俺がバナナオレ、冬花が紅茶、道也がコーヒー。何がっていうと、朝飲みたいものだ。血がつながってないと味覚も違うのか、好みがばらばらなのだ。毎朝のキッチンの慌ただしさといったら。余裕がある日だったらまだマシだけど、みんな起きてくるのが遅かった日には、それはもう酷いことになる。しかも冬花も道也も、インスタントを使わないから、尚更。今日はまだ、日曜日だから大丈夫なのだ。薬缶にたっぷりとお湯を沸かす。今日の飯当番は俺だ。何にしようかと冷蔵庫を開けて見れば、見事に空に近かった。道也の奴、買っておけって言っただろ。卵が三つ。サラダは出来る。ハムエッグでもいいかと思ったけれど、ハムがない。卵サンドを作るにも、卵が少ない。溜息を吐いて、起きてきたばかりで、眠そうに目を擦っている冬花を見る。 「朝、何が良い?」 「何があるの?」 「卵が三つ。サラダは出来る。あ、あと食パンもあるな」 「だったらわたし、ラピュタのパンが食べてみたい」 あぁ、そういえば昨日やっていたなと思いだす。あの、目玉焼きが乗っただけの、シンプルなパン。 「お昼、響木さんのところで食べるから、軽くで良いって、お父さんが」 「んじゃ、パンとサラダな。ほら、さっさと顔洗ってこいよ」 「うん」 さっそく卵を三つ取り取り出して目玉焼きを作り、パンを焼いている間に、まだ寝ている道也を起こしに行く。この親子はあまり寝起きが良くない。まだベッドに沈んでいる道也を、足で蹴って起こしてやる。起きろよオッサン、と何度も何度も蹴った。潰れた声で、まだオッサンではないとかなんとか言い訳じみた声が返ってきたが、めんどくさくなって、布団を剥いだ。このままベランダに干しに行こう。しぶしぶと起き上がった道也に、顔洗ってコーヒー淹れておけよとだけ言って、ベランダへ布団を引きずっていった。今日は良い天気だ。一日中晴れているようだし、俺と冬花のも出しておこう。 最近買い換えられたダイニングテーブルに、出来たばかりのサラダと、ラピュタパンを置く。俺の席にはバナナオレ、冬花の席には紅茶、道也の席にはコーヒー。匂いが混ざる朝食も、もう慣れた。 「明王くんのサラダにだけトマトが入ってない」 「うっせ」 無理やり自分のトマトを入れてこようとする冬花に、慌てて皿を遠ざける。油断するとすぐにこれだ。くすくす笑う冬花を無視して、テーブルに向き直る。顔を洗ってきたものの、まだ眠そうにしている道也が椅子に座ったのと同時に手を合わせる。これをやらないと後々苦手なものが容赦なく食事に入れられるから、柄じゃないがやらないと困るのだ。 「いただきます」 「いただきます」 「……ます」 満足そうにしている冬花が嫌だけど、反抗するとまたトマトが入れられるから、おとなしくするしかない。いつか冬花の嫌いなものを調べて絶対逆襲してやると決めて、ラピュタパンに噛みついた。 (明王と冬花と道也) ********** 私はあまり瞳子さんが好きではない。だから、お下がりや貰い物だからといって、服を持って来られても困るのだ。明らかに真新しいそれは、値札こそ外してあるものの、買ってきたばかりだとわかる。お下がりだと、そう言わなければ私が受け取らないことをわかっているのだ。そう言われたところで、素直に受け取る気など、ないのだけれど。 「ワンピース、ここに置いておくから」 瞳子さんが持ってくるのは、大抵、スカートとか、フリルのついたものばかりだ。私は、スカートは嫌いだったし、フリルのついたものも好きではない。それをわかっていて、瞳子さんはそれらを持ってくる。服飾に対する興味を自分から放棄している私に、女の子らしい格好をさせたいらしい。持ってくるものはシンプルなものが多かったが、それを着る気には、なれなかった。 一度、どうしてこういうことをするのか聞いたことがある。どうせ私が貰った服を着ないことなど、わかっているのに。そうしたら、瞳子さんは小さく笑って、目を伏せた。そうね、あなたは私に似ていると思ったし、それに、あなただって私の妹なんだもの。酷いと思ったし、ずるいと思った。だって、私はあの人の本当の娘にはなれないのに。喚き立てたい悔しさは、唇を噛んで我慢する。 タンスに入りきらなくなった服を、どうすればいいのかわからなくなった。捨ててしまおうかと思ったが、これを着たら、もしかしてあの人が似合うと言ってくれるかもしれなくて、ただそれだけの想像が、私に服を捨てることを許さなかった。 今日も部屋の前に袋が置かれている。フリルのついたスカート。茶色のそれを、気まぐれを起こして履いてみる。久しぶりのスカートは、すーすーして、少し気持ちが悪い。暮れかけた日の光だけが入ってくる室内では、鏡の前に立っていても、似合うかどうかわからなかった。 (玲名と瞳子) ********** ロココは野菜よりも肉料理の方が好きだったし、俺だって野菜よりだったら肉料理の方好きだった。だから、食事をしていれば、いつも取り合いになる。胃袋の方は、圧倒的にロココの方が大きかったけど、だからといって、目の前でばくばく食べられたら、良い気なんかしない。