おまえたちはいつ結婚するんだと源田が聞く。たぶんそのときのあたしの顔は「何言ってんだコイツ」という顔だったに違いない。改めて思う。何言ってんだコイツ。源田に限らず、最近会う昔馴染みはみんな口を揃えて聞くのだ。おまえたちはいつ結婚するのかと。あんたたちはいったい何を見ているのかと逆に問い返したい気分だ。あたしは一度だって指輪のようなアクセサリーは付けていないし、不動とおそろいのストラップなんかもつけていないし、手をつないだりだとかキスしたりだとか、まぁおよそカップルがするであろうことはまったくやっていない。ただ単に同居しているだけだ。「金勿体ねぇし一緒住もうぜ」「別に良いけど」そういうやり取りがあって、同居を始めてから早二年。昔はあんな奴とは早く別れろと口を酸っぱくして言った奴らは、最近はいつ結婚するのかと聞く。あぁ、うんざりだ。
 煙草の値上げは薄っぺらい財布に多大なるにダメージを与えた。そんなわけであたしは不動の部屋から勝手に煙草を拝借して、ベランダで煙を吐き出す。賃貸マンションは室内禁煙、吸うときは必ずベランダに出なければならない決まりになっている。面倒なこと此の上ない。飲み終わったビールの缶に灰を落としていると、ごんごんと窓が叩かれる。風呂上がりの不動が、頭からタオルを引っ掛けてこっちを見ていた。ちょうど吸い終わったところだし、いい加減寒さが堪えるので、おとなしく室内へと入る。「ビールの缶に吸殻入れるなっつったろ」「うっさいな」無駄に歳喰った不動は昔よりも口うるさくなった。たぶん昔の不動を知る奴がいたら驚くだろうが、不動は普通に就職をして普通に働いて普通に給料をもらっている。そこそこの給料をちょっと貯金して、あとは酒と煙草につぎ込んで、実に人間らしい生活を謳歌していた。昔みたいに補導されそうになって全力で一緒に逃げ回った不動はもう何処にもいない。成長期思春期を過ぎれば自然と色々学ぶもので、あちらこちらとふらふらしていた不動は、一か所に身を落ち着けることを覚えたらしい。それを少しつまらないと思いつつも、その不満を口にするには、あたしだってやんちゃな少女時代をすでに通り過ぎてしまった。

「不動さ、」

 風呂上がりの一杯と、ビールのプルタブを起こす不動は、なんだよと目線だけで先を促す。モヒカン頭をやめて髪を伸ばそうが、目付きの悪さだけは治らないもので、見れば不動だとはっきり分かる。
 何か言いたいことがあったような気がする。喉までせり上がって、でも出るにはきっかけが足りない。忘れるようなことならば別に大したことではないだろう。代わりの話題を探そうとして、源田に問われたことを思い出した。

「不動さ、あんた、あたしのこと好き?」

 ブフッと盛大にビールを吐き出した不動にすぐにティッシュの箱を投げつける。ここまで大げさに反応されるとこちらもどう続けるべきかわからない。

「は、お前何言っちゃってんの。誰か好きなひととか出来ちゃったわけ?」

 ティッシュを二三枚取って顔を拭く不動は、訝しげにこちらを見る。あたしが不動のことを好きだという思考には走らないらしい。不動の思考回路は未だによくわからない。どうしたらそのような発言になるのか。でも、確かに、あたしが不動に同じようなことを言われても、告白だとは思わない気がする。あたしは不動のことをどう思っているのだろう。誰もがあたしに、いつ結婚するのかと聞く。けれどあたしと不動は付き合ってすらいないし、そもそも恋愛に発展するような感情など持ち合わせてはいないのだ。少女漫画によくあるような、トキメキ、だとか、そういうものを、あたしは未だに感じたことがない。恋に恋することなんてしたことがないし、きっとそうするには、あたしたちはあまり愉快ではない少年少女時代を過ごしてしまった。あたしが不動と一緒にいるのは惰性だ。腐れ縁とも言える。キスもしないし抱き合うこともしない。けれど一緒にいる空間に苦を感じたことはない。始まりすらなければ終わりすらない、物語性なんて全く存在しない、あたしと不動の関係。


「源田に言われたのよ。不動といつ結婚するのかってさ」
「またかよ。あいつもおせっかいな奴だな」
「それでさ、あんたってあたしのことどう思ってるの」
「別に、嫌いじゃねぇけど」

 嫌いじゃない。そう、あたしもたぶん、それが正解だ。嫌いじゃない。好きという感情には、少し違う。好きという感情には種類がある。友達とか、恋人とか、そういうもの。でも、あたしはそのどちらの感情も、不動には当てはまる気がしない。だから、「嫌いじゃない」。無理に不動への感情に、形をつけたくはなかった。

「でもさ」

 不動はビールを飲み、めんどくさそうに溜息を吐いて、足を延ばす。親指で、ちょん、と小さく触れる。あたしもそれに返す。キスも抱き合いもしないあたしたちの、気まぐれのようなじゃれあい。

「紙切れ一枚で、これ以上面倒なこと言われないんだったら、別に結婚しても、いいんじゃね」

 一人身よりも結婚したほうが税金がどうのこうの。社宅を借りるにもどうのこうの。プロポーズにしては惰性で打算的で、ロマンチックの欠片もない。
 あたしは別に、不動のことを友達や恋人と思ったことが一度もない。けれど、不動と一緒に過ごす空間は、嫌いじゃなかった。それで十分じゃなのか。あぁそうか、あたしたちはこれでいいのか。

「あたしさ、あんたの友達にも恋人にもなりたくないけど。家族になるのは、悪くないって思うわ」

 キスも抱き合いもしない、友情だって育んだことがない、恋愛なんてしなかった、そんなあたしと不動の始まりも終わりもなかった関係は、今ようやく始まりの兆しを見せている。








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