。おれのあしはかってにどこかへ向かって、かってにだれかにはなしかけて、かってにどこかのホテルに入っていった。なぐられても、あんまり自分の意識ははっきりしなくて、脳みそのなかみがぐるぐるとかきまぜられるようなかんじ。いつのまにか男はいなくなっていて、俺は出されたぐちゃぐちゃのを処理した。しみるけど、シーツに血がついてたのをみて、うれしくてたまらなくておれはすぐに鬼道クンにでんわした。生理が来た。だから鬼道クンとのこども、できるよ。これで、ずっと、一緒にいられる。
 なのに鬼道クンは全然嬉しそうじゃなかった。むしろ、唇を噛みしめて、理解できないものを見るような目で俺を見た。どうしたんだろう。そう思っていたら、思い切り頬を叩かれて、ベッドに転がった。痛い。いたい、いたい、いたい。あれ、さっきもいたかったなぁ。さっきって、なにがあったっけ。どうでもいいからおぼえてないけど。

「子供なんかできるはずないだろう」

 鬼道クンの声は低く、そして震えていた。俺を思い切りたたいた後も、手はふるえてて、にぎりこぶしを作っていた。また、なぐられるだろうか。痛いのはいやだなぁ。
 こどもなんかできるはずない。痛みと共にそのことばがしみこんでくる。できるはずない。生理はきたのに。
 あぁ、そうか。俺は笑いだしそうになった。馬鹿だなぁ、本当に、馬鹿だ。

「ごめん」

 俺は謝った。心の底から、鬼道クンに謝ったのは、これが初めてだった気がする。

「俺さぁ、思い込みが激しいから。勘違いしてた。……ごめん」

 俺は馬鹿で、すぐ騙されて、思い込みが激しかったから。人を信じるだなんて現実的じゃないこともしたくなくて、でも鬼道クンのことなら信じてやってもいいかなぁと思いあがったことを考えてみたりもして、でもそんなことを言っても鬼道クンは呆れつつも笑ってくれたから、まぁいいかな、なんて。鬼道クンが笑って、俺も笑えたから、また昔みたいになれた気がして、きっと俺は、鬼道クンに救われたのだと思う。
 馬鹿な俺を、鬼道クンはずっとどんな目で見ていたのか、まったく思い出せない。俺は鬼道クンのなにをみていたのだろう。
 ごめん。ごめん鬼道クン。こんなとこに呼んじゃって。何度も俺は鬼道クンに謝った。こんな汚い所に来て、俺ばかりが我儘を言って。何度も謝ったけれど、やっぱり鬼道クンは俺を許してくれなくて、何も言わず、部屋を出て行った。部屋に残ったのは、俺と沈黙だけだった。
 本当に、ごめんね、鬼道クン。謝ってももう届かない。
 昔みたいな家族に戻りたかった。父さんがいて、母さんがいて、俺がいて、笑っていたあの頃。でもそんなの無理だということを俺は知っていて、でももしなれるなら、そんな家族になれればだなんて、そんなことを考えてた。あの頃に戻りたくても戻れないけど、またあの頃みたいになりたい。俺は俺のことを大嫌いだけど、俺が俺のことを少しでもまた好きになれて、そしてそんな自分以上に誰かを愛せたなら、そこに子供ができて、家族になれればいいなぁ。愛があれば子供はできるんだから。そうして、ずっと一緒に、いられたら。また幸せになれるかな。

「子供なんか、できるはずないだろう」

 反芻して、笑った。できるはずない。
 俺は馬鹿で、すぐ騙されて、思い込みが激しかったから。鬼道クンのことを信じて、ころっと騙されて、告げられた言葉を、純粋で濁りのない本物だと思い込んでいた。ぜぇんぶ、嘘なのになぁ。
 子供なんかできるはずない。だって俺が好きなだけだったんだから。鬼道クンは俺のことなんか本当は全然好きなんかじゃなくて、ただ戯れに嘘を吐いて、なのに俺はそれに全く気付いていなかったのだ。もっとちゃんと見ていれば、騙される俺を笑う鬼道クンが見れたのかもなぁ。それにも気づかないだなんて、俺が鬼道クンを好きだと思っていた気持ちもその程度だったのだろう。あーあ。馬鹿だなぁ。愛がないなら子供なんて生まれるはずないのにな。
 自分の馬鹿さに呆れかえって、誰もいなくなった部屋で俺は笑った。笑って、笑って、笑いすぎてお腹が痛い。鬼道クンに叩かれた頬も痛いし、頭も痛い。なんでこんなに全身が痛いのかわからないけれど、馬鹿な俺を現実に戻すのには十分だった。全部、夢。馬鹿な俺が、勝手に幻想を抱いていただけ。鬼道クンが俺を好きだって言ったのも、ずっと一緒にいられるという未来も、そんなもの最初からなかったのだ。
 薄い腹に命は宿ることはなくて、誰にも愛されない俺は、やはりこの世界でたった一人だった。馬鹿な俺のことを、俺はやっぱり大嫌いだ。俺は俺自身に何を期待していたのだろう。愛されるとでも思っていたのか。こんなに汚くて、こんなに馬鹿で、こんなに、こんなに。馬鹿ですぐ騙されて、思い込みが激しくて。そんな自分なんてもうこりごりだ。俺は一人だからずっと俺と一緒にいなければならないのに、俺のことが嫌いで、もう一緒にいたくない。死んでしまえばこのうんざりするほど馬鹿な俺にも、この痛みにもおさらばできるのだろうか。
 ごめん、鬼道クン。俺が思い込み激しすぎて、勘違いしてて。俺のためにわざわざこんなところにも来たくはなかっただろうし、誰だってわかるような嘘を真実だと思い込む面倒な俺を騙すのにももう疲れただろう。こんなことになるまでわからなかったけれど、やっと馬鹿な俺から鬼道クンを解放できたというなら、これでよかったのかもしれない。そう思えるほどには、俺はやはり、確かに鬼道クンを愛していたのだ。それだけが俺の持っている唯一の真実なのだとしたら、自分ほど価値のない人間は存在しないだろう。
 膝を抱えて、顔を押し付けた。たった一人きりの世界で、俺は俺のことを慰めたくはなかったから、涙は出なかった。一人きりの世界は、仄暗く暖かで、こんなにも苦しい。









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