※バンドパロの続き



 差し出されたチケットはなかなかに凝ったデザインをしていて、単なる紙のくせに、それなりに金を使って作られたことがわかる。ホラ、とさらに目の前に突き出されて、慌てて油に汚れた手をナプキンで拭って受け取った。二枚。たぶん、俺と小鳥遊の分だ。

「学園祭にチケットがあるだなんて、さっすがお坊ちゃん校だねぇ」
「とりあえずお前と小鳥遊の分は確保しといた」
「それはどうも」

 チケットを寄こした鬼道は、その手で勝手に俺のトレーからポテトを奪い去っていく。悪びれない動作にむかついて足を軽く蹴ってやるが、それほど痛くなさそうだったのがまたむかついた。
 鬼道たちが通う学校は、お坊ちゃま用の学校だ。歴史はそれなりにあるし、レベルもそれなりに高い。目の前の鬼道は成績で学年トップなのだから恐れ入る。寄付金をたんまりと貰っているおかげか校舎の設備はそれなりに良いとの噂だが、普段学校に他校の生徒が入る機会がないため、あくまで噂だ。限られた機会が学園祭であるが、このようにチケットが用意されているため、入ることのできる人数も制限がある。恐らく不審者をなくすためなのだろう、生徒が予め申告した分のチケットしか刷らないのだ。

「んじゃ、久しぶりに三人でやるわけね」
「あぁ。時間間違えるなよ」
「はいはい。うっかり時間過ぎてることがないようにするわ。佐久間のやつ、久しぶりにボーカルだけど大丈夫なわけ?」
「その辺りは、上手くやるさ」

 元々が三人でやっていたバンドだからそのあたりは不安はないのだろう。ただ、佐久間はベースをやりながら歌うことにあまり向いていない。注意力が散漫になってしまって演奏に支障が出るのだ。単純なやつだと思う。逆に片方に集中すればそれなりなのだから、そうしてほしい。鬼道はむかつくほどなんでも演奏できる天才肌だが、酷い音痴であるし、源田にもボーカルは無理だ。それを考えると上手いこと今のメンバーは集まったのだなと思う。礼を言ったことはないが、源田にはそれなりに感謝している。

「お前たちは学園祭で何かやらないのか」
「無理無理。俺ら学校で活動禁止受けてんだよ。件の小鳥遊の暴力事件で。男子校にゃ色恋沙汰とかそんな心配なさそうだけど」

 そう言うと鬼道が僅かに目線を反らす。おや、と怪訝に思って覗き込んでみれば、さらに鬼道は目を反らした。佐久間に負けず劣らず、こいつも大概単純にできている。
 鬼道の健全なのか不健全なのかいまいちよくわからない感情に気がついたのはいつのことだろう。いかにも「お坊ちゃん」である鬼道は、きっと今までろくに異性と付き合ったことがないのだろう。だからといって、男に走るのもどうかと思うが。つまるところ、鬼道は俺にそれに似た感情を抱いている、らしい。わけがわからない。わけがわからないが、事実のようだから仕方がないし、救えない。一体どんなところに惚れたのはさっぱりだ。最近はまだマシになったが、前まではバンドの方針で言い争うことばかりだったのに。

「んじゃ、楽しみにしてる。鬼道クンのかっこいートコ」

 それに、自分が言う分、相当な感じではあるけれど、性格だって大変よろしくないし。
 覗き込みながらにっこり笑ってやれば、鬼道はすぐに真っ赤になった。相変わらず、わかりやすい奴。



 金持ちの奴らばかりだから学園祭もそれなりに落ち着きを持った行事かと思えば、日ごろのうっぷんが溜まりまくっているのか、入口をくぐって一歩目から騒がしい学内の様子が伝わってきた。むしろ、金を掛けてる分、セーブというものを知らないらしい。無意味にクラッカーは鳴らされるし(人に向けてやるなという説明書きは読まなかったのか)、模擬店の出し物だというあまり口に入れたくない色をしたクッキーを押し付けられた。
 小鳥遊とお金を出し合って綿あめを買った。原価に比べてこの値段は詐欺だと思う。たかが砂糖の塊のくせして。学食が特別に安くなっているそうで、お昼はそこで学園祭特別定食を食べたが、普通に美味くて驚いた。普段からあいつらこんなに美味いもん食ってんのか。すっかり満喫しているところに、ぶるぶるとポケットの中の携帯が震えた。誰だよ、と見てみれば佐久間からだった。電話だ。

