※バンドパロ 高校生くらい





 放課後のショッピングセンターのフードコートは、学生で溢れている。辺りを見渡せば、端の方で小さく振られている手を見つけた。不動だった。頼んだばかりなのか、テーブルの上のトレーに乗っているハンバーガーは、まだ包みすら開いていない。

「みんなは?」
「まだ来てない。鬼道クンが一番乗りって奴」
「不動、お前学校は? 普段小鳥遊と一緒に来るだろう」
「サボった」

 不動に生活態度云々を説いても、あまり効果がないことはもう知っている。溜息を吐いて、不動に荷物を任せ、自分も軽食を買いに行く。五人いるバンドメンバーは、それぞれ好みが完全に異なる。どこか喫茶店やファミレスなどに入るよりだったら、煩くてもフードコートの方が話し合いも進むのだ。こうしたことがなければ普段ファーストフードなど食べたことのない俺にとっては割と新鮮で、来るたびに違うメニューを選ぶ。ピザを買って帰れば、不動が勝手に鞄を開けて中身を見ていた。

「勝手に人の荷物を漁るな」
「いいじゃん別に。あ、鬼道クン、ピザなんだ。一口くれよ」
「やらん」
「けち」

 制止しようにもトレーで両手は塞がっている。不動はバンドスコアの入ったファイルを抜き取り、テーブルの上の荷物をどかした。溜息を再び吐き、そこにトレーを置く。どうも、不動と関わると溜息が止まらなくなる。

「鬼道クンって、曲作るの遅くなったよな。前は頭ん中どうなってんのかっていうくらいホイホイ作ってたのに」
「文句を言うなら、お前もまた作ればいいだろう」
「やぁだね。俺はもう曲は作らねぇの」

 不動は、同じバンドのメンバーである源田が何処からか連れてきたギタリストだ。ドラムスの源田は人当たりがよく、どこかのバンドに助っ人に行くこともある。バンドのリーダーは一応俺だったが、源田がいなければ実質バンドはほとんど回らない。不動と小鳥遊とはそういった経緯から出逢ったらしく、揉め事からバンドが解散していたのを、源田が拾った形で一緒に活動することになったのだ。こちらのバンドとしても、演奏技術には問題は特にないのだが、しっかりとしたボーカルがいなかったため、歌唱力のある小鳥遊の加入はありがたいものだった。ギタリスト自体は俺がいたのだが、不動はギターの他に作詞作曲や、たまにボーカルもやっていたので、そこを見込んで源田は拾ってきたらしい。ただ、肝心の不動はこっちのバンドに入ってからまったく作曲やボーカルをやる気はないようで、作詞だけは源田に頼みこまれてしぶしぶやっている。不動と喧嘩ばかり繰り返す佐久間が、文句を言いつつ不動を追い出さないのは、不動の作詞のセンスが確かに高かったためだ。不動や小鳥遊が来る前は、佐久間がベースの他に作詞とボーカルをやっていたので、きっと三人の中で一番痛感しているのは佐久間なのだろう。不動は普段は口がかなり悪いが、本当に良い詞を書くのだ。

「あれ、珍しい。バラードあるじゃん。ソロ?」
「っ、返せ!」

 驚いたような不動の言葉に、はっとしてファイルを奪い返す。家に置いてきたかと思ったのだがどうやらうっかり紛れ込んでいたらしい。ぐしゃぐしゃにしそうな勢いで鞄に詰め直す俺を、にやにやと不動が眺めていた。

「鬼道クンってさ、最近恋しただろ」
「……なんでそうなる」
「すっげぇわかりやすいから」

 最近やけにぼーっとしてるし、スランプだし、曲の雰囲気変わったし、それにバラードとくれば決まりだろ。あんなにやらないと言ったのに、不動は勝手に俺のピザからサラミを奪って口にする。伸びるチーズを千切り、口に運ぶ姿はわざとなのかよくわからないが、妙に煽情的だった。ぺろぺろと汚れた指を舐める姿に、思わず目を逸らす。

「小鳥遊だけはやめとけよ。バンド解散した理由もそれだから」
「何かあったのか」
「同じバンドの奴が小鳥遊に惚れて揉めて顔面に回し蹴り食らって前歯欠けた」
「……悲惨だな」
「まぁ相手も相当な奴だったから事故ってことで処理されたけどな。だから小鳥遊だけはやめた方がいいぜ」