俺が皿へと手を伸ばせば、負けじと握り箸をしたロココが、大皿から山盛りに小皿へと取り分ける。 「ロココ、あんなに食べただろ!」 「足りないよ! いいでしょ、マモルには多いもの!」 ぐぬぬぬと呻くロココと俺を、配膳しに来た夏未が呆れた顔で見ていた。そして、俺の皿に少しだけ盛って、大皿は没収されてしまった。野菜も食べなさいと、ボウルに盛られたサラダを出されたけど、今度はロココと俺で、目を配らせ、この野菜の山をどうしようかと無言の会議を始める。そして、どうやれば相手に多く押し付けられるか、考えるのだ。 「ナツミ、ボク、マモルきらい!」 「何だよ、食べ物のことくらいで!」 「くらいって言うなら、譲ってくれてもいいじゃない。マモルは指咥えてボクが食べ終わるの、待ってれば良いんだよ!」 再び言い争いを始める俺たちの頭を、ポカリと夏未が叩いた。ロココは夏未に弱いし、俺だって強く言われたら、歯向かうのは難しい。仕方がなく、夏未によって肉よりも高く盛られた野菜を、二人揃ってもそもそと食べるしかなかった。 「もう、本当に、呆れるくらい、あなたたちって似てるのね」 (円堂とロココ) ********** 「あれが、オリオン座。わかる?」 「わかるわけねーだろ。あんなに星あるのに」 ヒロト曰く、冬は一年で一番星が見える季節らしいけれど、こんなに寒いのなら、星を見る気なんて普段の俺だったらなくなってしまうかもしれない。さすがに言わないけれど。 もっふもふのイヤーマフとマフラーに、ダウンジャケットを着ている晴矢は、流石の寒がりなだけあって、かなり厚着をしているようだった。いつもより着膨れしている。反対に風介は、上着こそ着てるものの、かなりの薄着だった。見ているこっちが寒くなる。 まだオリオン座がどこにあるのかわかっていない晴矢に、ヒロトが持ってきたLEDライトで示す。ヒロトは星を見るための道具をあれこれと持ってきていた。 「あれね。あれが、オリオン座。それでこっちが冬の大三角」 「あれか」 「あれだよ」 天体観測をしよう、と言いだしたのはヒロトだった。時々、一人でこっそり夜に抜け出して、星を見に行っているのは知っていたけど、誘われたことはなかった。どういう風の吹きまわしなんだろう。それでもなんだかんだ文句を言いながら、五人集まるのだから、大したものだと思う。 振り返ると、砂木沼さんがレジャーシートと、寝袋を出していた。昔は夏にキャンプをしていたから、お日さま園に寝袋は人数分しっかりある。寒さに我慢できなくなったのか、真っ先に寝袋に飛び込んだのは晴矢だった。 「あー、やっぱ違うわ」 「ホッカイロも持ってきてるよ」 「欲しい」 もう完全に寝袋から出る気のない晴矢に呆れて、ホッカイロを袋から開けて、寝袋の中に突っ込んでやる。ヒロトはまだ寝袋に入る気がないのか、持ってきた小さな折りたたみ椅子に座った。 「砂木沼さんはどうします?」 「あと少し用意してから入ろう」 「んじゃ、俺、先に入ってます」 もぞもぞと、晴矢の隣の寝袋に入る。でかい芋虫が二匹だ。寝転がると、視界が一面に星空で、素直に驚いて声が出なくなった。先に寝袋に入ってた晴矢がすごいな、と小さく呟いて、俺も同意した。寝転がって星を見るのは、久しぶりだ。晴矢じゃないけど、どれがどの星だか、まったくわからない。強く光ってる星を、結べばいいんだろうけど。そんな俺の様子がわかったのか、ヒロトがまたLEDライトを使って解説する。なんで昔の人は、点と点を結んで、形にできるんだろう。昔の人って、ちょっとおかしいと呟けば、今度は晴矢が頷いて同意した。 「冬の大三角の一つ、ベテルギウスはいつ超新星爆発してもおかしくないんだって」 「へぇ」 「超新星爆発は、最初、星が生まれる輝きだって言われてたけど、本当は星が死ぬときの輝きなんだ」 「わたしたち、宇宙人をやっていたわりに、星のことをあまり知らないね」 素直に風介が吐く感嘆の息は、白い。こうして考えると、あの頃適当に言ってた宇宙人設定について詳しく聞かれなくてよかったと思う。住んでいる星について聞かれたら、絶対そこでボロが出た気がする。 「カップラーメン、食べたい奴はいるか?」 「食べたい!」 真っ先に手を挙げれば、わかったと砂木沼さんは頷く。寝袋の他にそんなものを持ってきていたとは知らなかった。出る直前に沸かしてきたのか、ポットの中のお湯はいかにも熱そうにカップラーメンに注ぎ込まれた。なんだかんだで全員が手を挙げたから、砂木沼さんはしっかり人数分のお湯を入れて、各自に手渡した。うっかりこぼしてしまわないように、出来上がるのを待つ。凍える寒さの中で、三分は短くて長い。 「ベテルギウスが超新星爆発を起こすときみんなで見れるといいね」 「難しくね」 「そうかな、やっぱり」 「サッカーやっていれば上を見る暇もないしね」 その答えに笑って、ぺりぺりと蓋を剥がす。最初にスープを飲めば、熱さに火傷してしまいそうだった。そうだな、超新星爆発は流石に見れなくても、またこうして五人で天体観測をするのも悪くないかもしれない。冬の夜、外で食べるカップラーメンの味は格別だった。 (緑川とヒロトと南雲と涼野と砂木沼) |