何かの折に首を絞められたことがある。もうそのことをほとんど覚えてはいなかったが、それから、困ったことに俺は首を絞められなければイけなくなった。そんなわけで源田との生ぬるい行為は俺にとって本当に生ぬるくて、満足に至ることがほとんどない。源田はあほじゃないかってくらい優しい。だからと言ってこのまま生ぬるい行為をだらだら続けるのも嫌だった。俺だって満足したい。源田は俺がどうしてイけないのかちょっと真剣に悩んでいたものだから、余計に困った。俺はなんでこいつとこんな関係になっているんだろう。前はもうちょっと節操無しだったのに、満足にセックスもできないこいつだけでいいやという気分になった。面倒だったのもあるかもしれない。そうでないのかもしれない。
 逆転の発想。源田に馬乗りになり、俺は源田の首を絞めてみた。夢うつつ、ベッドに沈んでいた源田の首を、少しずつ指先に力を入れて絞める。源田は半分夢の中にいたのをすっかり目を覚まして、目を見開いた。何か言おうとしてできない源田を見るのは楽しかった。それは俺の名前に違いない。今、源田は間違いなく俺を見ていて、俺の名前を呼ぼうとしているのだ。ぐ、と力を振り絞った源田が俺の手を外す。俺はあっさりと源田の首から手を離した。思い切り力を入れていた手はまだ少し疲れていた。
 源田はげほげほと思い切り息を吐いて吸った。少しだけ涙目なのがまた堪らない。痕の残りそうな首筋を撫でてやれば、びくりと源田が怯えた。そりゃそうだ。なんでこんなことをしたんだ、と源田が聞く。その問いには答えない。代わりに、源田の俺より浅黒くてごつごつした健康的な手を、俺の首筋に添えた。どれだけお前が苦しいのかさっぱり想像もできない。だからちょっと俺の首を絞めて、どんだけ苦しかったのか教えてくれよと俺は源田に言った。まぁ嘘だったわけだけど、源田はそれにびっくりしてまた目を見開いた。出来るはずがないと言って源田は首筋から手を離そうとする。それを、手に力を入れて防いだ。でもきっと手を離すのをやめたのは、次の一言だったと思う。お前がやってくれないんなら他の誰かに絞めてもらってくる。そのときの源田の顔は、まだ俺が他の誰かとセックスしていた頃、赤い痕が身体に残っているのを見たときの顔と同じだった。
 源田の指が、一本ずつ、力が入っていく。地味に苦しいやり方だが、きっとこいつの優しさからくる躊躇いに違いない。ぎゅう、と首を絞める源田は、少しずつ、少しずつ、力を加えていった。生理的に潤んできた視界の向こうで、源田が泣きそうな顔をしている。さっきの俺はどんな顔をしていたんだろう。首を絞められて息ができないというのに、名前を呼びたかった。源田、げんだ。たぶん、今までで一番、源田の名前を呼びたかった。源田は俺だけを見ている。俺も源田だけを見ている。薄い水の膜越しに目を合わせるのは、それでも堪らなく幸せなことだと俺は思う。
 首にかかる圧力が消える。一瞬で入ってきた空気に、俺は咽返った。げほげほと、そのまま吐くんじゃないかってくらい大きな咳を繰り返す。源田がおそるおそるといった風に背中を撫でる。あほみたいに優しい源田が俺は嫌いではなかった。お前も性質の悪いのに引っかかったよな。でもお前だって興奮してただろ。俺もだけどさ。男って笑えるほどはっきりとわかるよなと熱くなった身体が告げる。源田は今すぐ死にたそうな顔をしていた。
 なぁ源田、続きやろう。そう言って俺は再び源田の手を取る。俺は源田がこれ以上泣きそうな顔をしないようにと笑ってやったけれど、源田はますます顔を俯かせるだけだった。それでも躊躇いがちにまた、人差し指から力を込めていく。それから俺たちはそのままセックスした。たまらなく興奮して、俺は何度もイったし、もう最後の方には意識なんかほとんどなくなった。目を閉じる前に見た源田の顔はやっぱり泣きそうで、俺はそのとき初めて、首を絞められること以外で興奮した。源田は優しいし、俺の首を絞めることはやはり嫌なのだろう。それでも、俺のためにしてくれる。源田は、泣きそうな顔で、今すぐ死にたそうな顔で、それでも俺のことを好いてくれる。そのことに堪らなく興奮を感じ、そして源田がこの上なく愛おしいと、そう思った。




 哀しいと思う。俺が不動の首を締めなければならないことも、不動が首を締めなければイけないことも、どうしてそうなってしまったかということも、哀しいと思う。不動を好きになってしまったことが哀しいと思う。不動が俺を好きになってくれたことが哀しいと思う。もっと他の奴を好きになってくれればよかったのに。馬鹿だと言って、頬を叩いてやれるやつを好きになればよかったのに。言われるが侭に呼吸を塞ぐ俺は、不動が思っているほど優しい人間ではなかった。不動の欠けたものを補ってもやれない。
 不動の首を絞めて、初めて気がついたことがある。そうならなければ気付かなかったことの方が多すぎて、俺は少しだけ泣いた。一体どれだけの人間がこの男を理解してやれるのだろう。死に至る行為の過程でしか幸せそうに笑ってくれないこの男を。不動は優しくないし、不動の首を絞めるのはやはり嫌だ。それでも俺は首を絞めてしまう。不動は、苦しそうな顔で、今すぐ殺して欲しそうな顔で、それでも俺のことを好いていてくれる。そのことに堪らなく哀しみを感じ、そして不動がこの上なく愛おしいと、そう思った。







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