鬼道クン、鬼道クン、何かお話してよ。
 不動がそう言って毎晩のように部屋を訪ねてくるのを、最初は辟易していたが、それが一カ月ともなると慣れてくるもので、手は勝手に動いて不動を部屋に招き入れる。もう夜も遅く、就寝の支度も済んでいたので、何をこどものようなことを言う、と呆れていたが、眠れねぇの、鬼道クンが駄目なら他の奴に頼むわ、そう言われてしまえば、断ることもできなかった。不動の妙に意固地なところを俺が知っているのと同様に、不動も俺がどうすれば断れないのかをしっかりと理解しているものだから、ここで寝る気満々とばかりに枕まで持ってきていたのには舌を巻く。
 最初はサッカーのことだとか、ニュースのことだとか、当たり障りのないことばかりを話していたのだが、鬼道クンの話は面白みの欠片もないという不動の言葉に少しばかり傷ついた。妹からも、話の内容まで生真面目すぎると言われるくらいなのだ。まともに取り合っても不動のことだから揚げ足取りされるばかりで、こうなったら本当に夜眠れないこどもに対してしてやるような話ばかりしてやると、却ってそちらのほうが興味を引いたようだった。不動は桃太郎だとか白雪姫だとか、そういうメジャーな話は普通に知っているが、名前ばかり知っていて内容を知らなかったりするものもあり、少しマイナーな物語になるとさっぱり知らなかったので、話の種には事欠かなかった。メジャーな話についても、その変遷について話をすると、それが面白かったようで、いつもは憎まれ口ばかり叩く口が沈黙を守り、黙ってこちらの話に聞き入る様は、見ていて悪い気分にはならない。小さい頃、春奈によく読み聞かせをしてやったからか、同年代の同性よりは、童話などを知っているという自負があったが、それでも毎日話してやると話す内容が足りなくなってくるため、出来るだけ不動が知らないような話を捜しまわることもあった。どうやら自分では自覚していなかったが、毎晩の不動の来訪を心待ちにしていたらしい。続きは、とせがむ不動に、続きはまた明日だと言って、少しだけ臍を曲げる姿を見るのは、良い気分だった。そのことを源田に話してやったとき、電話の向こうで源田が笑う気配がした。

「まるで千夜一夜物語だな」

 聞いて見れば、前にも不動は源田に対して同じようなことをしたらしい。しかし一晩だけで、つまらんと蹴って去ってしまったようだ。なるほど、知らない間にどうやらシャフリヤール王とシャハラザードのようなことを演じていたらしい。それを考えると、不動の癇癪に源田が殺されなくてよかったと思うばかりだ。千夜一夜物語のことを、恐らく不動は知らないだろう、と思う。アラジンと魔法のランプの話さえ知らなかったのだ。それを考えるとおもしろくなって、不動にすぐに話してやりたい気分になったが、千日目のためにとっておくのも楽しみかもしれない。それまで不動が飽きていなければ、の話だが。
 不動は今日もいつの間にかベッドの中に潜り込んで話の続きをせがんでいる。毎日毎日ベッドに入りこまれ、最初は抵抗していたものの、今ではすっかりとあきらめている。どちらも痩せてはいる方だし、意外にもさほど不動の寝相も寝起きも悪くなかったため、結局はそのまま同じベッドで眠っている。いきなり円堂あたりが部屋に入ってきたらなんと言い訳をすべきか悩んだが、そういった事態に陥ることもなく、何故不動と一緒に布団に入っているのかという疑問はすでに忘却の彼方に近い。今日はアリババと40人の盗賊について話をしている。源田の話を聞いてから、自然とチョイスする話の内容は千夜一夜物語に偏ってきているが、不動が気づいている様子はない。

「もしこの『お話会』が千夜まで続いたらどうする?」
「ハァ?」

 唐突な疑問に、不動は首を傾げる。千夜と言えば二年より長い。果たしてそれまでこの関係が続いたら、不動も物語の暴君のように、人間らしい心を取り戻すのだろうか。そんなことを思ったが、こうしている段階ですでに、不動の傷は癒えてきているように感じるのだ。

「そうなるんだったら、俺、大会終わっても鬼道クンと一緒にいることなるじゃん」
「今更の話だろう」
「まぁ、そりゃそうだけどさ。な、それよりさっさと話の続きしてくれよ」

 不動にとってはそんな先の話よりも、話の途中であるアリババに夢中らしい。寝そべりながら袖を引っ張り、話の先を促す。それに呆れ、仕方なく続けようかと思ったものの、時間も時間で、これ以上話を続けていれば明日に差し支える。そう言えば、不動は少し不貞腐れたものの、それに気にせず電気を消して、小さく笑った。

「続きは、また明日だ」
 







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