チョコやクッキーや飴、深夜のコンビニというものは無駄にあれこれと買いたくなってくる。発売されたばっかりのファッション雑誌に目を通して、あぁダイエットしなければなぁと、籠に入れたばかりのチョコやクッキーを棚に戻す。代わりにカロリー0とでかでかと書かれたオレンジゼリーを手にして、レジに向かえば、なんだか近づきにくい特徴のあるモヒカン頭の高校生が、カウンターに立っていた。

「なに、ダイエットでもしてんの?」
「不動さんのばかっ! デリカシーなさすぎです!」
「はいはい。136円な」

 いらっしゃいませの一言も無しに、不動さんは右手を差し出す。クレームのひとつでも言いたいところだが、我慢してその手に150円を乗せた。ちゃりんちゃりんと高い音を鳴らすそれは、今度はさらに細かくなって返ってくる。14円とレシート。ふと思いついて、わたしはにんまりと不動さんを見た。

「不動さん、不動さん。スマイルくださいよ」
「……あのな、うちはどっかのハンバーガー売ってる店とは違うんだよ。馬鹿じゃねぇの」
「あれ、いいんですか。学校に言いつけちゃいますけど」

 それを聞いて、不動さんはぐっと息を詰まらせる。
 不動さんは奨学金を借りて高校に通っている。他にも授業料の減免だとか、まぁ色々免除は受けているそうだけど、規則はそれなりに厳しいらしい。成績は落としてはいけないし、ましてやバイトなんてしてはいけないはずなのだ。本来なら。不動さんがこっそり、夜にコンビニのバイトを入れているのを知っているのは、わたしだけだ。お兄ちゃんもキャプテンも知らない。不動さんに口止めされたから。そんなわけで、不動さんは私に大きな借りがあるのだった。
 にやにやと笑いながら不動さんを見れば、不動さんはわずかに目を逸らす。不動さんにとって不幸なのは、夜中だから客が全然いないことだった。それを言い訳に逃げることはできないのだ。

「ほらぁ、不動さん、」
「あぁもう、うっせぇ!」

 催促し続ければ、不動さんはわたしの顔にビニール袋を押し付けた。中に入っているゼリーが思い切り鼻に当たって、痛い。いくらなんでも接客態度が悪すぎる。わたしが学校に言いつける前に、他からクレームが入ってクビになりそうな気がした。

「酷いですよ、不動さん」
「うっさい。暫く、雑誌読んで待ってろ」
「はい?」
「もう上がりだから、送ってく」

 そうさっさと言い残して不動さんは裏の方に入っていく。その顔がなんだか笑っているようだったから、しょうがないな、勘弁してあげよう、と思うものの、鏡で鼻が赤くなっているのを見て、考えを改める。私服に着替えて、ファッション雑誌を読んでいるわたしのところに来た不動さんに、ホットココアを奢らせて、店を出た。
 寒い。寒くて、風が冷たくて、痛い。しばらくお店の中にいたものだから、温まったからだが一瞬で冷えていく。買ってもらったばかりのホットココアで暖を取りながら、不動さんと並んで家へと向かう。

「おまえさ、深夜にコンビニ行くのやめろよ」
「心配してくれるんですか?」
「オニーチャンがうっさいんだよ。一度おまえ、携帯忘れてコンビニ来たろ。休憩時間に携帯見たら留守電でおまえがどこいるか知らないかってさぁ。電話に出ないくらいでそれだぜ。万が一のことあったら、発狂しちゃうんじゃねぇの」

 お兄ちゃんが心配性なのはいつものことだけど、苦笑するしかない。そうだ、その日家に帰って、お兄ちゃんの携帯の着信履歴にびっくりしたんだった。

「でも、ずっと家で勉強してると、気が滅入っちゃって。気分転換でもしないと」

 私は今、受験生だ。何せ、志望校がお兄ちゃんと同じ高校なわけだから、他の子よりもずっと勉強しなきゃいけない。こっそり入学して驚かしてあげたいから、お兄ちゃんにも頼れない。最近では成績が伸び悩んでいて、学校でも家でも勉強ばかりだから、コンビニに行くくらいが息抜きできる時間なのだ。

「成績は?」
「今のところ、模試ではB判定なんですけど」
「んじゃ大丈夫じゃねぇの」
「でも、やっぱり不安で。数学、あまり得意じゃないから、そこを上げたいんです」

 じんわりと手が温まったところで、プルタブを上げる。あんなに熱かったのに、ちょうど良いと思って開けたころには中身は冷たくなっている。少し温いココアを喉に通して、息を吐いた。自分でも重苦しい溜息だ。

「数学なんて簡単だろ」
「不動さんはできるひとだからそんなこと言えるんですよ、もう」

 そこで、あ、と思いついて不動さんを見る。ん、とこちらを見下ろす不動さんは、1年ですっかり背が伸びて、今では少し見上げなければ、目を合わせられないのだ。

「不動さんが、わたしの家庭教師になってくれればいいんですよ。それだったら、コンビニでバイトしてて、先生や学生が来てばれること、ないじゃないですか」
「はぁ?」
「ね。お父さんとお母さんには、話を通しておきますから。バイト代も出して貰えるように頼みますし。見た目はちょっとアレですけど、わたしとお兄ちゃんの知り合いだって言えば、信用してもらえると思います。うちの両親も、お兄ちゃんのことは信頼してますし」
「おまえ、時々俺のこと馬鹿にしてんだろ」
「してませんよ」

 不動さんは、多少迷っているようだったけれど、休憩時間におやつを出しますと言ったら、ちょっと天秤の揺れが傾いたようだった。たぶん、割と甘党な不動さんは、わたしの提案を受けると思う。そんなことを話しているうちに、いつの間にかわたしの家が見えるところまで来ていた。

「ここで良いです。それじゃ、返事、メールでしてくださいね。待ってますから」
「玄関まで送るけど」
「すぐ其処ですし、大丈夫ですよ」
「オオカミなんて、どこにいるかわかったもんじゃねぇぞ」

 不動さんもお兄ちゃんに負けず劣らず大げさだなぁと、くすりと笑う。しかしそんな笑いも、急に腕を引っ張られて、消えた。びっくりしている間に、唇に押し付けられたものがある。それを認識する前に、腕を掴んでいた少し痛いくらいの力も、いつの間にか近くにあった熱も、離れていった。

「足りなかったから貰うわ」

 そんじゃあ、と手を振る不動さんのもう片方の手には、わたしの飲みかけのココアの缶がある。不動さんが曲がり角へ消えるまで、ぼうっと見送ってから、はっと我に返った。一気にからだが熱くなって、走って家に帰って、鍵を開けて、閉めて、派手に音が鳴らない程度の勢いで、階段を上がって自分の部屋に入る。暑さのあまりに、マフラーも手袋も、お気に入りのピンク色のコートも脱ぎ捨てて、ベッドに飛び込んだ。枕に顔を押し付けていると、ホットパンツに入れていたままだった携帯がぶるぶると震える。恐る恐ると届いたばかりのメールを見てみれば、「家庭教師の件、引き受けるから」とだけある簡素なものだった。思わず携帯を投げつけようとして、やめて、振り上げた手は再びぽすりとベッドの上に落ちる。またメールが来て、今度は何だと、多少憤りに近いものを感じながらメールを開けば、お兄ちゃんだった。ほとんど文面も見ないで、衝動のままに返信メールを送る。お兄ちゃん、オオカミが出たよ!








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