玲名は小さい頃、結婚式ごっこが大好きだった。あのもう見ることができるのかもわからない眩しいほどの笑顔と、それに見合わないような力で引っ張られれば抵抗も出来ず、俺はよくその相手役に付き合わされた。あの頃の女の子はみんな結婚式ごっこが好きだったのだ。そのへんに咲いてあったシロツメクサで指輪を作って、キスの真似ごとまでした。ヒロトのこと大好き、うんぼくも玲名ちゃんのこと大好き! あぁ、こどもってなんて無邪気。そのことをふと思い出して玲名に話してみたところ、「そんなこと知らない覚えていない聞こえないだからやめろ」と真っ赤になって耳を押さえながら言われてしまったものだから、おかしくなって笑った。あぁ、こどものときはあんなに好き好き無邪気に言えていたのに、今じゃ微笑みかけてくれることすらないんだなぁ。
 結婚式ごっこを卒業していったのは、遊びに飽きたのもあったけれど、きっと自分たちの境遇に気がついたせいもあったのだ。親がいない。死んだ。捨てられた。父さんはいるけれど姉さんもいるけれど母親は見当たらない。テレビの中ならドラマチックなホームドラマに憧れても、成長するにつれて現実を知る。結婚式ごっこに夢中だった玲名はそのうち全然笑わなくなってしまった。玲名は今でも恋愛や結婚に懐疑的だ。だから俺の告白も玲名はトラウマからか、うさんくさいとばっさり切り捨てる。単純に俺がへらへらと笑いながら言うものだから、嘘くさいと感じるのかもしれないが。

「俺は見たいけどね。玲名のウェディング姿」
「わたしは結婚なんかしない」
「それでどうするのさ」
「高校を卒業して出来るだけ良い会社に就職して、そうだな、吉良財閥の立て直しを図るのもいいかもしれないな。その頃にはお日さま園も古くなっているだろうからリフォームするために貯金をしておいて、毎月それなりの仕送りも欠かさないようにしたい。それから老後のことも忘れずに、ちゃんとした老人ホームに入って、迷惑が掛からないように一人で死ぬ」
「あぁー、うん。俺、玲名のそういう、きちんと計画立てるところ、好きだよ」
「おまえもそうしろ」

 ぱたんと参考書を閉じる玲名はどこか呆れたように俺を見る。俺だって、きちんとそれなりの計画は持っている。まず、高校はあまり迷惑がかからないように公立に行きたい。推薦で入ることができればなお良し。大学もその延長で、どこかのチームに入ることができればいい。プロになるのは難しいかもしれないけど、サッカーに関わる仕事には就きたいし、そうでなくてもどこでだってやっていけるくらいには器用だと思う。お日さま園に仕送りできるくらいの給料が最低限貰える仕事だと嬉しい。でも、給料三カ月分で玲名に喜んでもらえるそれなりな指輪が買えるくらいだったら、もっと嬉しい。それから、結婚して、こどもはどうするか分からないけど自信を持って幸せだって言える家族になる。お日さま園をリフォームしたときに、そこでこどもたちの面倒を見て暮らすのもいいかもしれない。老人ホームとかは知らないけど、最後は玲名とふたりでいるときに死にたい。

「この指にさ、一番似合う指輪をプレゼントするから。そのときはもう諦めて、俺と結婚してよ」
「……おまえのしつこさには本当、呆れるな」

 本当は、結婚だとか、そういう遠いことに今は興味がない。一年先もどうしているかわからないのに、おとなになったときの自分たちなんて想像ができるはずもない。そうだな、俺はただ、笑ってほしいだけなんだ。あのとき、結婚式ごっこをした頃のように、もうきみが無邪気に笑ってくれればそれでいい。
 手に取った玲名の左手の薬指の付け根に口づける。シロツメクサじゃない本物の指輪をプレゼントしたころには、きみは俺にもう一度笑いかけてくれるだろうか。








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