「もしもし?」
『おまえ、鬼道に何か言ったろ!』
「はぁ?」

 佐久間の声は叫び声に近かった。一回電話から耳を離して、再び近づける。

「なにがだよ」
『鬼道、すごく緊張してるんだよ。リハとか、ぐっだぐだだったんだからな。おまえ、何か言ったんだろう』
「なんで俺だよ。ていうか鬼道クンって緊張するんだ。見てみたい」

 記憶の限りでは、鬼道が緊張しているところなど全く見たことがない。ライブのときだって、緊張しているのは大抵佐久間だ。少なくとも表に出すような緊張を、鬼道はしない。大体、三人でやるのは久しぶりとはいえ、今まではそうやってきていたのだろうし。

『おまえと鬼道が会ってからなんだよ。おかしくなったの。……気づいてるんだろ?』
「……なぁにが」
『気づいてるんだな』

 はぁ、と溜息が電話越しに聞こえる。佐久間にすら気付かれるとは、相当鬼道はテンパっているらしい。

『なんて言ったんだ』
「別に。鬼道クンのかっくいートコ見てみたいなぁー、とかそんな感じ」

 嘘は言っていない。現に表向きはそんなことしか言っていないのだ。あとはまぁ鬼道の受け取り方とか、そういうものの問題であると思う。俺は悪くない、決して。

『本番前に適当にフォローの電話、入れておけよ!』
「……へーへー」

 最初から最後まで怒鳴られ、耳がキンキンする。言いたいことだけ言って切られた携帯は、元の沈黙へ戻った。大きく溜息を吐く。面倒なことになったものだ。からかう分にはまだ面白かったが、ここまで問題が大きくなるとは思わなかった。
 今は11時40分。確かステージに上がるのが午後の2時くらいだっただろうか。ギリギリまで焦らすのも面白いとは思ったが、リハーサルで駄目になっているくらいだから、今のうちに電話をしておいた方がいいのかもしれない。めんどくせぇ、と呟きながら携帯を開いたり閉じたりを繰り返していると、つまらなそうにパンフレットを捲っていたはずの小鳥遊が、ジト目でこちらを見つめていた。

「……なんだよ」
「あんたたちってほんと、わかりやすいのね。鬼道って、アレでしょ。あんたのこと好きなんでしょ」

 小鳥遊にすら気付かれてるとは、心底可哀そうな鬼道クン。少し同情もしたくなる。気付いていないのは源田くらいなものか。あいつは何があっても気づかなそうだ。

「いいんじゃないの、付き合っちゃえばー。男同士とか別に気にしないしー」
「棒読みで無理に女子高生のノリ止めろよ」
「それより、さっさと電話してよ。たこ焼き食べに行きたいもの」

 さっき定食を食べたくせして、驚きの胃袋だ。パンフレットで食べたいものの目星をつけていたらしい。こいつは色気より食い気のタイプだな、と軽く呆れたが、さっさと電話をしろと無言で訴えられ、仕方がなく、電話帳から鬼道の項目を探しだす。

「そういえば、」
「ん?」
「『あんたたち』ってどういうことだよ」
「あぁ、だって、あんたも大概わかりやすいもの」

 受話器から呼び出し音が響く。これで電源を切っていたらどうすればいいんだろう。大体、電話したからってどうなるって問題でもないだろう。さらに鬼道がテンパったら、救えない。
 鬼道をからかうのは好きだ。真面目なくせして、変に抜けていて、そういうところに漬け込むのが面白くてたまらない。恐らく鬼道の周りにいたのは優しい奴ばっかりだったんだろう。俺は優しくなんか全然ないから、俺のせいで鬼道が今みたいにテンパったりするのを見ると、すごく楽しい。真っ赤になったり、しどろもどろになったり、普段の鬼道とのギャップを出させる遊びは、俺を夢中にさせている。
 電話に出たら、なんて言ってやろう。どうやったら、鬼道はまた動揺するだろう。プツっと呼び出し音が止み、代わりに、もしもし、とやや緊張した鬼道の声が聞こえる。

「好きな子ほど苛めたいだなんて、小学生のやることよ」

 なるほど、確かにわかりやすい。あーあ、鬼道クンは俺の何処に、惚れちゃったのかねぇ。外見だって普通に柄は良くないし、性格だって、このように良くないのにさ。今だって、鬼道がどんな返し方をするか、ぞくぞくしながら待っているというのに。でも、それが俺の愛し方だから、仕方がないよね鬼道クン。
 怪訝そうにもしもしと繰り返す鬼道に対して何を言ってやろうか決めて、俺は口を開いた。

「      」

 さぁ、あんたはどんな愛し方をしてくれる?









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