 不動はさっきまで一口くれと散々言ったが、ピザがトマトソースなためにサラミだけを食べて、後は自分のハンバーガーを攻略にかかった。不動は一口が大きいから見ていてなかなか気分の良い食べ方をする。俺はというと少し冷めたピザをもそもそ食べて、いかにも不味そうな顔をしているに違いない。

「別に、小鳥遊ではないから安心しろ。……むしろ小鳥遊よりも厄介な奴かもしれないな」
「じゃあ誰だよ。学校の奴?」
「別に、どうだっていいだろう」

 これ以上話を広げても藪蛇だ。早く、小鳥遊でも源田でも佐久間でもいいから来ないだろうか。しかしそんなときに限って源田や佐久間からは委員会でさらに遅くなるというメールが届くのだ。どうやら小鳥遊も遅くなるようで、これでは今日はこのまま話し合いもなく終わるような気がする。

「やらなくていいわけ」
「なにがだ」
「作詞。情熱的で心に響いちゃうようなさぁ。鬼道クンのラブレター」
「……からかうな」
「俺、鬼道クンのそういう真面目なトコ、大っ嫌いで大っ好きだぜ」

 けらけらと笑う不動に複雑な気持ちを抱く。少し前まではこういうことをされるたびに怒りや苛立ちに支配されてばかりだったのに、最近ではなんだか喉の奥に何かが詰まったかのような感覚ばかりを覚えるのだ。不動のほうが俺を理解しているような気がして、酷く落ち着かない。全部わかっていて、こういうことばかり言うのではないか。不動は天の邪鬼だ。言葉の端の揚げ足を取って、からかって遊ぶことが好きなのだ。だから気にするなと自分に言い聞かせても、振り回されることを逃れられない。

「出来たら見せろよ。駄目出しするから」
「そんなこと言われて見せるわけないだろう。そうだな、お前がまた曲を作るなら考えなくもないが」

 以前、不動と小鳥遊がバンドに入るにあたり、源田に曲を録音したデータを貰ったことがある。正直、不動のギターと小鳥遊の歌唱力が引っ張ってきたような印象を受けるようなバンドだが、不動の作る曲は、自分には到底作れないような曲ばかりで、そこに強く魅かれた。自分の作る曲だって、それなりに評価をされているし、ギターの技術でいえば自分の方が上だ。しかし不動の趣味に走りすぎて聞く人間を選ぶような曲に、不思議と興味を持ったのだ。メンバーになって、また不動の作る曲が聴けるかと思いきや、不動はあっさりと曲を作ることを放棄してしまったため、不動の新曲はまだ聴けない。そのため、何かにつけて不動に催促をしてはいるが、その願いが叶う気配は今のところない。

「ぜってぇ嫌だ。俺が作ったら、さっきの比じゃないくらいに甘ったるいバラードしか今作れねぇもん。自分で作詞する分、聴いてる方が恥ずかしくなるようなさぁ。だから作らないわけ」

 ぎょっとして不動を見れば、不動は頬杖をついてにやにやとこちらを見上げている。その言い方だと、不動が今現在誰かを好いているようにしか聞こえない。なんとコメントすればいいのかわからずに言い淀む俺に、不動は一層考えが読みとれないように笑みを深くする。

「まぁ、出来たら鬼道クンに一番最初に聴かせてやるよ。胸焼けしそうなくらい甘い甘い曲。駄目出しはさせねぇけどな」

 その言葉の真意は一体何なのだろう。トイレに行ってくるとあっさり不動が席を外せば、行き場のない感情だけが頭の中でくるくると回る。ピザとセットで頼んだソフトドリンクは、すでに氷も溶けて味が薄まり、美味さの欠片もない。
 鞄の中でぐちゃぐちゃのバラードは未完成だ。最近どんな曲を作ろうにも、不動のことばかりを思い出して苛々する。むしゃくしゃする、もやもやする、とも言える。集中力を欠いてばかりで何も先にすすまない。そうだ、まず先にこの感情を全部吐き出して、そこに曲をつけてしまおうか。もともと最初はこの感情ばかりを持て余していたのだから、きっとそちらの方が簡単に違いない。そうして、聴かせてやるのだ。天の邪鬼である不動でさえ駄目出しをできないような、心に響くとびきりのバラードを。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -